夜明けの封鎖線
夜を白く溶かしはじめた朝霧の中、篝火の里はすでに戦の前触れのような緊張に包まれていた。
まだ陽の出ぬ時間にもかかわらず、各所では兵士や綴る者たちが静かに動き始めている。
遥花は肩まで冷える空気の中、陽路とともに集合場所へ向かっていた。
蒼篠と華灯から到着した綴る者、そして篝火の綴る者たちは夜明け前に再度合流し、二手に分かれる最終確認をするためだ。
煌志が最後に姿を現し、短く号令をかける。
「では、持ち場につけ。捜索班は里の内側をしらみつぶしに回れ。関所班は、来訪者を全員把握するまで気を抜くな。」
「はい!」
一斉に返事があがる。
遥花は蒼篠組に向かって頭を下げた。 「透真、結芽、翔綺……気をつけて。茜を見つけたら、どうか保護をお願いします。」
翔綺がにっと笑った。
「任せて。ああいう隠れ潜む系は俺らのほうが得意だし。」
結芽は静かに頷く。
「茜が危険な状態にあるなら、一刻も早く見つけたいわ。」
透真が柔らかく手をあげた。
「遥花も油断しないように。関所組は敵の本命が来る可能性が高い。必ずみんなと一緒に動くんだよ。」
「もちろん。」
華灯組は関所方面へ向かう。悠理、奏多、橙子、蓮、みな険しい表情を浮かべている。
悠理が背の弓を握りしめながら言った。
「……敵はまだ姿を見せていない。そろそろ合流のために動き出したいところだろう。」
陽路が遥花の横で言った。
「俺たちが関所で止める。必ずだ。」
遥花は深呼吸し、頷いた。
こうして夜明けとともに、篝火に集まった仲間たちは散っていった。
〜~〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
里の捜索班は、透真を中心に動き出した。
蒼篠の綴る者たちは、それぞれが祀る者、祈る者、兵士達と組み、宿屋の一軒一軒を巡っては、宿主に茜の特徴を伝え、泊まり客を確認させていく。
緊急封鎖のため、里へ入った者・出た者は原則いない。
であれば、里内の人数は一定のまま、理屈上、茜と幽淵兵はどこかに潜んでいるはずだった。
「次の宿は……『霜灯屋』だな。」
翔綺が地図を見ながら言った。
「ここは古い屋敷を改装した宿だ。隠し部屋があったとしてもおかしくない。」
兵士が弓に手を添えながら慎重に歩く。 「宿主は協力してくれるはずです。しかし、泊まり客に紛れていたら厄介ですね。」
既に、いくつかの宿では茜に似た人物を見たとの申し出が出ていたが、確認してみれば別人ばかりだった。
「言霊の揺らぎは感じられますか?」
翔綺や祀る者、祈る者は立ち止まり、里の空気に意識を沈めた。
「……まだ、強い揺らぎは感じないな。」
「私もです。」
「私も。」
翔綺がほっと息をつく。
「では、まだ潜伏しているはずだな。」
「はい。動き出す前に保護できればよいのですが。」
それぞれは可能な限り宿屋の扉を開いた。
今日中に見つけられるかどうか。
時間との勝負だった。
〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その頃、関所側では普段と違う様子が広がっていた。
久遠の最前線である篝火の関所は、陸側は久遠国内からの出入り、海側は外の国からの出入りを管理している。
海側の関所では華灯から来た悠理・奏多・橙子、遥花・陽路そして篝火の兵士たちが厳戒態勢で入国者を検査していた。
久遠から外の国への“出国”は完全停止。
しかし外から久遠へ入ろうとする者だけは、どうしても無視できない。
今も海霧が漂う中、関所の桟橋には一艘の船が停泊している。昨夜、外の国から到着した船だ。だが今は乗客を船に留めておくのではなく、関所内の宿泊施設に移す方針が取られていた。
理由は単純。
船の上では監視しにくい。
逃げられたら海に紛れる。
関所内ならば完全に封鎖できる。
そのため、本来は天候待ち用の簡易宿所が使用されていた。
普段は旅人で賑わう場所だが、今は物々しい雰囲気に包まれている。
橙子が槍を肩に担ぎ、桟橋に並んだ旅人たちを見渡す。
「ふーん、どいつもこいつも普通の旅人って感じね。まぁ、敵が海から来るとは思えないけどさ。」
奏多は橙子の隣で小声で返す。
「油断は禁物ですよ。」
蓮は旅人のひとりひとりの顔と荷物を丁寧に確認していく。
「こちらの宿に案内します。危険ではありません、安心してください。」
旅人の多くは事情を知らず、不安の声を漏らすが、蓮の柔らかい物腰のおかげで大きな混乱は起きていない。
悠理は少し離れた場所で海を見つめていた。
「……外の国からの侵入は無い。危険なのは“逃走”の方だ。」
奏多が頷く。
「茜殿が外の国へ連れ出されるような事態は絶対に防がないと。」
橙子はふと口を尖らせた。
「でも、これだけ周到に動く敵なら、海側も囮として利用する可能性あるよ?」
悠理の目が細くなる。
「その可能性も含めて、見張りを厳重にする。それだけだ。」
四人はそれぞれの持ち場に散り、兵士達と旅人の監視、記録、宿泊所への誘導を続けていった。
〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一方陸側の関所は、普段は静かな通行路なのだが。
しかし今は──。
「篝火の里は非常事態につき、封鎖中である!
緊急の用事以外は、他の里へ回ることを推奨する!
どうしても入りたい者は、ここで待機してもらう!」
兵の声が朝の空気に響いた。
関所前には、既に長蛇の列ができている。
旅商、行商人、病人を連れた者、早馬の使い……さまざまな人がざわつき、苛立ちを露わにしていた。
「いつまで待てばいいんだ!?」
「理由を言えよ!」
「中で何があったんだ!?」
兵は声を張り上げる。
「いつ解除されるか、我々にもまだ伝えられていない!
だが、中に危険が及ぶ可能性がある以上、通すわけにはいかない!」
その言葉に、群衆はさらにざわついた。
久遠国内の各里から篝火へ入る際に必ず通らねばならないこの場所は、封鎖によって大きな混乱に包まれていた。
その喧騒の中に影風の姿があった。
蒼篠の里からここまで駆けてきた彼は、
列の最後尾に立ちながら、険しい表情で関所の門を見上げていた。
影風の胸の中には焦燥が渦巻いていた。
しかし列を乱せば兵に拘束されるだけだ。
忍耐強く、少しずつ前へ進むしかない。
すると影風と共に来た女性が申し訳なさそうに言う。
「ごめんなさい。あなたが私を助けたばかりに時間を食い、里に入れなくなってしまいましたね。」
影風はここへ来る途中、野盗に襲われている夫婦を見つけた。
旦那の方は妊婦の妻を守るため必死に戦ったが、こときれかけていた。
素通りするつもりが、妊婦の女性を見ると、遥花より少し年上だが、あまりに似た雰囲気に思わず助けてしまったのだ。
その後、篝火の里までなら一緒に行けると告げると、ぜひお願いしたいと同行していたのだった。
兵士と違い、平凡な村人、しかも妊婦だったため歩みが遅い。
そういうわけで、影風は篝火への到着が遅れたのだった。
国内関所の兵たちはひとりひとりの顔を確認し、
荷物も細かく検査している。
他里から来た者には事情を説明し、里へ入ることはできないと告げ、必要があれば周囲の待機所へ誘導する。
ひとまず大人しく待機所で待つことしか出来なかった。




