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和風異世界物語~綴り歌~〈久遠編〉  作者: ここば


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潮騒の策謀

港は昼にも関わらずひどく冷えていた。

波が黒い岩に寄せては返し、遠くでは鳥が低く鳴く。

天候待ち用の簡易宿所では、いつになったら入国できるんだと話し合う旅人たち。

その中にひとつの影が紛れていた。烏丸だ。


彼は簡易宿所から海の上に揺れる三つの影を見据えていた。


それは、出国待ちの船――久遠に一時滞在しただけで、

数日後には別の国へ渡る予定の乗客たちを乗せている、稀な三艘だった。


(……あれが使える。)


烏丸は静かに考える。


ほかの船は、昼間に入国者だけを降ろしてすぐ帰港してしまっている。

だがあの三艘だけは、船員が一歩も里に入らず、ずっと海上で待機していた。


――久遠の国をまたぎ、そのまま次の寄港地へ向かうつもりの者のための船。


烏丸が求めていた条件にぴたりとはまり込む船だ。


(影風の到着は確認できた。ならばもう次は、出国だ。)


影風からの封書には

『侵入成功。里内警戒厳重。』

とだけあった。

烏丸は受け取ると、小さく息を吐いた。


(よし……。無理をさせたが、影風が中に入れたのなら十分だ。)


彼は懐から小さな笛を取り出す。

笛を吹くと鳥がふわりと舞い下り、柵の上にとまった。


烏丸はその鳥に低く言い含める。

「明日の真夜中、出国する。丑三つ時関所へ集まれ。」


鳥はひとつ鳴いて翼を広げ、空の向こうへ静かに消えた。


烏丸は波の音を聞きながら、ふと海の向こうに目を細める。


(――誰も気づかずに抜ける。)


孤独な決意が、潮風に揺れた。


その夜、篝火の里の中央――長老の館では灯火が揺れ、緊張をはらんだ空気が漂っていた。


当番で外に出ている燈子と蓮を除く面々が集まり、長机を囲んで今後の動きを協議している。


卓の上には篝火の里の地図。

北東の霧地帯、外縁、祭祀所、医療所――札がいくつも置かれ、

今日一日で得られた情報が整然と並べられていた。


透真が口を開く。

「――里内をすべて捜索したが、茜の痕跡は一切見つからなかった。」


重い報告に、皆が沈黙した。


翔綺が腕を組み、首をかしげる。

「ここまで探して情報ゼロって……。茜、もう里を出たんじゃないの?」


「出てれば、関所の記録に残るだろう。」悠理が反論した。

「すり抜けるのは不可能だ。何者かの手引きでもない限りは。」


「その“何者か”が問題なんじゃないか?」翔綺が言う。


沈黙。

その気配を破るように、恭弥が静かに口を開いた。


「――なら、捜索の視点を変えよう。」


皆の視線が恭弥へ向いた。

「茜の姿じゃなく、“幽淵の兵”を探す。」


翔綺が息を呑む。

「……幽淵の兵だと?」



「皆、それぞれ別の場所で戦い、一度は見ている。

 奴らがこの里に侵入している可能性が高い。ならば、奴らから見つけよう。」


皆の表情が引き締まっていく。


「敵が仕掛ける前に、こちらから動く。」

恭弥は地図の霧地帯に指を置いた。

「明日は全員で捜索だ。」


「賛成。」透真が頷く。

「待っているだけじゃ、事態は動かない。」


「確かにな。」悠理も続く。


翔綺は肩をすくめたが、結局こう言った。

「危ない橋だが……やるしかないか。」


空気が少しだけ明るくなる。


恭弥はさらに続けた。

「昼の海側の関所は、煌志に頼みたい。」


「任せろ。」

煌志は短く答えた。

「夜より昼の方が監視しやすい。」


「そして夜は――俺が見張る。」


その瞬間、結芽が叫ぶように言った。

「私も夜に入る!」


恭弥は驚いて振り向いた。

「いや、お前まで夜までやったら体が……」


「いいえ。夜に一人は危険すぎる。私も行く。」


その瞳は真剣で、揺るぎがなかった。

恭弥は観念したように息を吐く。


「……分かった。頼む。」


結芽はかすかに笑った。

「当たり前でしょ。仲間だもの。」


会議室に、やわらかい空気が流れた。


しかしその奥底に、確かに迫り来る影の気配が潜んでいた。


会議が解散し、静けさが戻る。


恭弥は外に出て、一人で夜空を仰いだ。

月は細く、頼りなく輝いている。


恭弥は昼にひとつの黒い影が空を横切ったことを思い出す。

屋根の上に、とまった黒い鳥。


闇の奥深くで何かが動き出そうとしていた。


月が淡く照らす篝火の里は、まるで嵐の前の静けさに沈み込むように、ひどく静かだった。



簡易宿所では、烏丸がひとり波音を聞いていた。


使い魔が戻り、「伝令完了」と告げるように羽を震わせる。

烏丸は小さく頷いた。


「……よし。あとは、時を待つだけだ。」

彼の影は波に揺れ、ゆっくりと消えていった。


篝火の灯は遠くで淡く揺れている。

その光は、彼らの運命を見つめる“灯火”のように、夜の海を照らしていた。


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