4.■国物語
ギルドへ向かう日は明後日の午前中に決まった。
ゲイルいわくギルドの用事も急ぎではないので、剣術の時間を外出に変更したのだ。
アリッサは外出がよほど嬉しかったようで、許可が出た日に夜更かしをしてしまい、翌朝ゼロによって情けない声を上げながら起こされるのであった。
「あ・し・た・は外出~♪」
朝食の時間、アリッサのテンションは昨日と変わらず高いままで、独特のメロディを口ずさみながらパンを頬張っている。
そんなアリッサを尻目にアルフォードはゼロに問いかけた。
「今日はダンスレッスンは行わないのか?」
「はい、ダンスと剣術は形にはなりましたが、魔法と歴史の進行が遅いのでそちらを重点的に行っていく予定です。昨日は真面目に歴史の授業を聞いていたので、ルロイ様も大変感心しておられました」
「はぁ……いつも真面目に聞いてくれればいいのだがな。
まぁよい、ダンスが出来ているのであれば、他はそこまで急ぎはせん。アリッサが真面目に授業を聞いているのならそれで良しとしよう」
「あら? お父様、私はいつも真面目に聞いてるわよ!」
「ふふ、黙っておれ」
アルフォードは笑みを浮かべながら答える。
披露宴の問題が払拭出来たので、ここ最近のアルフォードは機嫌が良い。
終始穏やかなまま朝食を終えるのだった。
朝食後に小休憩を挟み歴史の授業を行う。
歴史を教えるのは図書室を管理しているルロイと呼ばれる老人だ。
図書室はさほど広くは無いが、本棚に置かれている書籍はとても高価なものになり、先代からルロイが管理をしている。
書籍と言うものがあまり出回っていないこの世界で本はとても貴重な物になり、行商人から品を見極め買い取るのも彼の仕事である。
歴史の授業は図書室で行わず、別の部屋でいつも行われる。
彼の特徴として眉、髭、頭髪は白髪で杖をついてゆったりと歩く。
また、高齢のため話すスピードも遅く、授業と言ってもルロイが歴史を語り、その内容をメモして覚える授業となる。
だが、彼の話す速度がゆっくりなのでアリッサの子守唄になっている。
「おっはよーう、ルロイ!」
「おぉ、おはようございますアリッサ様、昨日に続いて本日もお元気ですなぁ」
「うふふ、当然よ!」
「本日も居眠りせずに話を聞いて頂けそうで嬉しいです」
「ね、眠ってなんかないわよ……!」
「はて? 顔の前に本を立てメモを書く振りをして、いつも寝ているように見受けられましたが……私の気のせいですかな?」
ルロイは顎髭を触り惚けたようにアリッサに質問をする。
「き、気のせいよ、おほほほ……さぁ、早く授業の続きをしまさょ! 昔バリョッサス帝国と戦争があったんでしょ?」
「あぁ、昨日その話をしましたな、では、その前に起きた人魔戦争の話はわかりますかな?」
「うぐっ! おほほほほ……」
「……では、人魔戦争から始めましょう」
ルロイは苦笑いで取り繕っているアリッサを席へと誘導し、机の上に3冊ほど置いてある一番上の本に手をかけ、ページをぺらぺらと捲る。
ページの箇所を見つけ、捲る手を止めるとルロイも椅子に座りゆっくりと話し始めた。
「先ず、この世は過去に二回ほど戦争をしております。
一つは今から約100年ほど前に起きた人魔戦争、二つ目が人魔戦争終戦から数年後に起きた聖魔道戦争です」
「あっ! 昨日聞いたわ、たしか聖魔道戦争がバリョッサスとうちの国が争ったんでしょ?」
「はい、アリッサ様のおっしゃる通りでございます。
元々は一つの国でしたが、『内乱が起きその時の主導者によって国が分かれた』
……と、文献には残っていますが、内乱の原因については詳細まではわかりません」
「なんで原因がわからないのよ?」
「今まで内乱の原因について内容をまとめた文献も探したのですが……見つかりませんでした。
もしかすると内輪で少しづつ陣営の移動があり、完全に分かれたところで開戦になったのかもしれませんな」
「ん? じゃあ自然に戦争になったってことなの?」
「なにか原因がなければ戦争までなりませんぞい」
「ふーん、わからないならいいわ。
じゃあ最初の戦争は何で起きたの? たしか魔人戦争だっけ?」
「人魔戦争ですぞ。
人魔戦争は人族と魔族の戦いです。
魔族が種族を統一するため起こした戦争……まぁ言うなれば世界征服をするために戦争をしたといえましょう……。
結果を言えば魔族は人族に負けてピロカット大陸の不毛地帯に閉じ込められてしまいますがな」
「えっ! じゃ魔族は今もそのなんとか大陸から出てこれないの?」
