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7話 炎の叫び。

自宅の扉に手を掛けたのにも舞火のその手は震えていた。


過剰な緊張と恐怖が舞火の手を震わせているのだ。


決して、この先に癒しなどはない。


舞火はそれを知っている。


舞火にとって自宅ほど気が休まらない場所はないのだ。


「ただいま…」


ゆっくりと扉を開けた舞火は気配を殺しながら、家の中へと入った。


その様子はさながら泥棒の様である。


舞火が家に入って玄関で靴を脱ごうとした時、リビングからドタドタと騒がしい足音が響いた。


そう、足音の招待は舞火の母である。


「遅い!!なんで、あんたは私の言うことが聞けないの!!なんで、どうして……。そんなに私を困らせたいの!!」


大きく髪を振り乱し、舞火の肩を両手で抑えた舞火の母は舞火を扉に叩き付けた。


あまりの勢いにもちろん舞火は痛みを感じていたが、それを口にすることはなかった。


それよりも、母に謝罪の言葉を述べた。


「お母さん…ごめんなさい……」


「謝るなら、早く帰ってきなさい!!そして、メールを返しなさい。いつもいつも、なんでメールを返してくれないの……。舞火はお母さんが嫌いなの……?」


「そんなことはないよ。私はお母さんが大好きだよ」


それは舞火の本心ではない。


いきなり怒り狂っては泣き始める母に舞火は限界を感じていた。


どうしても、そんな母を目障りに感じるのだ。


授業中に送られてくる母からの沢山のメール。


そのメールの数は1日で300件を超えることもある。


「大好きなら……大好きなら……。なんで……あの子も、あの人も私の前からいなくなったの……」


舞火の母が舞火に強く依存し支配しようとし始めたのは、3年前に春下家で起きたある事件が原因になっている。


舞火には2つ下の弟がいた。


舞火の弟は非常に活動的でクラスの中心になり人気者だった。


だが、ある時、町に台風がやって来た。


その時、舞火の弟を含む多くの子ども達は学校にいた。


学校側は子どもの安全を考え、保護者に連絡を行い子ども達を自宅まで送るように指示を出した。


しかし、春下家はその時、学校側の連絡を受け取ることはなかった。


自宅にいたはずの母親が近所の主婦と立ち話を楽しんでいたからだ。


誰も迎えに来ないことに痺れを切らした舞火の弟は台風の中、教員に黙り学校を出た。


それから、舞火の母が学校側の連絡に気づいた頃には舞火の弟は事故に巻き込まれて命を落とした後であった。


それが原因で舞火の父は母と離婚を決めた。


当初は父親が舞火の親権を得る予定であっが、母は自身の命を天秤に掛けて父を脅し、舞火の親権を得た。


そして、今に至る。


「お母さん。お母さんには私がいるよ」


舞火は自分の胸で泣き崩れる母の手を強く握って、励まそうとした。


しかし、舞火の母は舞火の手を嫌がるように弾いた。


「お母さん…?」


「あんたに何がわかるのよ。子どもをなくした親の気持ちがあんたにはわかるの?……わかりもしないのに生意気なことを言わないで!!なに?私がいけないの?私が死ねばいいの?」


また、これである。


急に怒って、急に泣き、最後には自分の命を天秤に掛ける。


お決まりのパターンであるが、舞火は嫌な顔を見せなかった。


舞火は知っているのだ。


この状況を打破するには嫌な顔をしてはいけないことを。


「何とか言いなさい」


「お母さん…私はお母さんのことを……」


舞火が再び、母へ口を開こうとした時、舞火の頬に衝撃が走った。


母の平手打ちである。


「黙りなさい。あんたは私の言うことだけを聞いていればいいのよ。わかった?」


「……はい」


「しっかり、私の目を見て返事をしな!」


頬を赤く染めて視線を落とす舞火に母は2発目の平手を放った。


頬を赤く腫らせた舞火は必死で痛い、という言葉を飲み込んだ。


これが母親の愛情なのだ、と自分に言い聞かせては赤くなった頬を自分で擦った。


「はっ、私はなんてことを……。舞火、ごめんね。お母さんが悪いのね、本当にごめんなさい…ごめんなさい……」


もう、舞火の母は自分で自分の心をコントロールすることができないでいた。


だから、この優しさは偽りなのだ。


本当の親の愛情、というものを舞火は疑いそれが何なのかわからなくなっていた。


いや、舞火も母と同じ様に壊れてしまっているのかもしれない。


「お母さん……」


壊れた母に強く抱き締められながら、舞火は涙を流したがその涙の意味を舞火は理解できなかった。


自分の涙の意味がわからないし、何が痛いのかわからない。


舞火の体には胸の付近だけではなく、所々に痣がある。


舞火はその痣を持ち前の元気で隠しているのだ。


「舞火……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。お母さんがいなくなればいいよね?そうだよね?お母さんなんて、価値がないよね?」


母の言葉に心が動かなくなったのはいつからだっただろうか。


母に恐怖を感じるようになったのはいつからだっただろうか。


溜まりにたまったストレスが舞火に口を開かせた。


そして、その言葉は舞火の叫びである。


「もぅ…疲れちゃった。私……もう…ダメかも知れない」


そんな舞火の叫びに舞火の母は口元を緩めた…。

次回の更新は5月28日(月)!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

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