5話 真夏の夜の分岐点
「あーあ、もう試合はじまっちゃってる…」
福住さんと出会って数十分後。
俺たちが唐島市民スタジアムのライト側の外野席に着いた頃には既に1回の表が始まり、オオバヤシ・カンが相手チームの最初のバッターと対決している最中であった。
試合開始に間に合わなかったことにより、福住さんは少し落胆している様子だった。
「とりあえず空いてる席座ろうか」
「あ、丁度そこにスペースあるからそこにしましょ」
「そ、そうですね」
翼が丁度3人座れそうなスペースを見つけてくれてそこに座ることにした。
この球場の自由席は横に長いベンチのようになっていて、椅子が一つ一つずつ設置されていない。
つまり大勢座ろうと思えばすし詰めにして座れるような席だ。だから料金も安い。
もっとも、このベンチのような席にすし詰めにならないと座れないくらい人が来ることがほとんどないのが悲しいことだ…
やれやれ、もっと頑張れよカーピオズ…などと今まで何回抱いたかわからない球団への情けのなさに想いを馳せていると…
「それにしても狭いしボロいわねこの球場」
「それは思ってても言わないであげて…」
翼が思ったことをそのまま口にしたようなことを言った。いや、実際思ったことをそのまま口にしたんだろうけど。
翼の言う通りこの球場は狭い。狭いどころかボロい、古いと三拍子揃った名選手()のような球場だ。
しかし、そんな球場でも今日も全力で選手達はプレーし、ファンも元気よく応援している。そんな彼等にはリスペクトを抱かずにはいられない。
「そんなこと気にしなくて良いんですよ翼先輩!狭くてボロくても野球の楽しさは変わらないんですから!」
「そ、そうね…?」
既にテンションが上がり気味な福住さんに若干引き気味な翼。そして俺に若干ひきつった顔を向けてきた。
いや、うん、気持ちはわかるぞ?
普段大人しめな人がこんな生き生きしてるとこ見たらそんな顔したくもなるよな。
俺も最初見た時も似たような顔してたと思うし。
「それに心配ありません! 次にできる新球場ではそんなことボヤいていられないくらいのものになるんですから! そして今からの時間はその新球場をさらに良くするための時間なのですから!」
今日俺たちがここに来た理由。
それは、コンクールのテーマになっている新球場の景観に必要なものを一緒に考えること。
「そうだね、良い時間にしよう!」
福住さんの熱くなっている様子を見て、良いアイデアを出して良い時間にしたい。心からそう思った。
「翼も何か思い浮かんだら遠慮なく言ってくれな」
「え、ええ、わかったわ」
そう言う翼はどこか複雑そうな顔をしていた。
何を考えていたのかはわからなかったけど。
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試合は投手戦となった。
現在5回裏であるが、両チームともに無得点というなかなか均衡が破れない状況が続いていた。
「いい試合だな」
「いつも打たれてばっかなのに、今日は珍しく締まった試合ね」
「だからそういうこと思ってても言うのやめよう!? 素直に褒めよう!?」
「そうですよ翼先輩! 今日は本当にピッチャーが頑張ってるんですから、こんな試合が観れるのがラッキーだと思わないと!」
「そ、そうなの?」
「そうです!」
福住さんの様子に対して、さっきと同じかそれ以上に引き気味な様子を見せる翼。
「ほんとにこの子、かなりのカーピオズオタなのね.....」
「そうなんだよ、俺も最初はちょっと引いた.....でもこれが彼女の正体なんだ.....」
そんな翼に俺は同意というか同情の言葉をかけるしかないのであった。
今日の試合、投手力が弱…..じゃなくてライバル球団の打線が強すぎて打たれることが多いカーピオズだが、オオバヤシ・カンがしっかりと相手打線を抑えてくれている。
対する打線の方は悪くはないのだが、今日は相手先発ピッチャーであるノーミンサンの前に1点も取れないでいた。
そして、2アウトの状況で、キャッチャーであるウータン・イシハラが凡退し3アウトとなり5回裏が終わった。
5回が終わったことにより試合は少しの間中断し、グラウンド整備の時間に入った。
他の観客たちもお手洗いに行ったり、食べ物や飲み物を買いに行ったりするために席を立つことも多い時間だ。
「ごめん、あたしもお手洗い行ってくるね」
「あ、行ってらっしゃい翼先輩」
翼もお手洗いのため席を外した。
「福住さんは行かなくて大丈夫?」
「はい、私は大丈夫です」
俺も特に行きたいところはないためそのまま福住さんと残ることにした。
さて、試合も落ち着いたところだし、そろそろ新球場のアイデアを出しとかないとなと考えていたところ.....
