9話 これが告白でいいよね?
絵を描く作業をし、翼に連絡を取った日から数日後。
あの日以降、何度か連絡して会おうとしてもなにかと理由をつけて会ってくれないため我々は急遽、捕獲隊を結成することにした。
今日はとある昼下がり。
現在、我々捕獲隊の作戦が進行中である。
隊長である松下理恵(部長)と隊員である福住千夏(後輩)は最前線に出ており、参謀()である俺は唐島城が見える公園のベンチで1人待機していた。
なお、参謀という偉そうな肩書を付けられているが俺は特に何もしていない。名ばかり管理職である。
いや、名ばかり管理職って逆に働かされる方では?と思ったがそんな細かいことはどうでもいい。突っ込んだら負けだ。
とにかく本当に待機しているだけだ。
というのも隊長が「ここは私たちに任せてタジミ参謀はどっしり構えててよー」と言うのでその指示に従った結果こうなっている。
いや、うん、捕獲作戦自体には俺はあまり役に立ちそうにないからこうなってるってのはわかるし、それについては否定も反論もできないのだけど…
むしろ俺の仕事は捕獲した後にあるのだ。
今は、2人の健闘を祈るしかない。
「やぁ、タジミン参謀お待たせ〜」
「先輩お待たせしましたー」
待機して十数分後に、松下隊長と福住隊員が戻ってきた。
そして2人の真ん中には2人にがっしり腕を掴まれている捕まった宇宙人…じゃなくて獲物がいた。
「思ったよりも早く捕まえられたね〜。上手く罠にはまってくれて」
「でもなだめるのに苦労しましたよ…噛みつかれるかと思いました…」
「まぁ獰猛な性格が特徴だからな〜。よく麻酔銃なしで連れてこれたね」
「………3人してあたしを動物かなんかみたいに扱わないでくれるかしら」
今回のターゲットであるツノダツバサという珍獣は捕獲され、俺たち3人のやり取りをものすごく嫌そうな顔で見ていた。
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「それじゃあ後は煮るなり焼くなり好きにしな〜」
「ちゃんと2人とも仲直りしてくださいね?」
隊長と福住隊員はお役御免ということでその場から去っていった。
「わかりました〜。これ焼いたらうまいかな?」
「あたしも帰っていいかしら?」
動物扱いされるノリに翼はいい加減嫌気がさしつつある様子であった。
「仕方ないだろお前もはや珍獣だぞ? 捕獲隊結成しないと捕まらないなんて」
「……千夏ちゃんが前野球に付き合ってくれたお礼がしたいっていうから来たのに」
ありがとう福住さん。一応お礼にはなったよ。
福住さんも俺と翼との関係があまりよろしくない状況になっているのを気にしていた。
それもそうだ。
あの日自分と一緒に野球を観に行ったことがきっかけなら嫌でも気になるし責任を感じなくもないだろう。
だから、福住さんは今回の捕獲作戦が決まった時、自ら協力を申し出てくれた。
今度何かカーピオズグッズあげた方がいいかもな。
「まあとりあえず座れよ」
俺は翼に横に座るよう促した。
翼は渋々といった様子で1人分くらいの間を開けてベンチに座った。
「それで」
さて、テレビ番組の捕獲隊のようなノリはここまでにして俺はついに本題に入ることにした。
「お前、コンクールの絵どこまで進んだ?」
「それは……」
単刀直入に聞いたが、翼は黙り込んだ。
「あの、さ…」
しばらく黙り込んだ後、翼は口を開いた。
「あたし、前変なこと言ったよね? あれ---」
「俺の質問に答えてほしいなー」
俺は翼の言葉を無理やり遮った。
何を言おうとしたのか察しはつく。
しかし、その話は後回しだ。
まず明らかにしておかなければならないことを明かしてもらおう。
「……今日のあんたムカつく」
「で? どうなんだよ」
不満そうな顔で睨んできたが、俺はそれを無視して今一度聞く。
すると観念したのか、ため息を一つ吐いて翼は口を開いた。
「あんまり進んでない…」
