港の灯、繋がれた刃
荒れ残る波が船体を打つ中、甲板上の戦いはさらに苛烈さを増していた。
遥花は烏丸と刃を交えながら、わずかな揺れの変化を足裏で拾う。
波はまだ不規則だが、確実に「港へ向かう流れ」に戻りつつあった。
(時間がない)
烏丸の刀は重く、間合いの詰め方も容赦がない。
遥花は身を捻り、扇で軌道を逸らす。
衝撃が腕を痺れさせたが、踏みとどまる。
「甘いな!」
だが彼は深追いしない。
殺し切る動きではなく、「決め」に来てはいない。
「どうした、止めるんじゃなかったのか!」
挑発する声に、遥花は応えない。
刃を絡め、弾き、踏みとどまる。
その横で、陽路と影風の攻防はさらに激しくなっていた。
速さで切り込む陽路。
影風はそれを読み、最低限の動きで受け止める。
「速いな……だが、雑だ!」
影風は、船員や兵士の位置を常に視界に入れながら、最短距離でそれを潰してくる。
「……っ」
陽路の肩口を掠める衝撃。
踏ん張った足が滑り、体勢が一瞬崩れた。
「陽路!」
遥花が叫ぶが、陽路は歯を食いしばって立て直す。
「平気だ!」
その言葉の裏で、血が甲板に落ちる。
船首側では、悠理が矢を放ち続けていた。
矢は人を殺さない。
だが、人を「止める」。
帆綱、索、足場、舵の周囲。
船を動かそうとする意思そのものを断ち切るように、矢が突き立つ。
「動くな!」
その声に、船員たちの動きが鈍る。
悠理の声は、低く冷たい。
その視線の先で、恭弥が動いていた。
操舵手の背後に立ち、矢を防ぎ、船を進ませようとする。
港は、もう目前だった。
「押し切れ!」
烏丸の声が響いた。
「このまま港に突っ込む! 多少壊れても構わん!」
その瞬間、敵側の動きが変わる。
守りではない。
突破を前提にした、強引な攻め。
幽淵の兵士も足をやられたにも関わらず、前に出る。
影風も遥花への遠慮を捨て、陽路に圧をかける。
「……っく!」
陽路が弾かれ、膝をつく。
「陽路!」
遥花が一歩踏み出した、その時。
「遥花!」
悠理の声が鋭く飛んだ。
「後ろだ!」
反射的に身を翻す。
烏丸の刃が、すぐそこまで迫っていた。
金属音。
刃と扇が噛み合い、火花が散る。
その一瞬。
「……見えた。」
悠理が、甲板の先、暗い海の向こうを睨む。
遥花も、陽路も、同時に気づいた。
小さい。
だが、確かに船影。
「……もう一隻?」
「奏多たちだ。」
悠理の声が、わずかに強くなる。
「間違いない。まだ遠いが……来てる。」
胸の奥に、確かな希望が灯る。
「もう少しだ……!」
悠理は叫んだ。
「踏ん張れ!!」
その声に、久遠側は奮い立ち、幽淵側には、はっきりと焦りが走った。
「来る前に逃げ切るぞ!」
影風が低く告げる。
「強引に抜ける気だ!」
次の瞬間。
船が大きく前へ出た。
減速していたはずの速度が、無理やり引き上げられる。
帆の残りを使い、舵を固定し、港へ一直線。
「くそっ……!」
悠理の矢が飛ぶ。
だが、完全には止まらない。
港が、目前に迫る。
石造りの岸壁。
灯り。
人影。
「着くぞ!」
衝撃。
船体が岸に擦れ、軋みながら停泊する。
「行くぞ!」
烏丸が叫び、真っ先に飛び降りる。
影風、恭弥が続く。
船室の扉が開き、茜が飛び出してくる。
足を引きずりながら、幽淵の兵士も遅れて甲板を降りた。
「茜!待って!」
遥花が叫ぶが、その声は茜には届かない。
「追うぞ!」
陽路はすぐに追いかけ、幽淵の兵士を拘束する。
「陽路!」
「……先に行ってくれ!」
悠理も飛び降りる構えを見せる。
だが烏丸たちは、数歩進んだところで、ぴたりと足を止めた。
「……?」
遥花が違和感に息を呑む。
港の関所。
そこに、影があった。
一人。
いや、三人。
久遠から幽淵へ渡っていた綴る者――颯牙。
その隣に、仮の従者である薫。
そして、悠馬の里の綴る者、伊吹。
静かに、だが確実に、道を塞いで立っている。
「……待ってたぜ。」
颯牙が、薄く笑った。
「幽淵には戻らせない。」
伊吹が一歩前に出る。
その言葉に、烏丸たちの空気が凍りついた。
颯牙は、遥花たちの方へ一瞬だけ視線を向け、
小さく頷いた。
「……よく、繋いだな。」
その一言で、胸に張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ。
遥花は、息を整えながら、前を見る。
港の灯りの下。
敵はまだいる。問題も山積みだ。
それでも。
追い詰められた夜の海の先に、確かに、光が見えていた。
嵐はまだ終わらない。
だが、夜明けへ向かう流れは、ここから始まる。




