2.■レッスン
庭園は城の中層にあり、噴水や芝生の緑が生い茂る中で剣の稽古を行っている。
外周りには柵を巡らせており、そこからの眺めは街並みを見渡せる。
午後になると小さなお菓子を食べながら紅茶を楽しむ事も行われていたが、披露宴が近づくにつれ午後のお茶会の回数が減っていたのだった。
アリッサは麻で出来た白い練習着に着替え、赤いリボンで髪を止めている。
機嫌は一向に良くならず、むっとした表情で佇んでいた。
ゼロはレッスンで使う木刀、木人形の用意が終わりしばらく待っていると、入り口から広大な庭園に響き渡る大声が聞こえてきた。
「いやーお待たせした! こうも城が広いといつ来ても迷ってしまうな!ハハハハッ!」
アリッサは両目で大柄な男を睨みつける。
「いつも何でこんなに遅いのよ! いい加減ここまでの道を覚えられないの?」
白髪交じりの黒髪をオールバックにし、隻眼である左目の傷が今までの経験を物語っている。
おそらく大量の剣が入っているであろう布袋を肩に下げ、笑うと口元の皺が目立つ歳のようだ。
大柄で目つきは鋭く、歩けば大抵の者は無言で道を譲るであろう男にアリッサは全く動じない。
「ゲイル様、本日はよろしくお願いします。
ただ、いつも迷われているのであればメイドに案内をさせますがいかがでしょうか?」
「いや、必要ない!」
「なんで必要ないのよ! 遅れてくるなら案内してもらった方がいいじゃない! いつも私を待たせてなんだと思っているのよ!」
「ハハハ! お嬢さんはこの国の姫ですが、今は俺に取って教え子でしかないですからな。執事よ、城の中の骨董品など見ながら歩いているのでメイドに余計な案内などしてほしくないのだ」
「かしこまりました、ですがなるべく時間通りに来ていただきたいものです」
「フフフ、次から気を付けるわ!」
この注意も初めてではないので次も遅れてくるだろうとゼロは思っていた。
時間に対してルーズであり、王族に対しての粗雑な言葉遣いをしているが、ゼロはゲイルの事を多少なりとも評価していた。
アリッサの全く物怖じしない性格により歴代の教師は長く着任することが出来ず、すぐに匙を投げてしまう。
もっとも今までの教師は貴族中心に教えてた為、手に負えない生徒の経験がない。
また、一国の姫に剣を教えるとなるとどうしても謙遜をしてしまい、仮に着任してもアリッサのわがままに付き合うはめになってしまう。
そのような経緯があり教師について王に打診し、元冒険者であるゲイルを雇った事をアリッサは知る由もない。
時折、過去にギルドへ所属していた話をアリッサにする為、外の世界を知らないアリッサは興味をそそられ、教え子として接する対応もアリッサが文句を言いながら続けられている理由であろう。
「では、前回の復習。構えてから足さばきの――」
「また、基本の型をするの? もう何度もやっているじゃない! そんなことより早く実戦を教えてよ!」
アリッサはゲイルの話を遮って主張した。
ゲイルは笑っていたが、やれやれと言った表情をしアリッサを諭す。
「お嬢さん、実戦って言っても基本が出来てないと隙だらけになっちまうし、剣をいなすのだって出来ないぜ」
「そんなのやってみないとわからないじゃない!」
「実戦、実戦って言っても型が出来てねぇとやる意味がねぇんだ」
「だから、何度もやってるって言ってるでしょ!」
「いや、出来てねぇと言ってるんだよ」
互いに一歩も引かず、しばらく言い争いが続いた結果、最終的にゲイルが折れたのであった。
「わかった、わかった! じゃ、俺に木刀で一撃でも当てることが出来たら実戦練習に移っていいぜ」
そう言って木刀をアリッサに渡し、ゲイルは両目を閉じ手を広げた。
「フフ! さぁ、どっからでもかかってこい!」
「木刀も持たないで目も瞑るなんて、怪我してもしらないからね!」
アリッサは思い切り木刀をゲイルに向かって振り下ろす。
剣先が当たる刹那、ゲイルは身体を反らし木刀は虚空に振り下ろされアリッサの持ち手にゲイルの手刀が入り、木刀を落としてしまう。
「うそ!? 何でよ!もう一回させて!」
「ハハハ! 気が済むまでかかってこい!」
