第四話『動き』
【前回までのあらすじ】
突如として姿を消したシオン達の行方を捜すべく、一人荒野を飛ぶアルはその先でその一人チサらしき叫び声を聞く。声のした方へ急ぐと、そこには捕まった彼らの姿と二人の悪魔の姿が。
手前の悪魔を先に仕留め動揺を誘うアルだったが———?!
緊迫とした空気の中、二人の天使と悪魔が対面した。
ハデルは、突如現れた天使の下で動かなくなったザクロを静かに見下ろした。
ザクロの顔から手を離し、邪魔だと言わんばかりにアルは自らの翼を畳んだ。
「よくも」
その声がしたのは、アルが標的をハデルへと変えた時だった。
背後から聞こえた声にまさか———、と思い振り返った時には遅かった。アルの目に飛び込んできたのは幾多ものつるだった。それはまるで意思のあるかのように、アルの体に絡みついた。その先に、アルは一つの大きな目玉を見た。
それは、先程アルがザクロの顔を潰した時に飛び出した彼の隠れていた左目。付け加えるなら彼の本体だった。
寄生虫。彼らには肉体はおろか、寄生の際に不必要な器官は一切持たない。それは彼らの種類によって異なるが、ザクロの場合、つると一つ目玉のワームである。そのつるで、標的者の行動を塞ぎ、眼球から寄生を開始しその体を我がものとする。そして、宿主が行動不可能になった場合、彼らは再び新たな体を求めて行動を始める。
「何十、何百っていう種に俺は今まで寄生してきた。もちろん、標的者に見つかって死にかけたこともある。そんな事を繰り返し続け、俺はやっと巡り合えたんだ。最高のカラダに、なのに……!」
かつてのザクロの姿はそこにはなく、血走った目でアルを見ていた。
「よくも、よくもよくもよくもよくもよくも……!!
あああ! せっかく気に入ってたカラダだったのによォオ…! これでまた最初からやり直しだ!」
興奮を抑えきれない様子で、ザクロはアルを縛り上げる。
「……まあいい、代わりにあんたのカラダを貰うことにするぜ。俺が丁寧に扱ってやるよ。なあに、痛いのは一瞬さ。すぐにイかせてやるよ………」
そう告げ、ザクロがアルの体に乗り移ろうとしたとき、彼の体を火炎が襲った。その熱で、アルにまとわりついていたつるがボロボロと解けていき、ザクロは腕を引っ込めた。つるの先端が焦げたのを見て、ふとザクロはなぜいきなり炎が現れたのか疑問を感じた同時にある単語が過った。
こいつ、まさか———?!
それはハデルも同じく驚いた表情で炎を見た。
適合者!!
炎の中から何事もなかったかのようにアルが姿を現した。炎はまるで主を守っているかの如くアルの周りに渦巻いていた。
適合者。それは火、風、雷、地、水といった五つの内一つ以上の属を習得した者のことを言う。だが、これを習得するには多くの鍛錬と精神力が必要でありる。そのため、なろうとする者の数は極めて少数で、なれたとしても強大な力を制御できずに自らの属に食い殺される可能性もある。
アルは、くるりとザクロに方向転換すると、こちらに伸びていたつるを両手で掴んだ。そして、力を込めるとそこから発火しザクロは一瞬にして火だるまになった。
ザクロの断末魔が辺りに響き渡り、つるの体は次々に崩れていき炎の勢いも徐々に小さくなっていった。
「しつこいと嫌われるって知らないの? 枯れ枝さん。あんたの負けなんだよ……」
言づけのあとには、ザクロの姿は灰となって散っていった。
宙に舞うザクロであった灰が風に流されていくのを見送ると、アルは今度こそハデルに標的を変えた。だが、その表情には動揺の趣はなく、シオン達の前に佇んでいた。
(くそ、眉一つ動かしやしない。動揺している間にあいつら助けてさっさと退散しようと考えてたんだけどな……
仕方ない。やるか……)
そう決断すると、アルは肩を回すと軽い準備運動をした。そして、大きく息を吸い、吐き、吸うと息を止め一気にハデルに突っ込んだ。
「———ッ?!」
先程の天使とは比べものにならないほどの速さで場を詰めてきた相手に、ハデルは交戦することなく羽を大きく広げると後ろへ五メートルほど下がった。
