第7話 面接訓練という名のラスボス戦
「今日は模擬面接を行います」
その一言で、教室の空気が変わった。
神崎さんは背筋を伸ばした。白瀬さんは小さく息を呑んだ。黒須さんは面接官を逆に評価する顔になり、霧島さんは存在感を消し、古賀さんは「口頭試問か」と身構えた。雨宮さんは、なぜか立ち上がりかけた。
「出陣ではありません。座ってください」
「はい」
面接は、彼らにとってラスボスに近い。
相手は剣も魔法も使わない。
ただ質問してくる。
それが一番厄介なのだ。
俺は最初に、面接の基本を板書した。
一、聞かれたことに答える。
二、長く話しすぎない。
三、相手を倒さない。
四、沈黙で消えない。
五、退職理由で自分を刺さない。
「先生」
神崎さんが手を挙げる。
「三番は普通の人にも必要ですか」
「普通の人は面接官を倒そうとしません」
黒須さんが腕を組んだ。
「交渉相手を圧倒するのは基本だ」
「圧倒しない」
霧島さんが小さく言う。
「四番は私ですね」
「はい」
白瀬さんが、五番を見て少しだけ目を伏せた。
今日の目的は、受かることではない。
自分を壊さず、相手に届く形で話すことだ。
最初は神崎さん。
俺は面接官役として、書類を見ながら聞いた。
「前職では、どのような業務をされていましたか」
「魔王を倒していました」
「言い換えましょう」
「極限環境下での長期プロジェクトを遂行していました」
「いいですね。具体的には」
「七十二日間、瘴気汚染地域を踏破し、敵性存在を排除しながら、最終目標である魔王城へ到達しました」
「敵性存在を消しましょう」
「はい」
「接客経験はありますか」
神崎さんは固まった。
「……竜王との停戦交渉は、接客に入りますか」
「入りません」
次は白瀬さん。
「退職理由を教えてください」
白瀬さんの肩が震えた。
「私の力不足で」
俺は首を振った。
彼女は唇を結び、言い直す。
「過重労働と役割過多により、長期的な就業継続が困難になったためです」
「いいです」
「ただ、前職での対人支援の経験を通じて、自分の業務範囲を確認しながら働くことの大切さを学びました」
「かなりいいです」
白瀬さんは、少しだけ目を丸くした。
褒められる準備をしていなかった顔だった。
三番目は黒須さん。
「あなたの強みを教えてください」
「統治だ」
「現代語で」
「組織運営、資源配分、危機管理だ」
「いいです。弱みは」
「反逆者に寛容すぎたことだ」
「職場では使いません」
「では、部下への期待値が高すぎること」
「それは使えます」
「改善策として、粛清前に面談を行う」
「粛清を消してください」
黒須さんは不満そうに履歴書へ線を引いた。
四番目は霧島さん。
「自己紹介をお願いします」
沈黙。
「霧島さん」
「はい」
「始めてください」
「始めていました」
「聞こえていません」
彼は小さく息を吸った。
「霧島透です。観察力と、細かい違いに気づくことが強みです。品質検査やデータ確認の仕事に興味があります」
前回より、声が届いた。
「いいです。では、最近気づいたことはありますか」
「この面接室の時計は、昨日より三分遅れています」
「そういうのです」
「あと、柏木先生は今朝、左足を少しかばっていました」
「そこまでは言わなくていいです」
五番目は古賀さん。
「志望動機を教えてください」
「貴社の資料管理体制には改善の余地がある」
「上から入らない」
「私は古代文献の分類、欠損資料の補完、複数体系の照合に精通している。貴社の混沌とした棚を救済できる」
「救済も少し強いです」
「では、整理できます」
「急に良くなりました」
古賀さんは少し得意げだった。
最後は雨宮さん。
「職場で大切にしたいことは何ですか」
「士気です」
「悪くありません」
「隊列です」
「職場では配置と言いましょう」
「撤退判断です」
俺は少し驚いた。
「それは、いいですね」
雨宮さんは真剣な顔で続けた。
「無理な突撃は、部下を失います。現代の職場でも、無理な作業は事故につながると考えます」
「そのまま使えます」
彼女は、初めて少しだけ嬉しそうにした。
模擬面接が終わるころには、全員がぐったりしていた。
魔王討伐より疲れた顔をしている。
「面接は、相手を倒す場ではありません」
俺は言った。
「自分の経験を、相手に分かる言葉で渡す場です」
神崎さんが手を挙げた。
「倒さなくていいんですね」
「倒さないでください」
黒須さんも言う。
「支配もしない」
「しません」
霧島さんが小さく続ける。
「消えない」
「消えません」
白瀬さんは、手元のメモを見つめていた。
そこには、退職理由の文が書かれている。
自分を責める言葉ではなく、状況を説明する言葉。
彼女はそれを、ゆっくり折りたたんで鞄にしまった。
ラスボス戦は、まだ勝利とは言えない。
でも、全員が一度は逃げずに立っていた。
授業後、面接室の椅子を片づけていると、黒須さんが言った。
「面接とは、妙な儀式だ」
「儀式ですか」
「強すぎても駄目、弱すぎても駄目。過去を隠しすぎても疑われ、語りすぎても恐れられる」
「その通りです」
「厄介だな」
「厄介です」
神崎さんが苦笑した。
「魔王戦の方が、勝ち負けが分かりやすかったです」
白瀬さんは、少し考えて言った。
「でも、今日の方が、終わった後に誰も怪我をしていません」
その言葉に、みんなが少し黙った。
雨宮さんが深くうなずく。
「良い訓練です」
面接訓練という名のラスボス戦。
勝利条件は、相手を倒すことではない。
自分の言葉で、席に座り続けることだった。