結局、何度行ったところでアリッサの攻撃は一度も当てることが出来なかった。
そして不貞腐れた態度を取ると見かねがゲイルが基本を怠った剣士の昔話をアリッサに話した。
話の中身は最終的に剣士が恋人を巡って儚くも勝負に敗れ命を落とすと言った内容だ。
アリッサは話を真摯に聞き、心を改め練習に打ち込んだのを確認したゼロは昼食の準備に取り掛かるのであった。
ゼロの仕事はアリッサの身辺補助がメインであるが、それ以外にメイドへの指示、食事やお茶の給士、食器・家具管理、酒樽の管理、来客対応などを行っている。
ここ最近の仕事は披露宴に向けてアリッサの補助を行うの事が多くなっており、教師たちとのコミュニケーションを取るようにしている。
また、王であるアルフォードの生活や業務について、ゼロの上司にあたる執事長のジョルジュがサポートを行っている。
ゼロは昼食の内容をコックから伺い、料理に合った皿を選ぶ。また、稀に急な食材の買い出しもあるため事前確認を行う事が重要になる。
「よし、今回はこの食器でいこう」
今回の昼食に足りない食材は無く、料理のメニュー内容から皿のチョイスを終わらせ、頃合いを見て剣のレッスン中であるアリッサに声を掛ける。
ここ最近はアリッサの願いでレッスン終わりにゲイルと共に食事を行う事があり、ゲイル自身も豪華な食事を食べられると言う理由で喜んで参加する。
「うひゃー! こんな飯が毎日食えるなんてお嬢さんが羨ましいですわ!」
「これが普通なんじゃないの? 相変わらず食べる勢いがすごわね」
「モグモグ……おかわり!」
この男には遠慮という言葉は存在しないようだ。
王であるアルフォードは謁見や領土、政治についての業務があるため、アリッサ一人で食事をする時が多く、寂しさを紛らわすためなのか本来の立場ではあり得ないであろうゲイルと一緒に食事をしていると考えられる。
昼食を終え、ドレスに着替えたアリッサは礼儀・作法を習うため別室に向かう。
礼儀・作法についてはマダム・カーラが教える。
披露宴に向けてダンス専門に雇ったカーラは非常におっとりした性格であり、女神のような微笑みを常にしている。
また、話し方も一定であり感情が読み取れない。
「ごきげんようアリッサ様、本日も宜しくお願い致します」
「お、お願い致しますワ…」
両手でスカートを持ち上げ、背を伸ばしたまま軽く膝を曲げて挨拶を行う。
アリッサはぎこちないながら挨拶は出来ているようだった。
カーラもとくに何も言わないので挨拶についてはギリギリ及第点だろう。
「では、ステップから練習しましょう。さんはい! ワンツー、、、ワンツー、、、」
カーラは手をパンパンと叩きながらアリッサのステップを確認する。
剣術に疎通しているかわからないが、剣術の足さばきとダンスのステップは苦手のようで途中から上手く行かなくなってしまう。
「や、やっぱり、上手くいかない……ですわ」
「あら? 私は着実に上手くなっているように見受けられますわ。このまま続ければきっと完璧に出来ますわよ」
「えっ! 本当!!」
当然アリッサの機嫌は悪くなっていくが、アリッサの扱いが上手いようで褒めて伸ばそうとするタイプである。
その表情から本心で言っているかわからない。だが、アリッサの機嫌が戻り練習を続けられるのであればそれで良しとしよう。
ステップ練習を繰り返し行い、終盤に実践練習を行う。
男性役としてゼロがアリッサのパートナーを務め、ダンスを踊る。
最初は良いが途中からだんだんと崩れ、何度かゼロの足を踏んでしまうこともしばしばある。
まだ、三ヵ月あると見るか三ヶ月しかないと見るか……。
ちなみに歴史の授業は大体寝ており、魔法に関して言えば上手くコントロールが出来ない。
アリッサは両手で水の構築をキープ出来ず暴発させてしまい、教師とゼロを巻き込み、ずぶ濡れにしてしまう始末であった。
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≪アリッサ習得具合≫
剣術:もう少しで基本が出来そう
礼儀・作法:挨拶や作法は少し不安が残る
ダンス:形にはなってきている
魔法:構築は出来るがキープが出来ない
歴史:壊滅的