やっぱり、というのが正直な感想だった。
ここ最近俺たちの前に姿を見せなかった間は、コンクールに向けての作業を進めているのだろうかと思っていた。
いや、正しくはそう思いたかったしそうであって欲しかった。
しかし、夏休み前に俺と翼の間に起こった出来事を考えるに、姿を見せないのは家で黙々と作業しているからではないのだろうなと感じていた。
そして、実際本人の口から作業が進んでいないという事実が発せられてしまうと、俺の感じていたことは間違いではなかったことが証明されてしまった。
「コンクールの締め切りまであとどれくらいだっけ?」
「…2週間」
「だよな」
「間に合うか微妙って思ってるでしょ」
「まぁな」
「大丈夫よ、2週間もあれば十分」
「大丈夫じゃないだろうなって思ったから今日無理やりでも会ったんだけどなー」
「っ……」
俺の言葉を聞いてピクッと肩を震わせた。
「だってさ…!」
そして、言葉に熱が帯び始めた。
「あんたにあんな変なこと言っちゃって、会うのも気まずくなって、なかなか部活にも行きづらいって状況で集中できるわけないじゃない…!」
そう言いながら、翼は今にも泣きそうな顔になっていた。
いやいや、全然大丈夫じゃねぇじゃん…
「だから……こんな状態が続くのは良くないから、あんたに謝ろうって思ってたよの……それで、あのことは忘れて欲しいって」
「それは無理だな」
「なんでよ!」
「あんなインパクトのあること言われて忘れろって方が無理があるだろー」
「……そうかもしれないけどあたしは忘れて欲しい」
「後、別に謝る必要はないぞ? 俺別に嫌な気持ちになった訳じゃないし」
「……そうなの?」
「そりゃ、言われた時は困惑したけど…まぁお前の気持ちもわかったし?」
「………………」
「そこで翼君。そんな君に俺からプレゼントがある」
「何よプレゼントって?」
今日ここに翼を呼び出した最大の目的はこの前描いた俺の絵を見てもらうこと。
そして翼にもう一度作品作りに向き合ってもらうことだ。
俺はカバンからスケッチブックを取り出して該当の絵のページを開いた。
「これ、何かわかるか?」
「これって…」
そのページに描いてあるもの。それは…
「もしかしてドームのつもり?」
「うん、スケッチブックだからあんまり大きくは描けてないけどな」
「でも実際のものとも、あたしが描こうとしてるものとも全然違うわね…ドームも周りの景観も」
「そりゃそうだ。風景模写したわけじゃないし、全部俺の妄想で描いたものだから」
「妄想とかその言い方最高にキモいんだけど?」
キモいと言われ俺は思わず軽く笑みを浮かべた。
別に罵られて興奮するマゾだから笑ったのではない。
いつもの翼の様子に少し戻ってきたことに安堵して笑ったのだ。だからその辺誤解しないでほしい。
「それで? どう思うこの絵?」
俺は翼に感想を求める。
ここが最大の難関だ。
俺の絵を見て翼が何も感じてくれなければこの作戦は全て失敗に終わる。
全ては翼次第。
この瞬間は、俺にできることはもう何もない。
半分くらい祈るような気持ちで翼の返答を待っていると…
「…ムカつく」
「………………」
「やっぱりあんたの絵ってムカつく…」
「そうか」
「だって…あたしより上手いから…!」
その言葉を聞いて、俺は心の中でガッツポーズを作った。
これは上手くいくと思ったから。
俺が描いた絵、その中に描かれているのは洋風建築の建物。
つまり昔の戦争で破壊される前のドームのかつての姿だ。
そして周りには大樹やメカメカしいデザインの建物など現実にはない景色を描いた。
いわゆる想像画みたいなやつで、現実には再現不可能だろう。
決して実現することはない俺の理想の世界だ。
「翼、お前に言っておくことがあるんだけどな」
「何よ?」
最大の難関はクリアした。
だから後は、もう1つの目的を果たすだけだ。
それは、今の自分の気持ちを伝えること...