「いえ、確かに今でもピロカット大陸に魔族は暮らしていますが、戦犯の魔王が倒されて日が経つにつれ、魔族も他の種族に受け入れられてきています。
亜人族が暮らすルータニア大陸などは見かける事も多いと思いますが、案外エクリエル王国近辺でもいるかもしれませんな」
「そうなのね! 明日お出かけする時に見れたらいいわぁ…でも大陸っていろいろあるのね」
「えぇ、大陸が出来た話は創世記の伝承になりますがね。
まぁ、この話はまた今度にしましょう、今日は人魔戦争の話ですからな」
ルロイは別のページを捲ろうとするが上手く捲れず、舌で指を湿らせてぺらぺらとページを捲る。
目当ての箇所が見つからないのかページを行ったり来たりしている。
「あぁ、ここだ、見つけました。
人魔戦争の当時の魔王はギルガメスという者が魔族を率いていおり、人族は賢者”クローム・エクリエル”と戦神”イシュール・バリョッサス”の二名が率いていました」
「えっ……エクリエル!? あと、バリョッサスって……」
「はい、クローム・エクリエルはアリッサ様のご先祖にあたります。
先ほどお伝えしましたが聖魔道戦争後にもともと一つの国であったものが、内乱をきっかけにエクリエル王国とバリョッサス帝国にわかれました」
「でも、私のおじいちゃんが人族を率いていたなんてすごいわね!」
「はい、クローム様は魔法を、イシュール様は力を使って魔族に対抗したと言われています。
人魔戦争の戦いは熾烈を極め、魔王ギルガメスを倒すことが出来たらしいですが、ギルガメスの亡骸はピロカット大陸にあるらしいです」
「らしいってどういうことよ?」
「ピロカット大陸には魔王の棺なる物がある、と噂で聞いたことがありますが、文献ではギルガメスを倒し、戦争を終結させた事までしかありませんので、魔王の棺というのも眉唾の話かと思われますな」
「へぇーそうなのね……気になったんだけどエクリエルとバリョッサスって仲が悪いの? だって、戦争までしちゃったんでしょ?」
「えーと、一応今のところは平和協定を結んでおりますのでご安心ください……」
「ならよかったわ、えーと、聖魔道戦争はどちらが勝ったんだっけ? 昨日聞いたのにちょっと忘れちゃったわ」
「聖魔道戦争はエクリエル側が魔術師、バリョッサス側が剣士に分かれたと聞いています。
結果として互いに降伏はせず、痛み分けのまま終戦しております」
「ふーん、えっとーバリョッサスは剣士が集まって出来たって言ってたけど、魔術師は今もいないの?」
「その聖魔道戦争もずいぶん昔の話になりますゆえ、バリョッサス帝国にも魔術師はおりますぞ。
最近だと魔法の研究もしてると噂はされていますなぁ。
かの国にはイスリル教という宗教も広く分布されていますが、まぁバリョッサスについては近代史で詳しくお話ししましょう」
「イスリル教? 宗教の盛んな国なのね」
「……ところでアリッサ様、本日も話を聞いて頂けてありがたいのですが、昨日に引き続きメモを取らなくてもよろしいのですかな?」
ルロイはにこりと笑顔をアリッサに向けると同時に、アリッサは鳩が豆鉄砲を食ったような表情に変わり急いでメモを取り出そうとするが、なかなかペンが進まない。
「おほほほほ……ルロイもう一度お話してもよいのよ?」
「ほっほっほっ、かしこまりました。
では、この老いぼれの話を引き続きさせていただきます」
ルロイが机に置かれていた3冊の本のうち、真ん中の本に手を掛けたところで
ノックの音が部屋に響き、見慣れた執事が部屋に入ってきた。
「失礼します。アリッサ様、昼食の準備が出来ました」
「ゼロ、あなたホントにいいタイミングで来るわね」
アリッサにぎろりと睨みつけられたゼロはその鋭い眼差しに困惑しつつまま返事を返す。
「えっ、あ、はい? 何か問題でもありましたか?」
「ほっほっほっ…では、アリッサ様また次の授業の時に話をしましょうぞ。その時も起きていただけると嬉しいですがな」
「おほほほ……大丈夫に決まってるでしょ」
城の噂でアリッサが起きてルロイの話を聞いた日は、この2日間以降にあったとか無かったとか……。
ちなみにゼロがアリッサに聞かされる歴史の話は人魔戦争と聖魔道戦争がほとんどで、それ以外の歴史は聞くことはなかった。
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≪アリッサ習得具合≫
剣術:基本の型は出来る
礼儀・作法:挨拶や作法は問題なし
ダンス:簡単なダンスは可能
魔法:構築は出来るがキープが出来ない
歴史:二つの主要な戦争大体はわかる