8話 前半と後半で主人公がまるで別人
俺は名取先輩にこう告げた。
「………どちらも選びません」
「…………………………」
俺の発言が予想外だったのか、先輩は目を見開いたままこちらを見ていた。
先輩はコンクールに出すための作品を2つ描いた。
テーマにしたのは唐島城と朱庭園。
このどちらか一方からコンクールに出す作品を俺に選んで欲しいと先輩は言ってきた。
しかし、俺はそんな先輩のリクエストに応えることはできなかった。
なぜなら…
「.....てかもう両方とも応募しましょうよ! 何ですかどっちか選べって!」
その2つの絵は、やっぱり選ぶことができないくらい完成度が高かったから…
どちらかを殺してどちらかを生かすなんてことをするにはあまりにももったいないと感じてしまったから…
「別に1つのテーマしか描いちゃいけないなんてルールはないんですし」
コンクールは複数テーマがあるが、別に一つのテーマしか応募してはいけないなんてルールはない。
ちなみになぜ先輩が2つとも応募しようとしないのかは謎だ。ていうかそれもっと前に聞いとけよ俺…
こんなことを言って名取先輩はどんな反応をするだろうか。
恐る恐る反応を伺うと…
「.....あーあ、残念でした」
「へ?」
言葉とは裏腹に含みのある笑みを浮かべてきた。
「今ので君は翼さんと仲直りできるチャンスを失いました」
「……どういうことですか?」
なんでそこで翼が出てくるのだろうか?
訳がわからず先輩に聞き返す。
「君が私の言う通りどちらか選んでくれたら、翼さんとのこと、ちょっと手伝ってあげようかと思ったのにな〜」
「えぇ?…じゃあ」
「もう手遅れ」
「あ…はい…」
俺の言葉を遮り先輩はきっぱりと言い切った。
さっき松下部長に相談してもらったとはいえ、俺はまだ不安を抱えている。
本当に翼と今まで通り接することができるのか。そして、翼はそんな俺を拒絶しないだろうか…
そのため手伝ってもらえるならそれにすがりたかったというのが正直なところだった。
そしてこういうのを世間ではなんて呼ぶのか俺は知っている。ヘタレだ。間違いない。
まさか自分がこんな状態に陥るとは思わなかったのだけど...
「さて、君との話もこれで済んだことだし私は帰るとするよ」
「あぁ、そうですか、すみませんご期待に添えなくて…」
「いいんだよ。ヘタレ主人公らしい選択だと思ったから」
「.....それ俺のこと貶してますよね?」
「んー.....自分に正直ないい子だと思ったよ? こんなんでどう?」
「こんなんでどうと言われましても…」
わざわざ言い直した割にはそれ全然気持ちこもってない言い方っすよ先輩.....
「それじゃあ、またね」
話はこれで終わりだといった様子で名取先輩は去っていく。
……もしかして先輩、怒ったかな?
結局絵は選ばなかったし、翼とのことも手伝ってもらえないし、俺をヘタレ呼ばわりしてさっさと帰って行っちゃうし。いや、ヘタレなのは否定できないけども。
先輩が描いた絵は2つとも本当に良い絵だと思った。
でも、だからこそ嘘をつきたくなかった。
自分の心に嘘をついてどちらか一方を捨てるなんてことはできなかったししたくなかった。
先輩の気持ちは無視した完全に俺のエゴだ。
そのエゴが先輩を怒らせてしまったのなら、この選択は失敗だったな...
自分の選択の結果に自分でダメージを受けて後悔するという、ヘタレっぷりにさらに磨きがかかっているなと自分で感じていると...
