潮騒に消えた絆
海鳴りが響く中、船の甲板では激しい斬り合いが続いていた。
影風は、船員の動きを読み切り、風のような身のこなしで相手の刃をかわす。
その反撃は無駄がなく、正確だった。昏倒させた乗組員の腕をひっつかむと、刃をその首元へ添える。
「……動くな。こいつは預からせてもらう。」
甲板にいた残りの船員たちが息を呑む。
影風は人質を押さえつけたまま、冷静に指示を飛ばした。
「舵を取れ。錨を上げるんだ。準備ができたら即座に出す。」
「くっ……!」
「こ、こんな状態で……!」
乗組員たちの迷いを、影風の低い声が断ち切った。
「俺は約束は違えない。命は取らん。だから指示に従え。」
その声音には、妙な説得力があった。
混乱しながらも、船員たちは動き始める。
甲板に張りつめた緊張が揺れ動いた。
影風はちらりと船内を振り返った。
そこには茜が座り込み、必死に状況を見守っている。
「茜。外に顔を出すな。今のお前に必要なのは余計な感情を動かさないことだ。」
「……はい。」
茜は唇を噛みしめ、影風を見つめ返した。
その目には、恐れよりも“覚悟”があった。
影風は再び外へ注意を向ける。
夜風が潮の匂いを運び、戦の気配が濃くなっていく。
海辺では、烏丸と幽淵の兵二名が、遥花たち四人を相手に必死に応戦していた。
しかし、四人の圧力は、質も量も違った。
「はっ……くそッ!」
烏丸は歯を食いしばり、刀で悠理の一撃を受け止める。
だが、すぐ横から奏多の刀が飛び込む。
「隙ありッ!」
「ちぃっ!」
烏丸は身をそらし、辛うじて回避したが、防戦一方なのは明らかだった。
幽淵の兵士の一人は、陽路の重い斬撃に押し流され、浜辺の石へと叩きつけられる。
遥花の扇の風が夜気を切り裂き、兵士の喉元へかすった。
「な……っ!」
「大丈夫か!」
烏丸の胸中に、焦りにも似た熱が広がった。
(……持たない。こいつら、想像以上に強い。)
遥花は構えを崩さず、烏丸たちを鋭く睨む。
「これ以上、逃さない。」
「そいつは出来ない相談だっ!」
烏丸は歯をむき出し、必死に反撃の隙を探した。
が、不意に船が大きく揺れ、錨を巻き上げる音が響いた。
「船が……動くぞ!」
陽路が叫ぶ。
烏丸は一瞬、その方向を振り向く。
影風の指示が船に伝わり、出航準備が整ったのだ。
「行かせるかぁ!!」
奏多が猛然と斬りかかる。
遥花も扇を握り直し、一気に距離を詰める。
悠理と陽路も同時に烏丸へ襲いかかり、四方向から連続した猛攻が降り注いだ。
烏丸と幽淵兵は踏ん張るが、もう限界は近い。
「くそ……あと少しなのに……!」
烏丸がそう感じた瞬間だった。
空気が、わずかに動いた。
一陣の影が四人の間を掠めた。
「っ……!?」
四人の刃が、見えない壁に弾かれたように止められる。
現れたのは恭弥 だった。
「……恭弥?」
遥花が息を呑む。
しかし恭弥は、彼らの前に立つ形で、烏丸たちの逃走の妨害を阻んでいた。
「どいて下さい、恭弥様!! あいつらが行ってしまう!」
陽路の叫びが夜に響く。
だが恭弥は、振り返らずに言った。
「……すまない。」
その声音は苦しげだった。
迷いも、葛藤も、罪悪感も、すべてにじませていた。
だが同時に、その表情には“揺るぎない決意”も宿っていた。
「どういう……ことだよ……恭弥様?」
奏多の声が震える。
恭弥はほんの一瞬だけ、こちらのほうを見る。
その瞳には、何かを伝えようとする光が宿っていた。
だが、言葉は続かなかった。
恭弥は踏み込み、悠理の矢を弾き、陽路の進路を塞ぎ、奏多の刀を弾き飛ばした。
「やめろ!! 恭弥、お前……!」
悠理が怒声をあげる。
恭弥は短く息を吸い、海へ向かって跳んだ。
その先には、出航しようとする影風達がいる船がある。
「恭弥!! 行かないで!!」
遥花の叫びが夜の海に響く。
恭弥は振り返らない。
ただ一言だけ、低く呟いた。
「……本当に、すまない。」
その声が潮騒に消える。
恭弥は動き出した船へ身を躍らせ、ぎりぎりで甲板に着地した。
船はそのまま暗い海へと滑り出し、遥花たちの手が届かない場所へ離れていく。
遥花はその場に立ち尽くした。
「……そんな……」
声が震え、手が震える。
陽路も、奏多も、悠理も、現実を受け止められない表情で海を見つめていた。
冷たい夜風が吹き抜け、四人の絶望をさらに深く刻んでいく。
恭弥の姿は、遠ざかる船上で小さく揺れながら、やがて月明かりに溶けた。




