おばあちゃんとの交渉
テスト初日、朝。そわそわする私とは対照的に、神宮さんは動じていなかった。
巫女装束から制服に着替えて離れの居間に行くと、いつも通り、神宮さんが、共通の本棚から出した本を読んでいた。
「神宮さん、そういえば、テスト初めてだよね。緊張とかしないの?」
「うむ。まあ、緊張はするのだが、いちいちそれを外に出しては、“高校生”には見えないのであろう? それに、“初めて”のことなら、もう既にたくさん経験してきた。……今年は、毎日“初めて”でいっぱいだ。故に、退屈しなくて良い」
「そうでした」
とはいえ、何度経験しても、テストには慣れない。というか、慣れる慣れないじゃなくて、常に不安だ。
「ふむ、そんなものなのか。……だいぶ対策はしてあるとは思うのだが。対策をしたから大丈夫だろう、とは考えないのだな」
「……そっか」
そうか。確かに、対策をしたから大丈夫、とも考えられるね。特に今回は、神宮さんと一緒に、復習し直したから、普段の3倍か4倍は対策をしている。なるほど、いつもとは違うんだ。
そう考えて、急に否定的な考えが浮かんできた。
「そうだよ。いつもとは違うんだよ。高校は行ってから、初めてのテストだもん」
「なるほど、やはり中学校と高校では随分違うのだな。……中学にも通ってみたかった」
さいですか。
中学は、楽しかったけれど、学校に行きたくなかった。いじめとかそういうのではなくて、単に“学校”が嫌だっただけだけど。部活も、学校で1、2を争う厳しさで、休みも少なかった。
「まあ、部活を禁止された今となっては、恋しさもあるんだけど」
「うぬ、やはり私も参加してみたい。体育の授業では、慣れてきた頃には終わってしまうのだ!」
いつになくリアクションが大きい神宮さん。――相当やりたいんだろうな。
「今、男子の体育は何をやってるの?」
「もうすぐバレーボールというものが始まるらしい。随分と面白そうなのだが……知っているか?」
「まあ、そりゃあね。中学の時は毎年体育でやってたし。女子は2学期に入ってからやるみたいだね。って、……あ!」
言いながら、視界の端にうつるカレンダーを見て、ハッとする。
たしか――。
「ほら、10月にバレーボール大会があるよ!」
「うぬ?」
「クラス対抗のバレーボ-ル大会。たぶん、全員出られると思うよ。高校のバレーボールは6人制だけど、校内大会だったら、普通は総当たり戦のはずだし。神宮さんは背が高い方だから、アタッカーかもね」
「授業以外でも、できるのか……」
楽しそうで何よりです。神宮さんは、実技系が苦手だけれど、飲み込みは早いからルール自体はすぐに覚えるはず。
「もしあれだったら、一緒に練習する? 私、バレーボールは好きな方なんだ!」
というか、大きなボールを使う球技が好きだ。でも、バレーボールのルールは難しくて、部活にまでは手を伸ばせなかった。結局、バスケ部よりも、小さいボールなのに好きだった卓球部に入った。それなりに上手くはなったし、思っていたのと違い、戦略の使えるスポーツだったな。
「神社の境内は広いし、それも面白そうだが、6人制なのであろう? 2人でできるのか?」
「簡単なパス練ならね。それで充分でしょ」
「朝食を食べないで学校に行くのかい?」
最近は聞いていなかった、ノックと共に聞こえるおばあちゃんの声。
すっかり見えていなかった時計は、普段、母屋のリビングに行く時間を、10分も過ぎていた。
「「あ」」
私と神宮さんは、顔を見合わせ、言葉をもらしたのだった。
「まったく、普段からゆとりのある生活をしていてよかったね。朝忙しい人だったら、10分も遅れたら遅刻だよ。こっちはバスが少ないんだから」
怒っているのかあきれているのか、それとも本当に「よかった」と思っているのか。さっぱり分からない。言っていることには全面的に賛成するけど、おばあちゃんの本心が分からないから、対応が難しい。何気ない風を装って朝ご飯を食べながら、私は、必死におばあちゃんの胸の内を探る。
「それより、テストなら、半日で終わるだろう? 私は、今日は用事があるから、スーパーに買い物に行ってきて」
「……」
そういうことか~。
だがしかし、ここで逆らっても、別段良いことはない。昼食は分からないけど、夕飯が間違いなく質素になる。
だったら、それを許可して、ついでに感覚でお願いしてみる方が良いよね?
――交渉開始だ。
「じゃあ、帰りに寄ってくるから、駅前の通りで買い物をしてきてもいい? 神宮さんも行く?」
「うむ。本屋に寄っても良ければ行く」
「……ちゃんとスーパーに寄ってくるなら良いよ」
よし! 交渉成立!
「オッケー! じゃあ、買ってくる物をメモに書いておいてね」
「わかった。お昼ご飯は2人で食べてね。母屋の居間に材料はあるから、つくってもいいけど、駅前に行くならそこで食べてきても良いよ。ただし」
「“自費”ね。分かったよ」
たまには出してくれても良いんじゃない? って思ったけど、言うとろくな事にならないから言わない。
後で神宮さんに愚痴を言おう。