「俺さ、この絵描いてる時ずっとお前のこと考えてた」
「……どういうこと?」
「これを描いたのはお前にもう1回作品作りに集中してもらうためなんだよ」
「……………………」
「前に言ったよな。俺に負けたくないって。だからこれを描いてきたんだ」
「.....それであたしが対抗してくると思って?」
「そうだよ。こういうことがしたかったんだろ?」
「でもあんたが下手くそだから今はサポートなんかやらされてるんでしょ」
不満そうな顔を浮かべて翼は俺を刺してくる。
うん、それを言われると何も言い返せないため苦笑を浮かべるしかないのだが...
「そ、それでさ、作ってる時に思ったんだ。絶対にお前に賞を取ってもらいたいって」
「それって......」
「だから、残りの時間、全力でお前のこと助けようと思ってーーー」
「ちょ、ちょっと待って! ストップ!」
翼が慌てた様子で俺の言葉を遮った。
「ジュン.....あんた今自分が何を言ってるのかわかってるの?」
「お前に賞取らせるために協力するって言ってるんだが?」
「そうじゃなくて! あたしが賞取ったら.....その......」
翼はその先の言葉をとても言いづらそうな様子で言い淀む。
「.....わかってるよ」
でも、何を言いたいのかはわかっている。
「わかった上で助けるって言ってるんだよ、わかれよそれくらい」
そしてその結果、その先に何が待っているのか俺もわかっている。
しかし...
「......信じらんない」
「はぁ?」
この期に及んで翼はそんなことを言い始めた。
「今までそんな素振り全然見せてこなかったくせに、急に察しが良くなってんのが信じられないって言ってんの!」
それを聞いて、俺はついこの前部長に言われたことを思い出した。
翼は俺のことを前から気にしていたと。
それに俺はそれに全然気付いていなかったと。
だからたまに◯したくなった.....ってのは冗談だと思う、いや思いたいけど!
確かに今までがそんな状態だったのなら、今俺がやろうとしていること、言っていることを素直に受け止めるのは翼にとって難しいのかもしれない。
でも.....
「じゃあ、信じさせてやる」
「.....!」
「この2週間で、俺が本気でお前に賞取ってもらいたいんだってことを信じさせてやる」
それでも、俺のやることは変わらない。
信じてもらえないなら、全力で翼に協力をするしかない。
逆に、俺にできることなんてそれくらいしかないのだから。
「.....本当にいいの?」
俺の返事を聞いた翼は不安げに聞いてきた。
「そういうことは賞取ってから言えよ」
色々言ったが、結局は賞を取らなければどうにもならないのだ。
今はこれ以上"そのこと"について話すことはないだろう。
「そう、わかった.....」
そう言うと翼はベンチから立ち上がり、俺を見下ろした。
その目は、今日会ったばかりの時よりは随分エネルギーに満ちている様子だった。
「見せてあげる。あたしが描く理想の世界を。ついでにその世界にあんたもいたら嬉しいから」
「ついでにかよ」
「うるさいわね。せっかく協力させてあげるんだから文句言わない!」
「うわっ、その言い方最高にウザい」
相変わらず言葉はアレだが、それとは別に翼の表情は明るかった。
よかった、翼を元に戻すことには成功したようだ。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「ごめん、でも.....」
そう言うと翼は改めて俺に向き直り、笑顔で俺にこう告げた。
「ありがとう、あたしを励まそうとしてくれて」
そして続けて
「残りの2週間、お願いね。あたしの 相棒」
唐島城が見える公園で2人。
俺達は今、これまでとは違う1歩を踏み出した。




