表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/130

18話 心が迷子。

認めるしかない。


零花の言葉から麦への信頼を感じ取った舞火は黙って頷いて、視線を落とした。


悔しさよりも、麦の魅力に共感を覚えた舞火にはもう、零花を攻めることができる武器がない。


「うむ。とりあえず、今日1日だけならば、良かろう」


テーブルで腰を下ろしている重春は腕組みし、難しい顔をしながら口を開いた。


苦渋の選択だったのだろう。


重春は決して、零花のことを信頼している訳ではない。


むしろ、警戒している、と言ったほうが良いだろう。


だが、零花の麦を語る口調や言葉には心が動かされるものがあった。


それは舞火と同じように共感してしまった、ということである。


麦のことを知っているからこそ、思うところがあるのだ。


「えっ!?いいんですか!?」


重春の許可に一番に驚いたのは舞火ではなく蛍であった。


舞火はどちらかと言うと全てを諦めたかのように視線を落とし続けている。


蛍も舞火と重春のように共感する気持ちはわかる。


麦の中から滲み出てくる『優しさ』を知っているからこそ、その気持ちがわかる。


それでも、蛍の中では納得できないものがあった。


それはあまりにもチクチクとして、決して気持ちが良いものではない。


「認めるしかなかろう。お前さんもわかっとるはずじゃ」


わかってるはず。


その意味を蛍は十分に理解しているが、胸の奥で暴れるチクチクとした想いが蛍の首を縦に振らせようとしない。


「……わかりますけど」


「ま、大丈夫さ。オレは手を出す気はないから」


重春の言葉を耳にして、少しへこんだ蛍に麦は視線を向けると頭を掻いて見せた。


その姿はまるで、何もわかっていないようで蛍は拳を握り締めた。


しかし、それと同時に麦の横に座る零花は麦に体を向けると両手を広げて麦に抱きついた。


「花形さんに手を出す気がなくても、私にはありますよ」


「ちょっと…零花さん!?や、やめて下さい」


麦は抱きついてきた零花に対して拒絶するような言葉を口にしているが、それは口にされているだけである。


実際に麦は零花を振りほどく努力をするよりかは赤面しないように苦笑いをして場を納めようと努力している。


「重春さん、本当に良いんですか?」


「う……」


重春は抱き合う麦と零花を目にして、蛍の問に答えることができなかった。


やっぱり駄目かも知れない。


そう、重春は思ったが今さらそんなことは口にできない。


ただただ、麦を見つめることしかできなかった。


その後もミーティングは続いたが、これ以上の進展はなかった。


むしろ、蛍と舞火と重春は零花の手玉に取られてしまっていた。


それは無理もない話である。


3人とも麦の魅力を知っているのだから。


外が暗くなり始めた頃、蛍と舞火はテーブルから腰をあげて重春に軽く頭を下げた。


「それじゃ、私達は先に失礼します」


「お、もぉ、そんな時間か」


店内の時間を確認した重春は目を丸めて時間の流れに驚くと蛍と舞火と同じようにテーブルから腰をあげた。


「もぅ、帰るのか?」


「そうじゃな、ワシはもう、帰るつもりじゃが……」


重春はそう言うと麦に鋭い視線を飛ばし、麦の瞳を蛍と舞火に誘導させるように動かした。


近くまでおくってやらんか。


重春は心の中でそう麦に叫んだが、麦は目を丸くして首を傾げている。


麦の察しの悪さを感じとった重春は腕を伸ばして麦を引き付けると小さな声を出した。


「なに、ボーッとしとるんじゃ。おくってやらんか!」


「おくる?」


「そうじゃ、あの2人をおくって行ってやらんかと言っとるんじゃ」


重春のその言葉でなるほど、と麦は手を叩くと重春の腕を振りほどいて蛍と舞火に目を向けた。


帰宅する為に鞄を背負った蛍と舞火は麦の視線を感じると麦を見つめた。


いや、この場合は睨み付けた、と表現したほうが良いのかも知れない。


「家の近くまでおくるよ!」


麦がそう口にすると蛍と舞火の顔は一瞬、柔らかくなったがその表情はすぐに凍りついた。


「行かないで下さいよ~。私は花形さんがいないと寂しいです」


「え…。そんなことを言われても」


嫌がるようなことを言いつつも、顔を赤くさせる麦を見た蛍と舞火はすぐに目を鋭くさせて麦に背を向けた。


「ちょっと、待って!おくるって!」


帰ろうとする2人を見た麦は慌てて2人に手を伸ばしたが、その手は舞火の鋭い視線に動きを止められた。


「結構です」


冷たく言い放たれた舞火の言葉に麦は思わず動きを止めた。


なぜなら、舞火の軽蔑の気持ちが伝わってきたからだ。


舞火も好きで麦を軽蔑している訳ではない。


気持ちのやり場がなくて困っているのだ。


麦に冷たい言葉を放った舞火は麦に背を向けるとそのまま、店の扉に手を掛けた。


その間に蛍は何度か麦に目を向けてはいたが、声をあげることはしなかった。


蛍も同じなのだ。


舞火と同じように気持ちが迷子になってしまっているのだ。


この胸の奥がチクチクとする感覚。


これは恋心が原因なのだろう。


そう、これは嫉妬なのだ…。

次回の更新は7月3日(火)!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→修復屋に泊まることになったが…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