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和風異世界物語~綴り歌~〈久遠編〉  作者: ここば


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静寂の前夜

夕刻を過ぎ、祭りの余韻が静かに薄れていく頃。

華灯の里を包む空気は次第に冷え始め、客足も控えめになってきた。


烏丸は薄闇の中、宿の窓をわずかに開けて夜風を入れながら、広場の方向を眺めた。


昼間に見た“白と薄紅の衣”の女性。

背筋が伸び、空気を整えるような立ち姿。

(あれがここの綴る者か。女だから速さのある戦い方かもしれんな。)


烏丸は今は宿で体を休めている。

動かない理由は単純だった。


(言霊庫の位置はほぼ掴んだ。だが……仕掛けるなら、もっと確実な時だ。)


今は、周囲の警戒が非常に高い。

詞鏡を狙うなら、疲れで警戒が緩む時の方がよい。


烏丸は昼間見た見張りの歩き方、視線の角度、兵の巡回パターンを思い出しながら、静かに呟いた。


(……明日。明日、仕掛ける。)


そう結論づけると、烏丸は灯りを落とし、ゆっくりと目を閉じた。

外では夜風が揺れ、遠くでまだ祭りの鳴り物が小さく響いていた。


日付が変わる頃。

華灯の里中央部にある氏神灯籠の裏、石段を降りた先。


橙子の兄・篤と妹・玲奈が、言霊庫の前で番をしていた。


篤は槍の柄を軽く地面につき、薄闇の奥を見据えていた。

玲奈は肩から下げた小太刀に触れながら、倉庫の扉を一度振り返る。


「……姉さま達、もう寝たかな。」


「寝たとしても、すぐ起きて駆けつけてくるだろうよ。紗月も、橙子も、蓮もな。」


篤の口調は穏やかながら、夜気を裂くほど鋭い緊張を含んでいる。


「姉さんが“囮”になってくれているから、言霊庫には綴る者がいないと油断するはず。」


「その油断を利用し、ここに来た瞬間倒す。」


篤が倉庫の扉前に立つと、玲奈も隣に並ぶ。

二人の間に言葉は要らなかった。


言霊庫の周囲には普段の倍以上の兵士が配置され、

さらに遠方の“天響”からも援軍が到着している。


倉庫周辺の静けさは、ただの夜の静けさではない。

緊張が空気そのものの密度を変えているかのようだ。


玲奈は深い吐息をつく。


「……でも、何も起きなさそうね。外の兵も異常なしって言ってた。」


「その油断が命取りだ玲奈。敵はいつ来てもおかしくない。」


篤の声は低く、だが確信を孕んでいる。


「今日来なかったら、明日だ。

必ず、静かな隙を狙ってくるはずだ。」


玲奈は兄の話を聞き、胸騒ぎを押さえられないようだった。


倉庫奥に収められた“詞鏡”が、月の下に置かれた宝珠のように、触れられるのを待つような――そんな輝きを醸し出す。


「何かいつも以上に光っている気がしない?」


玲奈が小さく呟く。

篤も頷いた。


「あぁ。橙子と共鳴しているのかもな。」


その頃、橙子は言霊庫横の控え室でただ静かに槍を磨いていた。


すぐ隣の部屋では、紗月と蓮が横になっている。


橙子は寝入りの浅い2人が起きないよう、音を立てずに動きながら、小さく心の中で言葉を紡ぐ。


「必ず止める。」


それは自分自身への誓いだった。


この里への敵意の気配。

詞鏡を壊そうとしている者が迫っているのは確実だ。


「蓮、起きてるの?」


紗月が小声で呼ぶと、弟がむくりと起きる気配がした。


「……ねぇ姉ちゃん、敵って来るの?」


橙子が部屋越しに穏やかに答える。


「来る。今日来なかったら明日だと思う。」


「俺も……手伝える?」


紗月がすがさず言う。

「蓮の役目はひとつ。橙子を守って。絶対にだよ。」


蓮は小さく拳を握り、「ああ」と答えた。

その声には確かな決意があった。


紗月は高ぶる神経を抑えるよう、掛け布団の中で目を閉じた。


(今日か明日か。)


広場で“綴る者”を演じた時に感じた違和感。

一瞬だけ視界の端に見た、異物の影。


紗月は思う。


(あれが……敵だったのかもしれない。)


でも、その正体は分からない。

姿を見たわけではない。


だからこそ、明日は慎重に事を運ばなければならない。


静かな夜が、さらに深く沈み込んでいく。



同時刻──“悠真の里”

悠真の里でも、まったく別の緊張が走っていた。


悠理は焚火の前で膝に手を置き、

従者の奏多と楓を前にして険しい表情を崩さない。


「……来ないですね。

今日辺りにこちらに攻めると思っていましたが。」

奏多は槍を肩にかけたまま、首を振る。


「見張りも増やしておりますが……里の外は異常なし。敵影らしきものも確認されていません。」

楓が静かに続けた。


悠理は焚火を見つめながら目を細めた。

「ここの防御は硬い。

もしかしたら別の場所へ向かったのかもしれない。」


「まさか……もう華灯の里へ?」

奏多が息を呑む。


悠理は立ち上がり、焚火を強く見つめた。

「楓、今夜俺達は里を立っていいか?

敵が華灯へ向かっているなら……こちらも動く必要がある。何かあったら使い獣をすぐ飛ばせ。」


「承知しました。」

楓が静かに頭を下げた。


火がぱち、と弾けた。

それがまるで、迫り来る不吉を告げる合図のようだった。


華灯でも悠真でも、同じ夜に、同じ種類の気配の揺らぎが広がっていた。


橙子はと紗月は体力の回復に努め、蓮は姉の気配を感じたまま浅い眠りにつき、篤と玲奈は倉の前で武器を握りしめる。


烏丸だけが、静かに、確信を伴って眠っている。


(明日だ。必ず決行する。)


夜は深く、しかし確実に、明日へと繋がり始めていた。


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