6話 無理があるだろ…(展開的な意味で)
「ごめん福住さん、俺ももう帰らないといけないっぽい」
「え? 先輩もですか?」
「うん、さっき親から連絡があってね…」
やっぱり何でもしますからと言った手前、帰らないわけにはいかないだろう、うん。
福住さんには悪いけどこればかりは仕方ない。
「そうなんですか…ごめんなさい、遅くまで付き合わせちゃいまして…」
「それはいいよ。福住さんの作品案も決まったことだし試合も楽しめたし」
良いこと尽くめだったから俺はそれで良い。福住さんが謝る必要なんてない。
「じゃあ、俺はこれで。福住さんはまだここにいるの?」
「はい、私はもう少し観ていくことにします。お疲れ様でした!」
「うん、じゃあまた部活とかでね」
そう言って福住さんと別れて俺は球場を後にした。
************************
「路面電車乗る前に飲み物でも買っていくか」
球場を出て路面電車の駅に向かう前に、俺は地下街に入っていた。
球場は飯も飲み物も高い。
カーピオズ球団の策略なのだろうが、高校生にとってはちょっと財布に厳しいため、球場にいる時もジュース1本くらいで我慢していたのだ。
おかげで結構喉が渇いたため、コンビニにでも寄ることにした。
地下街に目的のコンビニがあったためそこに入り、スポーツドリンクを買う。
さて、これ飲みながら帰るかと考えながらコンビニを出ると…
「あ…」
「あれ?」
見知った人物と目が合った。翼だった。
コンビニの前にある小さな噴水広場に設置してあるベンチに腰掛けていた。
「帰ったんじゃなかったのか?」
「…あんたこそなんで」
「親に早く帰ってこいってさっき連絡があったから」
「そう」
それっきり翼は口を閉じた。
ちょうどいいや、ちょっと気になることがあるし。そう思った俺は翼の横に人1人分のスペースを開けてベンチに座る。
「…早く帰るんじゃなかったの?」
「まぁそうだけど、少しくらいならいいだろ」
俺は市外に住んでるから帰るにしろそれなりに時間がかかる。ちょっと寄り道したくらいで大したことはない。
「あのさ」
「何?」
「千夏ちゃんのことどう思う?」
「どう思うって…」
唐突に福住さんのことを聞かれた。
質問の意図がわからないけど俺は思った通りのことを言うことにした。
「カーピオズ好きなのは見ての通りだけど、絵もかなり上手いよな。1年生の中でもトップなんじゃないかってくらい」
「そうね。多分近いうちにあたしなんかよりも上手くなるでしょうね」
「なんか卑屈だな...」
「そりゃあんたが褒めたり背中押してあげてるんだからあっという間に上達するに決まってるわよ」
「なんだそりゃ?」
俺はただ手伝おうとしただけで、別に福住さんのコーチな訳ではないのだが。
薄々感じていたが野球を観に行ったあたりから翼の様子がおかしい。
翼の今の答えを聞いて確信に変わった。
俺の感じていることが間違いではないことに。
さっき別れ際に翼が小声で言っていたことも無関係ではないのだろう。
『ほんとに気づかないんだ』
一体何のことを言っているのかわからないが、聞いてみようと思った。
「さっき何か言ってたろ?」
「は?」
「球場での別れ際にさ」
「……何も言ってないわよ」
俺がそのことに触れた途端翼は見るからに歯切れの悪い態度になった。わかりやすいやつだな…
「福住さんに何か思うことでもあるのか?」
「……違う」
「じゃあ……もしかして俺…?」
「………………」
「そこは否定しないんだな」
「あの子は別に悪くないもの。自分の描きたいものを描こうとしてるだけよ」
なんだか会話が噛み合っていない。
翼は俺の投げたボールをまともに受け止めようとしていない。
「『ほんとに気づかないんだ。』さっきそう言ってたよな? もし俺が何かわかってないことがあったなら謝るけど」
「っ! ええ、そうよ! あんたなんにもわかってないわよなんにも!」
翼が語気を強めて言う。
「あれ以上あの場にいたら、あたし千夏ちゃんに酷いこと言ってたと思う…!」
「なんで? 福住さんは悪くないんだろ?」
「ええそうよ悪くないわよ! だって原因はだいたいあんたにあるんだから!」
「やっぱり俺が悪いのかよ…」
「別に悪くないわよ!」
「ごめんなさい言ってる意味がわかりません翼さん」
俺が原因なのに俺は悪くない??
