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19話 甘い衝撃。

蛍と舞火と重春の3人が店から姿を消した時、麦は心に小さな穴が空いたような気がした。


3人に軽蔑された、という気持ちよりも蛍と舞火のあの悲しそうな表情が頭に残って仕方がないのだ。


「花形さん、どうしました?」


「いや……なんでも」


「あの子達のことを気にしているんですか?」


「え…まぁ~、そうですね」


麦は零花に難しい顔をして蛍と舞火への想いを口にしたが、それを聞いた零花は少し怖い顔をした。


「それはあの2人に恋愛感情を抱いているってことですか?」


零花は目を鋭くさせながら麦に尋ねた。


だが、肝心の麦は自分の中に恋愛感情があるかどうかも理解できていなかった。


ただ、2人の悲しそうな表情が頭に残って仕方がない、ということしか自己理解がすすんでいなかった。


「いや…それとはまた違うような……」


「そうですか。とりあえず、ご飯にしましょうか。私が何か作りますよ」


麦は零花に流されるように首を縦に振ると修復屋の営業を終えた。


麦の許可もなく、修復屋のカウンターに立った零花はシャツを捲(まく)って白い腕を見せると手を洗い始めた。


零花が料理慣れをしていることはこの手を洗う、という何気ない動作から理解することができる。


指と指を重ねて素早く、丁寧に手を洗う姿はまるでプロの料理人を麦に想像させた。


「花形さん、先にお風呂に入ってて下さい」


「えっ、うん。わかりました」


キッチンに立つ零花に見とれていた麦は一瞬、変な声をあげて返事を返してキッチンを後にした。


キッチンを後にした麦は2階へと行き、浴槽にお湯を溜め始めたがすぐにはいっぱいにならない。


10分から20分はかかるだろう。


「よし、待ってる間にオレの寝室に零花さんの布団を用意するか」


麦は当然ながら、零花と夜を共にするつもりはない。


だからこそ、零花には自分の寝室を与え、自分は店で眠るつもりなのだ。


麦が押し入れから新しい布団を出し、寝室に敷いた頃には浴槽にお湯が溜まっており麦は湯船に身を預けた。


「ふぅ~…。今日も疲れたなぁ~」


麦は浴槽の中で大きく手を伸ばして体をリラックスさせようとするが、肩から力が抜けない。


それはこの家の中に零花がいるから、という訳ではない。


やはり、蛍と舞火と重春の存在が原因なのだ。


頭から離れない悲しげな表情は今も麦の心をチクチクと突き刺さる。


この気持ちはあの3人を大切に思っているからこそ、感じるのだろう。


「明日、来るかな……」


明日、また3人が店に来ることを祈るようにそう呟いた麦は湯船から身を起こした。


体を温めて1階の零花がいる店のほうへ行くと、店のカウンターには沢山の料理が並べられていた。


「あっ、花形さん。今、できたところなんですよ」


「そうなんだ。それにしても、すごい腕だな」


麦にはカウンターに並べられている料理名はわからなかったが、そのお洒落で美味しそうな見た目から零花の料理の腕が本物であることを理解した。


「ありがとうございます。それじゃ、食べましょう」


麦はゆっくりとカウンターの椅子に腰を下ろすと両手を合わせていただきます、と口にして箸を手に取った。


どの料理も麦には馴染みがなく、肉料理だとか魚料理だとかしか理解できないが、味は本物である。


これほどまでに料理の腕を磨くの簡単ではないのだろう。


「どの料理も美味しいよ」


麦は口に食べ物を頬張りながら零花に笑みを向けた。


「本当ですか!嬉しいです」


「ところで、零花さんって料理学校とか行ってたの?」


「……なんで、そんなことを?」


零花は箸を強く握って目を鋭くさせた。


恐らく、麦を警戒しているのだろう。


それを知ってか、麦はそれ以上、話を広げることはしなかった。


いや、広げることが怖かったのだ。


「いや、すごく料理が上手だからさ」


「えへへへ。ありがとうございます」


麦に褒められた零花は頬を赤く染めて、指で頬を掻いて見せた。


その後も麦と零花は食事を続けて、食事後に麦は零花を2階へと案内した。


「じゃ、ここで寝てくんな」


「えー……。一緒に寝てくれないんですか?」


「それはいかんよ。オレは店で寝るから何かあったら、呼んでくれ」


麦が寝る場所を零花に指示したが、零花はぜんぜん府に落ちていないようで必要以上に駄々をこねてきたが、麦はそれを華麗にかわして扉を閉めた。


2階へ零花を置いて来たことに成功した麦は1階の店の床に雑に布団を敷くとそこで横になった。


布団を敷いたと言っても床の固さが背中を刺激して寝心地は悪い。


だが、だからと言って零花と一緒に布団に入ることは麦にはできない。


ただでさえ、蛍達に軽蔑されているのだ。


それだけは麦にはできなかった。


麦が布団に入って数時間が経った頃、麦は体にのし掛かる何かに反応して目を擦った。


「うん?なんだ……?」


月が放つ青い光に僅かに照らされて、明るくなった店内に寝る麦の上には零花の姿があった。


零花は白いシャツのボタンを全て外して、肌を露出させている他、下半身は下着姿である。


「零花さん!?」


「麦さん……。ねぇ、しよう?」


それは甘い誘惑と言うよりは甘い衝撃であった…。

次回の更新は7月6日(金)!

【登場人物】

花形 麦→修復屋ウィートの修復士。

半 重春→修復屋のオーナー。

水野 蛍→蜜柑高校1年1組。父親を探している。

春下 舞火→蛍の友達。蜜柑高校の生徒。

月並 零花→修復屋に泊まることになったが…


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