7話 知ってるか?これいちいちロケハンして描いたんだぜ?
「今日もいないか…」
部活のために美術室に入った俺は1つため息をついた。
学校はようやく夏休みに入り、既にそれから1週間が経過しようとしていた。
結局、翼とは夏休みに入るまでまともに顔を合わせることはなかった。
クラスは別なのだが休みに入る前に何度か彼女の姿を見かけることはあった。
しかしこちらが接触しようにも露骨に避けられてばかりで、俺はその度に苦笑を浮かべるしかなかった。
夏休み中も美術室は使いたい時に使えるため、部活をしている日もある。
だけど翼はこの1週間、1度も部に姿を見せていない。少なくとも俺の見る限りでは。
「コンクールの締め切りって夏休み終わり手前だろ? あいつ大丈夫か…?」
翼が今、何をしているのかはわからない。
もしかしたら家で作業に集中しているだけで、部に顔を出していないだけなのかもしれない。
俺としてはそうだと思いたいんだけど、ここ最近の状況を考えるにそう楽観視できそうにないというのがな…
果たしてコンクールの締め切りに間に合うように作品が作れるのだろうか。
そして、コンクールに次いで…いや下手したらそれと同等かそれ以上に気になることが1つ。
『あたし、コンクールで賞取れたら、あんたに告白するつもりだったんだから!』
あの日、翼から明かされた衝撃の事実…
今回の状況を引き起こしているのは恐らく、というかほぼ間違いなくこれだ。
当然っちゃ当然だ。
あんなことを言えば誰でも気まずくなる。俺でもそうなる。多分。
翼もそんなことがわからないはずがないと思うんだけど…
だったら何故このタイミングで告白なんかするのだろうか。
しかし、それ以上に問題なのが…
「………俺はどうしたらいいんだろうな」
あんなことを言われたからには何かしらのレスポンスを返すべきなんだろうけど…
「何を返せばいいかわからないんだよなぁ」
どうしたものかと1人途方に暮れていると…
「おー、タジミンじゃん」
部長の松下理恵が声をかけてきた。
「おはようございます部長」
「………………」
「どうしたんですか?」
「.....やっぱ気のせいじゃないよねー」
どこか困ったような顔を浮かべながら部長は言った。
「夏休み入る手前あたりからなんかタジミン元気ないじゃん?」
「え? そんな風に見えますか?」
「うん、『自分元気ないでーす』って顔に書いてある」
『元気ないでーす』って普通に元気ある人の言い方だな…..などと思いながらも、どうやら自分が悩んでいることが周囲にバレバレだった事実に苦笑を浮かべるしかなかった。
「どしたの? 何かあったー?」
俺の顔を覗き込み少し怪訝な顔をする部長。
…もうこの際だから話を聞いてもらおうか。
「部長、夏休み入って、翼と会いましたか?」
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「なるほどねー、話は聞かせてもらった!」
俺は一通り事情を話し、それを聞き終えた部長はまるで漫画のキャラかのように言い放った。
「確かにタジミンの言う通り翼ちゃん夏休み入ってから1度も部に顔出してないけど、まさかその原因が君とはね〜」
「楽しそうっすね部長…」
「いやー、それにしても多治見君、これはこれは随分と面白い状況になったね〜はははは」
「面白がらないでくださいよ…こっちは割と真剣に悩んでるんですから…」
まるでテレビドラマやアニメを見ているかのような感想を言い笑う部長。
いや、笑い事じゃないよ本当に…
「実を言うと私は薄々感じてたんだよ〜? タイミングもタイミングだからタジミンと翼ちゃんとの間に何か進展でもあったんじゃないかと思ったんだけど、まさか当たってたとは…アハハハハ」
「進むどころかむしろ後退したような気分なんですけど!? てかそれだけじゃなくて、このままじゃコンクールが…」
「確かに君の言う通り、このままじゃコンクールの作品制作に支障が出る恐れがあるからそれは避けたいところだねー。個人的にはもうちょっとこの状態を楽しみたいんだけど」
「なんか最後に聞き捨てならない言葉が聞こえたような」
でも、とりあえず相談には乗ってくれそうなためひとまず俺は安堵した。
「でも、久しぶりの出番なんだし相談事くらいやらせてもらうよ〜」
出番ってなんのことだろう。
「タジミン、こっちはね、脇役に格下げされて出番を当初の予定より大幅に減らされたんだよ? そんなのに比べたら君の悩みなんか………っうぅ…」
「えぇっ!? ちょ、部長、なんかよくわかんないですけど泣かないでください!?」
えっと、今俺の悩みを聞いてくれてるんだよな?
部長に関する何か闇の深そうな話をしてるんじゃないよね??
