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和風異世界物語~綴り歌~〈久遠編〉  作者: ここば


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沈黙の部屋、帰還の足音

同じ頃。

篝火の里・宿屋二階の小さな一室。


茜は、薄暗い部屋の片隅で、膝を抱えていた。

窓に近づくのは危険だと幽淵の兵士に言われているため、障子は固く閉め切られたままだ。

昼だというのに部屋には湿ったような影が満ち、外の気配すら感じられない。

何もすることがない。何もできない。

時間が止まったような閉塞感が胸の奥を締めつけ、気づけば指先は震えていた。


(思い出すな。考えてはいけない。)


そう思っても、脳裏には天響の光景が蘇る。

封言庫から恐怖の中で半ば錯乱したように、詞鏡を詰めこんだ。


茜はぎゅっと唇を噛み、膝に額を押しつける。

ごめんなさい、みんな。


何度振り払おうとしても、懺悔の波は息継ぎも許さないほど押し寄せてくる。

耳鳴りがじん、と痛みのように響く。

涙が落ちそうになり、慌てて袖で拭った。


「……泣いても、私が選んだ道なんだから……」


声に出した途端、胸の奥がさらに痛んだ。


その時、ぎし、と階段を上ってくる足音がした。

茜は反射的に身をこわばらせる。だがそのすぐ後、部屋の戸が短く叩かれた。


「俺だ、開けるぞ。」

幽淵の兵士の声だった。


茜が返事をする前に、兵士は戸を滑らせて入ってきた。

外套に付いた砂を軽く払うと、彼は低く声を落とした。


「烏丸様と合流できた。」


「!…そうですか。」


安堵か恐怖か、自身でも判別できない震えが声に混ざった。


兵士は室内を一瞥し、小さくため息をついた。


「このまま、しばらくは宿屋に潜む。宿を変える案もあったが、動けばそれだけ痕跡が増える。敵方も綴る者も里を封鎖している状況だ。余計な動きはできん。」


茜はこくりと頷くしかない。

兵士は目線を茜に戻し、少しだけ柔らかい声で付け加えた。


「心配するな。烏丸様たちが策を立てている。……お前は、とにかく外に出るな。それさえ守っていればいい」

しかし茜は小さく「はい」と答えるしかできなかった。


兵士はもう一度外の気配を確かめてから、無言で部屋を出ていった。

戸が閉まる音が、やけに重く響いた。


茜は布団に手を伸ばし、その上にそっと倒れ込む。

暗闇が身体を包み、まぶたを閉じれば、天響の生活の家族や仲間の声が甦る。


――ごめんなさい。

心の中で何度も何度も謝るしかなかった。


一方その頃。外の国との関所。


遥花、陽路、悠理、奏多、橙子、蓮はこの場所の責任者である煌志の指示で、綴る者たちは入国者の確認に追われていた。

とはいえ、危険を理由に出国を完全に停止させたため、海を渡って来た旅人たちは次々に関所内の宿泊施設へ案内されるだけで、処理はほとんど保留のような状態になっている。


緊張や不安が入り混じるざわめきが広場のような関所の敷地に広がり、潮風に乗って耳に届く。


そのざわめきが一瞬途切れた。


誰かが近づいてくる。


遥花が気づいた時には、兵士数人が立ち並ぶ通路の中央を、一人の青年がゆっくりと進んできていた。


黒髪は乱れており、肩には包帯が巻かれている。

しかしその目は、相変わらず真っ直ぐで強かった。


「……恭弥!」


真っ先に声を上げたのは橙子だった。

それに続き、遥花、陽路、悠理、奏多、蓮が駆け寄る。


「恭弥様! 無事だったんですね!」

「どこにいたんだ、連絡もなく。」

「心配してましたよ!」


声が重なり、恭弥は思わず後ずさる。


「お、落ち着いてくれ……! 一度に話すな……!」


その様子に周囲の兵士も苦笑し、橙子は恭弥の腕を軽く叩く。


「怪我してるじゃない。何があったの?」


恭弥は身体の向きを整え、深く息をついた。


「天響で敵を追った後、そのまま一人で追跡を続けていた。だが途中で待ち伏せに遭った。……想像以上に手強くてな。負傷して動けなくなったんだ。」


悔しそうに拳を握る。


「仕方なく近くの村で数日、治療しながら潜んでいた。回復したところで篝火へ向かったが……封鎖されていたからな。『綴る者だ』と言っても半信半疑で、煌志を呼ばせるまで入れず……ようやく許可が出た。」


こめかみを押さえて苦笑する恭弥に、皆も安堵の表情を浮かべた。


「もう……無茶するんだから。」


その勢いに、恭弥はまた半歩下がり、困ったように笑った。


「……すまない。」


空気が少し和んだところで、悠理が一歩前に出た。


「今はなんにせよ、戻ってきてくれて良かった。状況はかなり悪い。ここは敵の動きを読みつつ、入国者を徹底的に観察しないといけない。」


恭弥もすぐに表情を引き締める。


「ああ。俺もここの警戒に加わる。」


遥花は小さく頷き、再び関所の入口へと向き直った。


「今夜、捜索班とも本部で合流できるはずだ。その時にまた詳しく話せる。」

悠理がそう助けを入れると、橙子もようやく引き下がり、恭弥は胸を撫で下ろした。


潮風が強く吹き、遠く波が砕ける音が響く。

篝火の里の緊張は、まだ誰にも緩む気配を見せていなかった。

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