語られなかった犠牲
灯りが差し込んだ牢の中で、恭弥は一瞬だけ眩しそうに目を細めた。
その視線が遥花と悠理を捉えると、すぐに伏せられる。
「……何で来たんだ。」
声は低く、掠れている。
反発というより、諦観に近い響きだった。
遥花は一歩、前に出る。
胸の奥で、言葉が絡まっていた。
「あなたに聞きたいことがあるの。どうして、あんなことをしたのか」
恭弥はすぐには答えなかった。
視線を伏せ、しばらく沈黙が落ちる。
悠理が静かに告げる。
「俺たちは仲間だった。だからこそ聞かせてほしい。」
恭弥の視線は石床に落ち、指先がわずかに震えている。
「……理由なんて」
小さく笑う。
「言えば、許されるとでも思ってるのか?」
「許されるかどうかは分からない。」
遥花ははっきりと言った。
「でも、知らなければ向き合えない。あなたにも、茜にも、この里にも。」
沈黙が落ちる。
外で雨が、一定のリズムで石を打つ音だけが続いた。
悠理が一歩前に出る。
「黙ったままでも、裁きは下る。だが、語れば、お前自身がどう生きるかを選ぶ余地は残るかもしれない。話してくれ、恭弥、頼む。」
普段の悠理とは違うその言葉が、恭弥の胸に触れたのだろう。
長い溜息のあと、ようやく顔が上がった。
「……兄がいた。」
ぽつりと、そう言った。
「名は、和弥」
恭弥の声は、どこか遠い。
「俺より四つ上で……試脈が、異常なほど強かった。
綴る者としての才も、比べものにならないくらいでさ。」
遥花は、息を呑む。
「兄は、皆に期待されてた。俺は……ただの“弟”だった。」
自嘲気味に笑う。
「努力はした。褒められることもあった。
でも最後に聞くのは、決まって『さすが和弥の弟だ』だった。」
悠理は黙って聞いている。
「それでも、嫌いじゃなかった。」
恭弥は続けた。
「兄は、俺に優しかったし……ちゃんと見てくれてた。」
一瞬、言葉が途切れる。
「ある時、兄が言ったんだ。
『久遠の平和は、誰かの犠牲の上に成り立っているのかもしれない』って。」
遥花が、静かに問いかける。
「それが……ずっと心に残っていた?」
「ああ。」 恭弥は頷く。
「意味は分からなかった。でも、兄がそんなことを言うのが、妙に引っかかって……」
そして、少し間を置いて。
「……その直後だ。兄が消えた。」
行方不明。
数日後には、「任務中の事故で死亡」と告げられた。
「遺体はなかった。説明も、ほとんどなかった。」
恭弥の声が低くなる。
「ただ、『忘れろ』って空気だけがあった。」
遥花は、拳を握りしめる。
「それからだ。」
恭弥は続ける。
「兄のおまけだった俺に、全部が降りかかってきた。役割も、評価も……婚約もな。」
淡々と語るが、その奥に押し殺した感情が滲む。
「俺が十五、結芽が十三。相談もなく、当然のことみたいに。拒否する選択肢はなかった。綴る者として、久遠のために生きる存在だったから。」
遥花の胸が、きしむ。
――それは、本当に“選ばれた人生”だったのか。
必死だった。
がむしゃらに力を磨き、任務をこなし、認められようとした。
「外の国への任務を任された時は……正直、救われた気がした。」
恭弥は苦く笑う。
「里から離れられる。自分が誰かの代わりじゃなく、“恭弥”として動ける場所だと思った。」
いくつかの国を巡り、経験を積み、慣れてきた頃。
「幽淵で……会った。」
声が、震えた。
「生きていた。兄が。」
遥花と悠理は、息を詰める。
「名を変えていた。烏丸、と名乗っていた。」
その名を口にするだけで、恭弥の表情が歪む。
「兄は……久遠に尽くした末に、長老たちに“処理”されたと言った。」
「――っ!」
遥花は、思わず一歩後ずさる。
悠理も、表情を失っていた。
「理由は、“知りすぎたから”だそうだ。」
恭弥の声は、低く、静かだった。
「……久遠は、俺たちが信じてきたほど、綺麗な場所じゃなかった。」
恭弥は、遥花を見る。
「それでも、全部が嘘だとは思わない。でも……兄の死が、切り捨てられた結果だったなら?」
それを聞き、遥花は頭の中が、真っ白になった。
切り捨てられた。
その言葉が、彼女の中の“別の記憶”を呼び起こす。
(……私も)
異界に飛ばされた直後。
捜索は、すぐに打ち切られた。
理由も説明もないまま。
——「もう十分だ」
影風が、そう言っていた。
遥花は、ぐっと奥歯を噛みしめる。
表情には出さない。
けれど、胸の奥で何かが静かに崩れていく。
「俺は……何も知らずに、久遠のために刃を振るっていた。」
視線が逸れる。
「……なあ、遥花、悠理。」
その呼び方に、胸が詰まる。
「お前たちは、久遠が“正しい側”だと、まだ言えるか?」
答えは、すぐには出なかった。