「多治見先輩」
ふと、福住さんに呼びかけられた。
「どうかしたの?」
もしかして何か新球場のアイデアでも思いついたのだろうか。
「先輩って休みの日にこの球場に来たりとかしますか?」
「へ? まぁ、休みの日に試合があれば来ることはあるけど?」
「そうじゃなくて、試合が休みの時にこの球場に来ることってありますか?」
「試合が休みの時? いや、来ないよ。だって野球観にいくところなんだから試合ないなら行く理由がないし」
わざわざ試合がないのに球場まで来る人間なんているのだろうか? 選手じゃあるまいし。
「そこなんですよ先輩!」
「どこなんですか福住さん??」
しかし、福住さんはそこに問題があるのだと言いたげな様子であった。
「ほら、このコンクールの他のテーマになってる唐島城やドームって所謂観光地じゃないですか? つまり何もなくても基本人が集まるじゃないですか?」
「まぁ、そうだね」
「でも野球場は野球がないと人が来ない… このテーマってあちらの2つに比べるとちょっと見劣りしちゃってるんですよ…」
俺は自然が蘇った数年後の唐島を想像してみる。
緑の景観の中に佇むドームや唐島城、そして訪れる人々…うん、想像に難くない。きっと綺麗な景観になるに違いない。
それに対して球場は新しくなったからといって、野球を観に行く場所ということに変わりはない。確かに福住さんの言う通り、テーマとしてはちょっと弱い部分があるのかもしれない。
「だからこそ、自然の景観だけじゃなくて、それを組み合わせたプラスαが必要なんですよ!」
「な、なるほど…」
ん?ということは…
俺は以前の福住さんの発言を思い出し、聞いてみた。
「じゃあ、ガ◯ダム作るってのは割と本気で言ってたってこと?」
「それはちょっと調子に乗って言いすぎちゃいました…」
ですよねー。
バ◯◯イやサン◯イズから何言われるかわかったもんじゃないもんねー。
「でも真面目には考えてるようで安心したよ」
「当たり前です! 先輩私のこと何だと思ってるんですか?」
「……野球バカ?」
「バカってヒドイ! でも否定できません…」
福住さんは怒りながらもバツが悪そうな顔をした。
「ま、まぁそれは置いといて、自然の景観といえば公園とかそういうのがあれば、自然の景観として組み込みやすいし試合がなくても人が集まる場所にできるんじゃないかなって思うんですよ」
「公園か。確かに人が集まる場所にするなら良い案かもしれないね」
「ですよね? よし、私決めました! 新球場の景観で小さな公園を描いてみたいと思います!」
「そっか、俺も賛成だよ。応援する」
.....なんか思ったよりもすぐに案が決まってしまって拍子抜けだなー。
もっと試合終わるまで長く話し合ったりするものだと思ってたのだけど。
ふと隣から視線を感じたためそちらに顔を向けてみると。
「……………」
お手洗いを済ませて戻ってきた翼が立っていた。
「おかえり。どうした? 座れよ」
「わかってるわよ」
ぶっきらぼうに言って翼は元の席に座った。
「お前がトイレ行ってる間に福住さんのコンクールの作品案が決定したぞ」
「公園描くこと決めました。多治見先輩が背中押してくれたおかげです!」
別に背中を押したってほど大したことはしてないつもりだけど。
「そうなの? 良かった。頑張って、あたしも応援してるから」
「ありがとうございます! 翼先輩も作品作り頑張ってくださいね」
「うん、ありがと」
そう言って翼は福住さんに笑顔を向けた。
その優しさというか柔らかさを少しくらい俺に向けてくれても良いんじゃないかなと思いつつも、その翼の笑顔もどこか複雑そうであった。
その理由もわからなかったけど。
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その後、試合が動いたのは終盤に入ってからだった。
7回裏にツライ・タカヒロとゴッド・マエダのタイムリーでカーピオズが2点を先制し、ようやく試合の均衡が破れた。
残すは8回と9回。後2回を抑えればカーピオズの勝利は決まるのだが…
「8回はともかく9回がなぁ…」
「そうですよねぇ…今日はちゃんと抑えてくれるかなヒカワ…」
カーピオズの抑えピッチャーであるヒカワは抑えにしてはよく打たれることである意味定評がある。
そのためファンは毎回彼が出てくる度にハラハラしながら見守ることになるのだ。通称ヒカワ劇場。
さて、今日は胃薬が何個必要になるのだろうかなどと考えていると…
「ごめん2人とも。あたしそろそろ帰らないと」
翼がそんなことを言い始めた。
「え? 試合最後まで観られないんですか?」
「そんなにヒカワ劇場見るのが嫌だった? あれはあれで癖になるけど」
「違うわよ!…ちょっと早めに帰った方がいいような気がしたのよ」
「なんだそりゃ?」
気がしたってよくわからない理由だな…
まぁ本人が帰るというなら別に止める理由はないのだけど。
「ごめんなさい翼先輩。門限みたいなのがあるのに遅くまで付き合わせちゃいまして…」
「ううん、いいの。試合楽しかったから」
福住さんは申し訳なさそうに謝っていたが、翼は気にしないよと言ったそぶりだった。
「ジュンも今日はありがと」
「おう、お疲れ」
礼を言われ翼にそう返す。
しかしその直後。
「………………っ」
「?」
翼が何かを小声で口にした。
周りの歓声にかき消され聞き取れなかった。けど.....
「それじゃあね2人とも! 後は楽しんでね!」
「お疲れ様でした翼先輩〜!」
翼は何事もなかったかのようにそう言って先に帰っていった。
「.....ほんとに気づかないんだ???」
さっき翼が小声で言ったことはよく聞こえなかった。
だけど口の形から推測するにそう言っていたような気がした。
「どういう意味だ...?」
何のことなのか意味がわからない。すると...
「うおっ」
携帯が突然バイブを鳴らし始めた。
どうやら着信のようだ。
相手は……母親か。
「もしもし?」
『淳士、今どこにいるの? 夕方頃には帰るつもりって言ってたわよね?』
「あー、ごめん。実は急に野球観に行くことになって今市民スタジアムにいるんだよ」
試合に夢中で家に連絡するのを忘れていた。本当にすまないと思っている。
『もう夜の8時になるんだからそろそろ帰ってきなさい? 夕飯捨てるわよ?』
「食べ物を粗末にしちゃいけないと思いますお母様!」
『連絡もよこさない親不孝者に食わせる飯なんてありませんよーだ』
「すみません許してください何でもしますから」
『ん? じゃあそろそろ帰ってきなさい。もう今日はカーピオズ勝つんでしょ?』
「だといいけどさ」
どうやら俺もあまりここに長居はできそうになさそうだ。
でも試合もまだ終わってないし福住さんを1人にするのも…
さて、どうするかな。




