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和風異世界物語~綴り歌~〈久遠編〉  作者: ここば


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認められなかった声

出発を二日後に控えた朝、天響の里はいつもより静かだった。

嵐の後の凪のように、表面だけが整えられた空気。

だが、その下では確実に何かが変わり始めている。


「……行く前に、会っておきたい。」

遥花がそう言ったとき、悠理も、陽路も、奏多も反対しなかった。


向かう先は、里の医療棟。

茜が療養している場所だ。


白木の廊下を進むにつれ、足音がやけに大きく響く。

それぞれが、別の緊張を胸に抱えていた。


扉の前で一度、遥花が立ち止まる。

「……失礼します。」


中は、薬草の匂いが満ちていた。

柔らかな光の中、寝台に横たわる茜は、以前よりも顔色が戻っている。


「……遥花姉様。」

その声はまだ弱々しいが、確かに意識ははっきりしていた。


「無理しなくていいよ。」

遥花はすぐに言った。

「顔を見に来ただけだから。」


茜は小さく首を振る。

「……いいえ。大丈夫です。」


その言葉に、空気がわずかに張り詰めた。

しばらくの沈黙の後、遥花は静かに切り出す。

「……今回のこと。どうして、恭弥に手を貸したの?」


茜の指先が、掛け布団を強く握る。  視線は伏せられたまま、言葉が出てこない。


「……話しづらい、よね。」

遥花は無理に続けなかった。

苦笑するように、少しだけ視線を逸らす。

「私がいると、余計に言いにくいかもしれない。」


そのとき、悠理がふと思いついたように言う。 「……俺たちじゃなくて、陽路ならどうだ?」


陽路は一瞬、驚いたように目を瞬かせたが、すぐに察した。

「……なるほどな。」

遥花も頷く。

「私たちは、外で待ってるね。」

奏多も黙って立ち上がる。

四人で来たはずの部屋に、二人だけを残して、扉が閉じられた。


静寂。

陽路はしばらく何も言わず、窓際に寄った。

そして、ぽつりと切り出す。

「なぁ、茜。」


その呼び方は、ずっと変わらない。

「お前、昔から頑張り屋だったよな。」

茜の肩が、わずかに揺れる。

「小さい頃からさ。祀る者の修行も、誰よりも真面目で。弱音も吐かずに……」


陽路は、少し困ったように笑う。

「正直、勿体ないと思ったよ。こんなことして。」

その瞬間だった。


茜の目から、ぽろりと涙が零れ落ちた。

「……分からないくせに……」

震える声。

「頑張っても……頑張っても……」

嗚咽を噛み殺しながら、言葉が溢れ出す。

「みんな、遥花姉様ばっかりで……私のことなんて、誰も……」


陽路は、何も言わずに聞いている。

「祀る者として、ちゃんとやってきたのに……」 「理解してくれたのは……恭弥様だけだった……」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。

「私は……今でも後悔してない。恭弥様だけが……私の気持ちを分かってくれた。」

しばらく、言葉がなかった。


やがて、陽路が深く息を吸う。

「……あのな、茜」

声は、強かった。

「確かに、認められないのは辛い」

一歩、踏み込む。

「でもな、お前が積み上げてきたものを」

拳を握る。

「お前自身が壊して、どうするんだ。」


茜の肩が、びくりと跳ねる。

「自分で自分を認めてやらなくて、誰が認めるんだ!」

言葉は荒いが、真っ直ぐだった。

「俺はな、詞脈もない。ただの従者だ。代わりなんて、いくらでもいる。」

一拍置いて、胸を張る。

「それでも、この立場に誇りを持ってる。だから、お前もだ、自分の中にあるものを、もっと大切にしろ!」

それだけ言うと、陽路は踵を返した。

振り返らない。


扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。

部屋に残された茜は、声を殺して泣いた。

涙は止まらない。

けれど、その奥で、何かが確かに揺れていた。


廊下で待っていた遥花たちは、陽路の顔を見て何も聞かなかった。 ただ、静かに頷く。

それで、十分だった。


そして、出発日。

一行は、瑞穂へと向かっていた。

理由はひとつ。 結芽の様子を確認するためだ。

馬車の中、奏多がぽつりと言う。

「……会って、大丈夫ですかね。」

「行かない方が、後悔する。」

遥花は即答した。


瑞穂の里は、相変わらず穏やかだった。

だが、屋敷の奥で会った結芽は、以前よりもずっと痩せて見えた。


「……遥花。」

微笑もうとするが、その目には疲労が滲んでいる。


「恭弥のこと……聞いた」

結芽は、視線を落とした。

「私、何も……できなかったね。」


遥花は、そっと首を振る。

「それは違う。あなたが壊れなかったことが、今は一番大事。」

結芽は、驚いたように目を見開き、やがて静かに涙を流した。

「……幽淵に、行くんだよね。」

「ああ」 悠理が答える。

「必ず戻る。」

その言葉は、約束というより、誓いだった。


瑞穂を後にし、夕暮れの道を進む。

空は、どこまでも赤く染まっていた。

幽淵へ。 真実のために。

そしてもう一度、久遠を“選び直す”ために。

彼らは、歩き出した。

それぞれの迷いと決意を胸に抱いて。

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