「そんな顔しないの淳君」
帰ったと思った名取先輩がこちらを振り返り立ち止まっていた。
そして、こちらにゆっくり歩み寄ってくる。
「あの、先輩、帰るんじゃ...?」
「私は怒ってなんかないよ。コンクールには君の言う通り2つとも出すと思うから安心して」
「先輩…でも俺、選んでくれって言われてたから…」
「ええ、でもやっぱり、どちらか一方しか生き残れないなんて嫌よね。私こそ難しい選択をさせてしまってごめんなさいね」
「いえ、そんな…」
いつも俺のことを弄ってばかりの先輩が謝ってきたことにちょっとたじろいでしまう。
「だから、かわいい後輩にそんな顔をさせてしまったお詫びに、私から1つ、翼さんとのことについてアドバイスをあげよう」
それについてはさっき手伝わないと言われたような…
でも先輩なりの俺に難しいことを要求してしまったことに対する詫びとして、それについては突っ込まずに受け止めることにした。
「それって、何ですか?」
少し期待しつつ俺は先輩の次の言葉を待つ。
名取先輩は、少し間を置いて静かに、そしてはっきりと、俺にこう告げた。
「あなたも、絵を、描きなさい。淳司くん」
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その日の夜。
俺は自室で頭を抱えていた。
「描けって言われてもなぁ……」
結局、名取先輩からのアドバイスはたったそれだけであった。
それ以上に説明を求めても「言えることはそれだけだよ」と言うだけで後は用事があるからと言って今度こそさっさと帰ってしまった。
「一体何を描けば良いんですか…」
俺にもコンクールに参加しろという意味ではまずないだろう。
もう時間もあまりないし、そもそもそれができたらとっくの前からそうしているし、参加する人のサポートなんかもしていないと思う。
「そういや...」
前のロケハンの時、翼は俺に対してこんなことを言っていたのを思い出した。
『ジュンに負けたくなかったからよ』
あいつはコンクールのテーマに世界遺産にもなっているドームを設定した理由をそう説明していた。
去年の文化祭で俺が描いた70年前の唐島での戦争をテーマにした絵を見てそう感じたらしい。
「.....わかった」
そのことを思い出した時、俺の中にとある発想が思い浮かんだ。
「久しぶりに作業するか」
思い立ったらすぐに取り掛かりたくなってしまったため、俺は作業の準備を始めた。
数時間後。
夢中で作業をしており、気づけば日付は変わって既に深夜0時を過ぎていた。
「よし、できたぞ」
俺は2つの絵を完成させていた。
翼は多分、このコンクールで俺と一緒に切磋琢磨しながら作品作りをしたかったのだろう。
でも俺が風景描くのが下手すぎてそれは叶わなかった。
ならば今、俺にできることはあいつがやる気になれるような、いつもみたいに俺に対して当たりが強く.....じゃなくてめんどくさい.....でもなくて強気な翼に戻れるような絵を描くことだ。
自分なりに考えてそういう絵を描き上げてみた。
実際にあいつがやる気になってくれるかはわからないけど、真剣に描いた1枚だ。
「はぁ〜〜〜〜〜っ……………」
描き終わった今になって集中力が切れたせいか、強い疲労感を感じた俺は、でかいため息をつきながらベッドに突っ伏した。
どうやら自分が思っていたより疲れていたらしい。
「コンクールに出るわけでもないのに、どうしてこんな絵描くのに本気になってんだろうな…」
自分でやっていることを客観視してなんだか笑えてきた。
自嘲しているのではない。
どちらかというと嬉しい笑いだ。
だって、答えは分かったから。
今晩の作業で、今の自分の気持ちがよく分かったから。
自分が何をするべきなのかの確信が持てたから。
「後は、あいつを出来る限り助けてやるだけだ」
答え合わせは、それからだ。
寝る前、俺は携帯のメールを起動した。
宛先は翼。連絡を取るのはあのロケハンの日以降初めてだ。
『明日の昼の3時に会えるか? 見て欲しいものがある』
それだけ打ってメールを送信した。
しばらく待ったが翼からの返事はない。
もう夜中の1時は過ぎてるしさすがにもう寝てるのかもしれない。
やがて今晩の作業の影響か、強い睡魔が襲ってきて俺はそれ以上携帯を見るのはやめた。
そして、程なくして深い眠りの世界に落ちていった。
だから、その数十分後に携帯に1通の受信メールが来たことには翌朝まで気がつかなかった。
『ごめん、明日は用事ある』




