表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和風異世界物語~綴り歌~〈久遠編〉  作者: ここば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/132

流れを断つ刻

夜の海を進む船内で、悠理は腰を落ち着け、卓の上に三つの包みを並べた。


「……詞鏡は、今こちらに三つある。」


低い声で告げると、遥花と陽路の視線が自然と集まる。


「一つは、俺が華灯の里で封印したもの。」

悠理は左端の一枚に指を置いた。

紙の繊維が微かに脈打つように震えている。


「残り二つは、篝火の里で……遥花とそれぞれ封じたものだ。」


遥花は小さく息を呑んだ。

確かに、あの夜。

敵の攻撃が側にある中、必死に言霊を押さえ込んだ記憶が蘇る。


「どれも……外の国の言霊。」

陽路が低く呟いた。


悠理は頷く。

「久遠の言霊とは性質が違う。

力の流れも、暴走の仕方もな。」


「……で、どれを使う?」

陽路が問いかけた。


悠理は三枚を一度、入れ替えるように並べ直した。

「言霊の“意味”を考える。」


遥花は頷く。


言霊は、攻撃のための術ではない。

物語や言葉が、忘れられることにより、概念が制御を失って溢れ出すもの。


「伊吹によると、華灯の里で封じたものは『灯』に近い。」

悠理が言う。

「暴走すれば、光や熱が拡散する。

だが……港で使うには、被害が広がりすぎる。」


陽路が即座に首を振った。

「港は人が多い。光は視界を奪うし、火は街に燃え移る。」


「篝火の里の二つは?」

遥花が静かに問う。


悠理は、二枚を見比べた。

「一つは『境』に近い言霊。

もう一つは……『流れ』だ。」


陽路の目が鋭くなる。

「『流れ』……海、潮、動き……」


「そうだ。」


悠理は頷いた。

「暴走すれば、海流が乱れる。

風向きが変わる。波が荒れる。」


遥花は、背筋に冷たいものを感じた。

「それって……嵐みたいな……」


「自然災害に近い。」

悠理は淡々と続ける。


「船は進めなくなる。

港に入ることもできない。」


「……でも。」


陽路が歯を食いしばる。

「制御できなかったらどうなるか……」


「分からない。」

悠理は即答した。


「だが、俺達は一度封印している。恭弥達も止められないことはないだろう。あくまで俺達が到着するまでの時間稼ぎだ。」


遥花は、そっと拳を握った。

「……これなら、港の中に被害は及びにくいよね。」


「完全ではないがな。」

悠理は、二枚のうち『流れ』の詞鏡を取り上げた。

「では、これを使う。」


陽路は、深く息を吸った。

「……俺の使い獣に持たせるんでいいんですよね?」


「ああ。」

悠理は陽路を見た。


「港に入る直前で暴走が起きれば、入国どころじゃない。検問も、停泊も、不可能になる。」


「破るタイミングは港の視認距離ぎりぎりだ。」


「了解しました。」

陽路は、使い獣を呼び寄せ準備を始める。


遥花は唇を噛みしめながら、そのやり取りを見つめていた。


(恭弥……)


天響の里に大量に発生した言霊。

それらを封じた詞鏡は、全て恭弥が管理していた。


今になって思えば、それも計算の内だったのだろう。

言葉は全て自分の手に。


「……最初から、こうなると分かってたのかな。」

思わず零れた言葉。


遥花は、ゆっくりと息を吐いた。


船は、静かに進み続ける。 迫る港と、避けられない選択を乗せて。



一方、篝火の里。


夜も更けた頃、橙子は足早に長老館の奥へ向かっていた。 手には簡易灯り。胸の奥に、重たい報告を抱えたまま。


「失礼します。」


静かに声をかけると、戸の向こうから低い返事が返る。

「入れ。」


部屋には、煌志と透真がいた。

卓の上には地図と書簡が広げられ、二人は作戦の最中だったようだ。


橙子は一礼し、すぐに切り出す。

「結芽が……目を覚ましました、」


その言葉に、二人の表情が僅かに揺れた。


「そうか……」

煌志が短く呟く。


「状態は?」

透真が静かに問う。


「身体的な異常はありません。ただ……」

橙子は言葉を選びながら続けた。

「恭弥の件を伝えました。……かなり、ショックを受けています。」


沈黙。


二人とも、結芽の心情を容易に想像できた。


「……無理もない」

煌志が拳を握る。

「許嫁が、ああいう形で……」


透真は目を伏せた。

「しばらくは、安静にさせるべきだな。心も、体も。」


橙子は頷いた。

「はい。今は無理に動かすべきではありません。」


だが――。


煌志は地図に視線を戻した。

「さて、本題だ。」


透真も同じ方向を見つめる。

「久遠は、今、手薄だ。封言庫を破られ、主要戦力は分散している。」


「どこの国が動いても、おかしくない状況ですね。」 橙子が静かに言う。



煌志は深く息を吸い、決断するように言った。

「使い獣の網を広げ、辺国の動きを監視する。」 「補給線も確保する。長期戦になる可能性がある。」

「防衛を最優先にしつつ……」


「遥花たちの援護に、全力を注ぐ」

透真が言葉を継いだ。


煌志の目は、強かった。

「ああ。俺達は、前線には出られない。

ここを落とされたら、終わりだ。」


透真が小さく笑う。

「……つらい役回りだな。」


「皆、同じだ。」

煌志はそう返した。

「それぞれの場所で、やるべきことをやる。」


橙子は、静かに頷いた。

「私にできることがあれば、何でも言ってください」


煌志は彼女を見て、僅かに微笑んだ。

「……十分だ。結芽の側にいてやってくれ。」


透真も頷く。

「今は、それが一番重要だ。」


橙子は深く頭を下げた。

「はい。」


部屋を出たあと、橙子は一度だけ立ち止まった。


(遥花……無事でいてね。)


篝火の里の夜は、静かだった。

だが、その静けさは、嵐の前触れのようにも思えた。


海の向こうでは、 港へ向かう船が、 そして避けられぬ衝突が、 確実に近づいている。


それぞれの覚悟を乗せて。


〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


再び、海上。


使い獣は、すでに闇の中へ飛び立っていた。

陽路は、じっと空を眺める。


「……もう少しで到着します。」


「よし。」


悠理が言う。

「港に近づくまで、破らせるな。

タイミングを誤れば、ただの暴走だ。」


遥花は、甲板に立ち、荒れ始めた風を感じていた。


まだ、兆しに過ぎない。


だが確実に、海は応え始めている。


「……もうすぐだ。」

誰にともなく呟く。


その先に待つのが、再会か、決裂か。

それでも、進むしかなかった。


船は闇を切り裂き、避けられぬ運命へと向かっていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