何かの謎かけだろうか???
「一緒に作業してケーキも食べてあげたのに何で後輩の女の子と平然として遊びに行けるのよ!」
「いや、お前とのも福住さんのもあくまで作品作りの手伝いだろ? 俺は自分の仕事やっただけだよ?」
「ええそうね、だからあんたは別に悪いことしてないのよ! だから悪くないの! わかったか!」
「お、おう、そうか…」
俺の無実は証明された訳だが翼の機嫌が治る気配はない。
「でもね、あたしの目の前であんな千夏ちゃんと盛り上がってるとこなんて見せないでよ!」
「んなこと言われても…」
別に俺と翼は特別な関係でもなんでもない。せいぜい友達という関係が良いところだろう。
だから俺が翼に対して気を使わなくちゃいけない義理はない。
しかし…
「だってさ!」
次の瞬間翼は
「あたし、コンクールで賞取れたら、あんたに告白するつもりだったんだから!」
「.....................................はい???」
今翼は何と言ったのだろうか?
頭の理解が追いついてこない。
「……ごめん、もう帰る」
そんな俺の様子を他所に、それだけ言って翼は勢いよくベンチを立って走って去っていった。
追いかける気にはなれなかった。
去りゆく翼の後ろ姿を茫然と見つめながら、俺は1人呟いた。
「それってさ…」
"そういうこと"だよな…?
間違いないよな?
しかし、俺は今までの翼の俺に対する態度を思い出す。
気が強くて、俺に当たりが強い。
でも俺以外の人には意外と柔いとこもある。
翼はそんなやつ。だから...
「無理があるだろ…」
どうやら俺は翼の言った言葉をうまく飲み込めないでいるようだった。
************************
自宅に帰り、お風呂などを済ませ、ベッドに横になりながら今日の出来事を振り返った。
作品作りの作業をして、一緒にケーキを食べて...
どれも楽しかった。
野球の試合自体も意外と楽しめた。
しかし、今日は大きな問題を作ってしまった出来事が1つあった。
もう何のことなのかなんてはっきりわかる。
それは.....
「……何言ってんのあたし〜〜〜〜〜!!!!!!」
勢いに任せて彼に「致命的なこと」を言ってしまったことだ。
成り行きで3人で市民スタジアムに野球観戦に行ってしまったけど、まさか彼が千夏ちゃんとあんなに仲が良かったなんて...
彼が千夏ちゃんと2人でワイワイ話してるところなんて見たくなかった。
かといってあたしにそれを止める術も権利もないわけで。
だからあれ以上あの場にいたらやばいと思って、席を立ったのだ。
彼に捨て台詞のように恨み言を言い残して...
もちろん早く帰らなくちゃいけない理由なんかないし、気がしたなんてのも嘘だ。
でも彼とまたすぐ再会してしまうとは思っていなかった。
彼には私の恨み言は聞かれていて、深く突っ込まれそうだったからだんだん腹が立ってきて...
それで滅茶苦茶なこと言ったけど、あんな「致命的」なことまで言ってしまった。
彼に言ったことは嘘でもデタラメでもない。
いい加減にケジメをつけようと思っているのだ。
もう同じ中学だった...彼に自分の絵を描いてもらった時から続いているのだから...
第一、人の気も知らないで後輩の子と仲良くするからこうなるんじゃない。
確かに彼は何も悪いことしてないけど、あいつが鈍感最低主人公君じゃなければこんなことには...って
「あぁ、もう! 完全に逆恨みだし自己中にも程があるし今日のあたし最悪だ…」
思考が悪い方向に向かっていることに気づいて急いで考えるのをやめた。
あたしの悪い癖だ。
彼に対してはいつもキツめに当たってしまうところもどうにかしたいのに...
帰ったら彼と2人でやった作業の続きをしようと思ってたけど、今日はもう机に向かっても全く作業は進まなかった。
こんな状態じゃ”理想の世界”なんて描けない。
「さすがに、気づかれた、わよね...?」
いくら鈍感な彼でもあそこまで言えば気づかないはずがない。
「次からどんな顔して会えばいいんだろ…」
自室で1人、あたしは途方に暮れていた。
結局それから夏休みに入るまで、彼とは顔を合わせられなかった。




