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83話 人の力。

すっかり、日は傾いて町を赤く染めている。


生き延びた、と言うにはあまりにも不甲斐ない結果。


そして、なんとも言えない悔しさが麦の心に残っていた。


逃げることも、戦うこともできなかった自分があまりにも貧弱だと麦は感じていた。


その為、自然と下唇を噛む力が強くなった。


「病院から少し歩くけど大丈夫?」


病院の小さな庭には粉々になったベンチと抉れた地面が目立っている。


どれもこれも“あの男”のせいなのだ。


そんな庭で犬川の笑みはあまりにも不似合いである。


「えぇ…。大丈夫です」


麦は気を失った蛍を全身を使って支えながら頷いて見せた。


本当のことを言えば麦も限界を迎えている。


その証拠に疲弊した蛍を回復させることができないでいた。


そんな麦を察してか犬川は麦に手を差しのべた。


「良かったら、その子は僕が運ぶよ」


それが良いのだろう。


グラグラと揺れる背中よりも揺れずに安定感のある背中のほうが寝心地は良いだろう。


麦は頭の中でそれを理解していたが蛍の疲れて眠っている顔を見た時、胸が痛くなった。


こんなにもその子に無理をさせてしまったのか、と罪の意識よりも蛍に感謝した。


どんなに辛くても蛍が麦を守ろうとしたことは確かであり、それは同時に麦に自身の未熟さを自覚させた。


だから、麦は犬川の優しさに甘えることなく首を横に振った。


「大丈夫です……」


「そうですか。じゃ、行きましょうか」


「はい」


この時、麦は犬川の表情がわからなかった。


それは犬川がすぐに麦に背を向けて歩き出したからではなく、麦が犬川と目を合わせることができなかったからだ。


ゆっくりと歩く大きな背中を見て、麦も歩き出した。


背中に背負った蛍の微かな息づかいを耳にする度に麦は心を握られているかのようだった。


それは弱さである。


この時ほど麦が心の底から力を求めて強くなりたい、と思ったことはないのかも知れない。


今まで色々なものを失ってきた。


そのたびに激しい喪失感に襲われた。


それでも、麦が歩みを止めなかったのは“強くなりたい”と心から思っていたからだろう。


「強く…なりたい……」


夕焼けに照らされながら自然と瞳から流れる麦の涙は赤く光っていた。


それはとても綺麗で宝石と言われても頷いてしまうほどである。


そんな宝石のように輝く麦の涙の光に気がついたのか、犬川は足を止めた。


そして、くるりと麦のほうを向いた。


「君はよくやったじゃないか」


「……なにも…なにもできなかった……」


涙を流しながら自然と麦の歯の食い縛りは強くなっていった。


その様子から麦がどれだけの後悔と無力感、悔しさを感じているかがわかる。


それを感じてか、犬川は少し黙り混むと麦に再び背を向けた。


2人の間に冷たい風が吹いた。


それはまるで、麦の涙を乾かそうと気を遣っているようである。


しかし、次から次へと流れ出る涙は風では止まらない。


「君は強くなりたい、と言った。でも、僕はその必要はないと思います」


「それはオレに修復能力があるからですか……?」


麦の言ったことを否定するように犬川は首を横に振った。


「それは違うよ。君は十分に強いからですよ」


麦はその犬川の言葉に心を掻き回されたかのような思いであった。


十分に強い、と言える根拠はどこにあるのか。


なにもできず、助けてもらうことしかできなかった自分のどこが強いのか。


怒りさえも覚えるその言葉に麦は感情を抑えられなかった。


「強くない!強かったら今頃、ホタルちゃんはこんなにボロボロになってない!!」


自分の力の差を棚にあげて、犬川に怒りをぶつける麦の姿はあまりにも醜い。


だが、それは人間らしくもあるのだ。


「うん、でもあなたは“人の傷”をそうやって感じることができるじゃないですか。それはあなたが強いからだ」


「強い!?さっきから、オレはあなたの言う強いがわからない」


それは単純な疑問であった。


麦が冷静さを失っていたからわからなかったからかも知れない。


はたまた、冷静さは関係がなかったのかも知れない。


いずれにしても、犬川の答えはシンプルだった。


「強くなることと鈍くなることは違うんですよ。そして、僕は鈍くなっている人間です」


それ以上、追求することができないほどの説得力が犬川はにはあった。


犬川の言うことを理解するのにはもう少し、経験と時間が必要なのかも知れない。


それでも、今の段階の麦でも一部は理解することができた。


決して、犬川と完璧に考えを共感できた訳ではないかも知れない。


だが、麦の涙は自然とその量を減らしていた。


人の涙を乾かすのに必要なものは人の力なのだ。


特殊能力では決して、涙を拭うことはできない。


麦はそれを改めて、知らされた…。

次回の更新は3月10日(日)です!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→病気が完治。

嵐山 轟太→学校の問題児?

嵐山 雪子→轟太の6つ下の妹。

青野 温子→ゴミ屋敷の住人。

青野 槙子→ゴミ屋敷の幽霊。

剣持 境矢→聖人?

謎の女?→浄化。

鶴巻 大也→鶴巻グループの人間。

犬川→手紙の主。

水野 空→??

槍の男→麦の命を狙う者?

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