「それで〜? タジミンはどうしたらいいかわからないと」
「はい、俺にとって翼ってなんなんだろうなって…」
この前のロケハンといい、翼とは今まで何かと共同で何かすることはしばしばあった。
中学の頃から振り返ってみれば、積み上げてきた時間というのは決して少ないものではなくなっていた。
でもだからといって、俺は翼を"そういう目"で見ることができるのかどうかわからない。
「んー、翼ちゃんにはコンクールで賞取れたらって言われたんでしょ?」
「そうですけど」
「じゃあ、とりあえず急がなくてもいいんじゃないの?」
「え?」
「コンクールの結果が出るまでに考えればいいじゃんって言ってんの」
「でも俺あいつにどう接したらいいのか…」
「というか、そういう話ならなおさら作品を完成させることの方が大事だと思うよ? だからさ、この件はとりあえず置いといて、今まで通りに接して作品を完成させることに専念しようよ〜?」
「………………」
「ま、君が翼ちゃんや自分の気持ちと向き合わないなら、今のまま放置プレイ決めてもいいんじゃない? こういうのって多分時間が解決するしさ〜」
「放置なんて...そんなことしませんよ! 俺だってずっとモヤモヤしたままなんて嫌ですし」
「じゃあ.....」
部長は柔らかな笑みを浮かべて俺に告げた。
「翼ちゃんを、支えて、あげて?」
翼に対してどんな気持ちを向けたらいいのか、どう受け止めたらいいのかはまだわからない。
でも、それでも、俺の答えは決まっていた。
「そのつもりです」
「ん、よく言った少年!」
はっきり返事をした俺の様子を見て、部長は満足そうな顔をして頷いた。
「.....とは言っても未だに困惑してますけどね…俺」
なにしろ女子にこんなこと言われたのが初めての経験なのだから。
「いやぁ、私としてはついにこの時が来たかーって感じだよ?」
「ついにこの時が??」
「だって翼ちゃんって割とタジミンのこと気にしてたからねー」
「え、そうだったんですか?」
「そしてそれにいつまで経っても気づかないタジミンって構図がさー、面白いんだけど同時に◯ねばいいのにって思うことも何度かあったよね〜」
「すみません死だけは勘弁してください反省しますんで!」
部長は楽しそうな笑顔で語り、俺はそれに対して青ざめた顔で謝るしかないのであった。
あぁ、今気づいた。
難聴鈍感主人公ってそういう意味だったのか。
.....でも主人公って何のことだよ。
「ありがとうございました。とりあえず今まで通りにやれるように頑張ってみます」
「そうするがよい、早いとこ翼ちゃんに連絡取ってあげな〜」
「そのつもりです。家で作業してくれてればいいんですが…」
「あ、そうそう。翼ちゃんのことも大事なんだけど」
部長が思い出したように言ってきた。
「早苗の絵できたみたいだからそっちも見てあげて」
「.....名取先輩かー」
2つ描くから絵を選んでほしいって言われてたんだっけ。
今学校にはいるのだろうか?
少なくとも俺が今いる美術室にはいない。
「今、学校の前の公園にいるから行ってみたら〜?」
「わかりました、行ってみます」
部長にそう言い残し、俺は美術室を後にして公園へと向かった。
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公園は学校のすぐ目の前にある。
後ろには学校、そして前には唐島城とその内堀が位置している。
水の張ってある内堀には今日も遊覧船が観光客らしき人達を乗せて運航していた。
公園に着くと目的の人物はすぐに見つかった。
唐島城全体がよく見える位置に置かれているベンチに腰掛けているのは間違いなく名取先輩だ。
「こんにちは名取先輩」
「おや、これはこれは」
先輩は俺の顔を見るや嫌な笑顔を向けてきた。
こういう顔をされると反射的にまた何か始まる...と身構えてしまう。
「女の子に告白されて、今更になって自分の鈍感最低主人公っぷりを自覚した淳くんじゃない」
「すみませんそれあなたに話した覚えはないのですが」
「理恵から連絡があったよ」
「もう広まってんの…?」
恐るべし拡散力。
「『あんな面白いこと共有しなきゃもったいないよね〜』ってね」
「ひっでぇ」
「まぁ、それについては私も同意見だわ。こんな面白いことなかなかないもの」
「あんたら2人揃って最低な先輩だよ…」
こっちは割と真剣に悩んでるのに、どうやら本気で面白がられている...悪いお姉様方だ。
「そ、そんなことより! コンクールに出す絵が完成したって聞いたんですけど」
これ以上この話題を続けられると色々と精神的ダメージが蓄積されそうだったため、俺は急いで本題に入った。
「ああ、その話ね。見る?」
「もちろんです。というか先輩が俺に見て欲しいって言ったんじゃないですか」
先輩が描いた絵は今目の前にそびえ立っている 唐島城と 朱庭園の2つのはず。
