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8話 蛍の光。

舞火は生きて道で立っていた。


舞火が立っている所からは蜜柑高校が見える。


そして、その周りには多くの生徒が蜜柑高校へと向かって行っている。


きっと、皆、悩みなんてないのだろう。


舞火はふと、そんなことを思って赤く腫れた頬を指で撫でた。


「皆…何も考えてないんだろうな……」


そうぼやいた舞火は蜜柑高校へ行く気はない。


いや、むしろ、この状態では行けないだろう


左右の頬は赤く腫れ、ガーゼが貼られていてシャツから見える所にも青い痣があるのだから。


周りから見れば喧嘩をした、と思われるかもしれないが実際はそんな甘いものではない。


舞火は昨夜、あまりの精神的ストレスで弱音を吐いてしまった。


それが原因で舞火はいつも以上に母から暴力行為を受けた。


髪を掴まれ振り回され、激しい平手を食らわさせられた。


その際に舞火は何も言わなかったし、抵抗することもなかった。


「くっ……。あたしは……あたしは……」


舞火は自分の心の底から込み上がってくる気持ちが口から、瞳から洩れないように歯を食い縛った。


何がそんなに憎いのか。


何がそんなに怖いのか。


何がそんなに悲しいのか。


色々な感情が渦潮の様に舞火の心の中でグルグルと回る。


その渦についていけないからこそ、舞火は辛いのだろう。


自分の心を自分でコントロールできないから、理解できないから苦しくて仕方がないのだ。


だから、舞火は自身の母が辛い思いをしていることをしっかりと理解している。


だから、何をされても抵抗しないのだ。


「帰ろう……」


歯を食い縛って、心を殺した舞火は蜜柑高校に背を向けて歩き出した。


もう、ここへ戻って来ることはない。


蜜柑高校に背を向けた舞火の心にはそんな想いがあった。


自由な羽を持った鳥も鳥籠に囚われて、もがくだけである。


舞火も母に囚われて、もがくしかないのだ。


そう、これから舞火が向かうのは自由のない世界なのだ。


気が遠くなるほど殴られるだろう。


それでも、それが母の命を繋ぐ行為に繋がるならば。


「舞火!!」


その声を聞いて舞火は足を止めた。


怒りと不安が混ざった様な声である。


きっと、この声の主は自分のことを深く心配してくれているのだろう、ということが舞火にはわかった。


「蛍……」


「舞火!!どうしたの、その怪我は?一体、何があったの?」


蛍はよく感情を表に出すほうではない。


いつも、クールであるが優しく、温かいナイフの様な人間である。


そんな蛍が声を大きくして心を乱している。


それだけで、舞火は満足だった。


それだけで、蛍の気持ちが舞火にはわかった。


「舞火…?」


無意識だった。


無意識に舞火は瞳から涙を流していた。


蛍の優しさは母のそれとは全く違うものである。


温かく、心が落ち着く。


「ううん、何でもないよ。あたし……用事があるから今日は学校を休むね。それじゃ……」


今日はではない。


これから、舞火は学校へ姿を見せるつもりはない。


舞火は決心が鈍る前に舞火を視界から外して、足早にその場を離れようとした。


「待って!」


ここで舞火を逃がしたらもう、会えない。


それを感じていたからこそ、蛍は舞火の腕を強く握って、逃がさない様にした。


「離して!!あたしはもぅ、学校に行けないから……だから、構わないで」


「正直、舞火が何を思っているかは私にはわからないよ。その怪我の正体も正確にはわからない。でも、舞火を傷つけた人を憎いと思うし……何より、私は舞火と一緒にいたい!!」


「蛍……でも、あたしはお母さんの為に…」


そう、その人にはその人の家庭の事情がある。


それは決して、他人が横入りするものではないのだろう。


だが、本当に大切ならば横入りすることも恐れてはいけない。


本当に大切ならば、手放してはいけないし、なくしてから気づくようなミスを犯してはいけない。


「舞火、実は…私……舞火の体に痣があるのを知ってる。偶然、シャツの中から見えたんだ」


「えっ……」


「黙っててごめん。こんな私が舞火の力になれることはないのかも知れないけど…いなくならないでほしい!」


嫌気がさすほど、暑苦しく迷惑な話である。


普段、クールで冷静な蛍がここまで声を張り上げる姿を目にしたら、もう、どこにも行けない。


舞火は蛍の強い視線から確かな『優しさ』を感じるとそのまま、蛍に体を預けた。


「蛍……あたしも……蛍と一緒にいたいよ……ずっと、ずっと友達でいたいよ」


これが舞火が望むものなのだ。


心の内を晒してくれた舞火にお礼をする様に、疲れた舞火を労(ねぎら)うように蛍は舞火の頭を優しく撫でた。


蛍は舞火の心の扉を無理やりにこじ開けた。


それは決して、誉められたことではない。


だが、1つのワガママが誰かを救うこともあるのだ。


次に蛍がやらなければならないことは優しく舞火の心の扉を閉じてあげることである。


重く、錆びた扉を優しく閉じてあげることである。


「舞火、大丈夫。私達はずっと友達だから」


戦う決心はついている。


そうやって、自分の為に道を切り開こうとする蛍と舞火は舞火のポケットからのバイブレーションに緊張感を覚えた…。

次回の更新は5月30日(水)!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。



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