やはり、天使はハデルの後を追うことなく仲間の天使達の前で止まった。
「隊長さん…!」
チサが涙ぐんだ目で隊長であるアルに叫んだ。そんな彼女たちをアルは横目で見ると、シオンの右腕が無くなっていることに気が付いた。
「……だから勝手な行動は慎んでって言ったんだ。」
そう言うと、シオンの代わりにチサが小さく「ごめんなさい」と呟いた。それに合わせるように「でも———」とアルが続ける。
「生きててよかった」
その言葉に、チサ達は自分たちがしたことに後悔の表情を浮かべると拳を強く握りしめた。
「……説教は後だ。これをシオンに」
アルは自らの翼の羽を一枚抜くと、チサに手だけを差し出して渡した。
「そいつのやられた腕のところに刺せ、それだけでいい……」
チサに背中越しに指示すると、出血を抑えようと置かれたシオンの指の間から彼女の言われた通りに羽を刺した。「ウッ」とシオンが声を洩らすと、次の瞬間刺したアルの羽が緑色に光り出した。それが止むと、シオンの出血が止まり彼の顔から歪みが消えていった。
「……」
痛みが引いていったのか、シオンはそのまま眠りについた。安心したように、チサ達の顔にも安堵の表情が戻った。
その頃、ハデルの頭の中である言葉が繰り返し囁かれていた。
殺せ。奴らを、殺せ。殺せ、殺せ、奴らを。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ————
ハデルは自分の手に力を込めた。そして、自分の肩の位置まで持っていくと自身のの頭を殴った。
———ッゴ! といった鈍い音と共にその光景に驚愕したアルはより警戒した。
「隊長さん?」
「先に戻っていろ」
チサの心配をよそに、アルはぶっきらぼうに告げた。
額から赤い血を流したハデルが、アルに視点を置いた。
「……」
構え、攻撃に備える。
「帰る」
その二文字はその場に生きとし生ける者達の行動を瞬間的に静止された。聞き間違えか、アルはつい「……っは?」聞き返してしまった。これまでの緊張が嘘のように抜けていき、目を丸くした。
「やめよ止め、ここであんたとやりあって私に何の得があんの? 五体満足で帰れないことくらいわかるわよ。その結果がそいつだ。自分の気持ちの制御すら抑えることができなかったそいつの末路だ。」
額から流れる血を抑え、ハデルは面倒くさそうに話した。
「じゃあね、適合者さん。あんたとはこれからもやり合いたくないわ。さようならっ」
アル達に背を向け、素っ気なくハデルはその場から退散しようとしたが、「待て」と後ろでアルが止める。
「……かたき、仇を取ろうとは思わないのか? ……仲間、なんだろ? お前達は」
「同族の死ほど、現実味のないものってないでしょ?」
首だけを向け、ハデルは言い放った。
「それに、別に仲間なんて思っちゃいないわ。たまたま同じ班に配属されただけよ」
「…お前ら魔族は、みんなそうなのか?」
その焦げ茶色の瞳には、どこか怒りの籠ったものが映っていた。
「……全員が全員じゃない。けど、多数がそう思ってると思う。みんなあなた達を殺したくてうずうずしているわ。でも、自分だけじゃ勝てないことを知っている。ほんと、利口な奴ら」
眉間にしわを寄せ、ハデルは吐き捨てた。
「ってこと。じゃあ、私は私の気持ちが変わる前にさっさと退散するわ。この現状のことも上に報告しなくちゃだしね。今度こそ、じゃあね」
そう言い、足を進めたハデルだったが少しすると再び歩みを止めアルに言った。
「次会った時は相手してあげる。お互い、次があればの話だけど」
背丈以上ある羽を広げ、悪魔は空の彼方へと姿を消していった。
アルはその後ろ姿が完全に見えなくなると、深くため息を吐いた。そして、後ろのチサ達の元に歩いた。その小さく幼い肩は微かに震え、余程怖い目に会ったことを訴えていた。
「取り敢えず、帰ろう」
そんな彼らに、アルは優しく微笑んだ。
最後までお読み下さりありがとうございます。
話の一番初めに、割り込み更新もしたのでよければそちらもお読み下さったら幸いです。