この2つを見てどちらを作品として応募したらいいか決めてほしいというのが名取先輩の要望だった。
「ふふ、お陰で高いモチベーションを保ったまま描けたよ。淳君のために描いたんだから」
「描いたのは俺のためじゃなくてコンクールのためでしょ…」
「そうでもないよ? 君に喜んでもらえるならコンクールなんて二の次よ?」
「えぇ…」
「と言いたいところだけど、翼さんに怒られそうだからコンクールのためということにしておこうか」
「いや、怒られそうって...」
あんなことがあったとはいえ、別に俺と翼は特別な関係になった訳ではない。少なくとも今は。
だから別にあいつに怒る筋合いはないのだが。
「今『別に俺あいつの彼女じゃねーし』みたいなこと考えてたでしょ? そういうところよ最低主人公君」
「どういうところですか先輩」
「ところで作品なんだけどごめんなさい、今は現物はないの。写真撮ってるからそれでもいいかな?」
「.....いいですよ」
無理やり話題を元に戻されたことにやや釈然としない気持ちを抱きつつも、俺は先輩の提案を受けることに。
俺の返事を聞くと先輩は自分の携帯を操作し始めた。そしてしばらくして…
「まずは目の前にあるのと同じ、唐島城から見てもらえるかな」
携帯に写っている先輩の絵を見る。
ここのベンチから見える唐島城と同じアングルでその絵は描かれていた。
城の周りに桜の木がいっぱいに咲いていた。堀の水に城と桜が反射している。
城と桜という組み合わせ自体は決して珍しいものではない。
むしろ日本全国にある城では桜の木が植えられていることが多いため、組み合わせとしては定番中の定番である。
しかしその定番は、70年間草木が生えてこなかった唐島の景色を彩るには十分すぎるくらい強力だった。
そしてその桜は、草木の生えた新しい唐島の、門出を祝っているかのようにも見えた。
入学式や卒業式が、桜の舞い散る春に行われるのと同じように。
「.....俺の拙い語彙力じゃなんて言っていいのかわかんないですけど」
先輩にどう言葉を伝えたらいいのかわからない。
それでも俺は先輩に伝えなければならない。
「すごく...尊いです」
「それってイチャラブ系の絵見た時にオタクが発する言葉じゃないかしら? 最近不足してるなら描いてみようか?」
「いや、確かにイチャラブも尊いですが今はそんな話をしているんじゃないです」
話が脱線しそうになったため俺は即軌道修正した。
あ、でも名取先輩が描くイチャラブは見てみたいよ?
「こんなところでお花見とかできたらすごく楽しいでしょうね」
「何年後かに桜の木が生えたらみんなでやりましょう」
「いいですね。プチ同窓会みたいで」
まぁそれを実現するためには賞を取らないといけないわけだけど。
「朱庭園の方もらいいですか?」
「いいよ、ちょっと待ってね」
先輩はまた携帯を操作して画像を見せてくれた。
そこに写っていたのはライトアップされた紅葉だった。
灯に照らされた紅葉が真っ赤に染まり、庭園の池泉に反射している。
庭園の中に色づく紅葉は、訪れた人々に「癒し」を与えてくれそうだ。
それらはとても綺麗なのだが、面白いのは奥の方にはビルもいくつか描かれている。
この朱庭園は街の中にポツンとある庭園なため、絵の中は昔ながらの庭園と現代のビルが共存するという正反対な組み合わせの景色となっている。
それでも不思議とビルが庭園の景観の邪魔をしている感じはしない。
現代の要素がうまい具合に調和している。
「これ、実現できたら面白そうですね」
「都会のビルの森の中に咲く一輪の花って感じだ…うん、実に良い…」
先輩は自分でうんうんと頷いた。
「普段アニメキャラの絵とかしか見たことなかったですけどやっぱりこういうのも描けるんですね」
「ネット上じゃキャライラストとかじゃなきゃなかなか見てもらえないでしょう? 別にこういうのが描けない訳じゃないよ」
普段見る機会がなかなかなかったということだろう。
やっぱり名取先輩は何を描かせても上手いんだ。俺なんか足元にも及ばない。
いつも弄ってくるのはどうにかして欲しいけど、それでも俺の一番リスペクトする絵描きの姿がそこにはあった。
「さて、淳君。ここからが本当に本題なのだけど」
「はい」
そして、俺はそんな憧れの人相手に、自分の役割を果たす時が来た。
「君の意見を聞きたいな」
「……………………」
正直に言うとどちらか一方を選べなんて言われてもかなり悩む。
だってどっちも素晴らしく完成度の高い作品だったから。
「さくっと決めちゃいなよ。優柔不断だと翼さんに逃げられるよ?」
「すみません真面目に考えたいんで黙ってもらっていいっすか...」
俺が悩んでる様子を見ている先輩は楽しげだ。
俺はどちらを選んだら良いだろうか。
いや、それとも…
悩んだ末に俺が出した答えは……………




