3話 意味深な引きに見えるけど特に何もないよ?ほんとだよ?
丁度1年前だった。
俺はツイッター上でとある絵描きを見つけた。それが名取先輩だった。
名取 早苗----ー同じ本川高校に通う美術部の1年先輩の3年生。名取先輩と知り合ったきっかけはそこからだった。
先輩は「すたーく」というHNでイラストをツイッター上で投稿する絵描きとしてそこそこ有名だった。
「すたーく」の投稿するイラストは---ー-
「何?高◯ジョージみたいな出だしだけど。私、妊娠もしてないし死んでもないよ?」
「いや、モノローグを覗かないでください…」
「まぁ、確かに君と過ごしてきた時間は何でもないようなことばかりだったのは否定しないけど」
「いや、もう高◯ジョージはいいですから…」
「それで?わざわざ昔捨てた女を呼び出してどういうつもりなの?」
「いや、呼んだのはあなたの方ですし、捨ててもないし捨てられてもないから、何か因縁があるみたいな言い方やめてほしいんですが…」
俺のモノローグを途中で切ってまで会話を始めるという開幕から出だし好調な名取先輩。
「言われてみれば、さっきから捨てられた飼い犬のような目をしてるね。そんな目で見ても拾ってあげないよ?」
「してないからそんな目!」
そして俺のことを弄るのも忘れない。
「というか頭の中整理してる時に割って入らないでくださいよ…」
「だって長くなりそうだし着地点が見えないんだもん。そりゃ割って入るわよ」
昨日、松下部長から名取先輩のサポートも頼まれた後、できれば会いたくなかったため、先輩への連絡を渋っていたところ、向こうから連絡が来た。
『明日、放課後に日本画室まで来なさい』
相手から連絡が来たとなればもう逃げられない。
というわけで日本画室に来たところ…
会ってからずっとこんな調子で弄られている。
俺は早くも辟易しているが、名取先輩はとても楽しそうだ。
これだ…これだからこの人とは会いたくなかった…
この人と会うといつも弄られるから疲れるんだ…
「そういや新しいイラスト投稿してましたね」
「ああ、見てくれたの?ありがと」
最初にあった通り、名取先輩は「すたーく」というHNでイラスト描いてツイッター上に投稿している。
先輩が美術部の部活中「すたーく」とよく似た絵柄でイラストを描いているのを偶然見てしまい、もしかしてと思い話しかけてみたのが全ての始まりだった。
美人な先輩で近寄り難いオーラもあったため、なかなか話しかけづらいところを勇気を出して話しかけてみたが、それが最大の間違いだった。
.....こんな顔を合わせる度に弄られる日々になるとは1年前は想像もしていなかった。
「まさかこんな人だったとはな〜」
「こんな人とは失礼ね君。人を見た目で判断しないの。松◯修造もそう言ってたでしょ?」
そう言って、名取先輩は不満そうに頬を膨らませた。美人な人がそれやるとなかなかに破壊力高いからやめて欲しい。
松◯修造の言うとおり、人を見た目で判断するもんじゃないというのがこの先輩を通じてよくわかった。
今回先輩が投稿したイラストは、戦闘機をモチーフにした装置を使い、女の子達が異形の怪物と戦うという最近始まった新しいアニメのイラストであった。
みんな下にパンツしか履いてないように見えるからかなりインパクト強いアニメなんだよな…..
いや、パンツじゃないから恥ずかしくないらしいんだけどね。知らんけど。
でも名取先輩の描いたそのパンツアニメ(偏見)のイラストに描かれている女の子はとても可愛かった。リツイートの数も千は超えている。
ちなみに描いてあったのは色白で物静かな雰囲気の女の子だった。個人的には例のお姉ちゃんキャラが好きなんだけどね。
「それにしても相変わらず、可愛く描くのが上手いですね」
「君もこういう絵描くの得意な方でしょう?」
「まぁ、こういう絵描いてる方が楽しいですから」
確かに、俺もアニメキャラを描くのは好きだ。だけど…
「俺よりも名取先輩の方が断然上手いですよ。俺もこのくらい上手ければネット上に投稿する気にもなるんだけどなぁ」
「そう?試しに投稿してみたら?」
「いや、ちょっとハードル高いですよ…」
そう言うと先輩は少し真剣な顔になった。
「ネットで人に絵を見てもらうって思ってたよりも楽しいし勉強にもなるよ?私も最初は試しにって感覚で始めたものだし」
「それじゃあ…」
ちょっとやってみようかな?
「まぁ、叩かれて炎上する可能性もあるけどね。もしそうなったら私のところに来なさい。慰めてあげるから」
「ホントは慰める気ゼロで、からかう気満々なんだろそうなんだろ!?」
だって真剣な顔してたかと思ったら、すっげぇニヤニヤして嬉しそうな顔しながら言ってくるんだもんこの人。
やっぱまだネットに投稿はやめとこう......
「それより、コンクールのことは部長から聞いたんですか?」
「理恵から君が私の制作の手伝いしてくれるって聞いたから連絡待ってたんだけど、いつまで経っても連絡がないからこっちから呼び出したのよ」
「そうだったんですね…」
部長と名取先輩ってそこそこ仲良いから、既に連絡を取り合っていたと言うことか。
「何ですぐに連絡くれないの?そんなに私と会うのが嫌だった?」
「いや、そういうわけでは…」
まるで責めるような口調だが、先輩の顔は相変わらず楽しそうだ。
「私は君と会うのが楽しみすぎて昨晩一睡も出来なかったのに」
「その割には全然眠くなさそうっすね…」
多分、いや確実にぐっすりだったろ。この嘘つきめ。
「ところでコンクールには他に誰が出るの?」
今度は先輩から質問がきた。
「美術部の中では角田と福住さんが作品出しますよ」
「角田さん?あの淳君にやたら厳しい子よね?あの子も出るんだ」
「そうなんですよ。ていうかその淳君って呼ぶのやめてください変な感じするんで」
その呼び方してくる人親戚くらいだよ?
「それで”淳君”、あの子には何かしてあげたの?」
やめるどころか強調してきた。これはウザい.....
「してあげたんじゃなくて、させられました」
「というと?」
「パシられましたね」
「パシられた?」
「お菓子買ってこいって」
「アハハハ、それもコンクールのお手伝いなの?」
「いや、絶対違うでしょ…」
「でもあの子、君が相手じゃなきゃ割と優しいとこあるよ?」
「そうですか?別に大して変わらないと思いますけど」
「さすがね淳君、いえ、鈍感主人公君」
「似たようなこと翼からも言われたんですけどどういう意味なんですかそれ!?」
本当に何言ってるかわからないんだけど…
「でも私、君と角田さんのやり取りを見てるのが結構楽しいよ」
しかし名取先輩、質問には答えない。ちゃんとキャッチボールしようよ。
「.....やり取りしてる当人は別に面白くないんですが」
「普段は私に弄られても反撃なんてロクにしないのにあの子に対しては違うじゃない?ほんとは仲良いんでしょう?」
「それは…..ないでしょう」
いや、俺は別に仲良くしたくない訳じゃないのよ?でも向こうが.....ねぇ?
「早いとこ付き合えばいいのに。まぁそれはいいとして、もう1人の福住さんの方はどうなの?」
なんか最後にサラッと聞き捨てならないことを言ってきたが、名取先輩は話題を変えて福住さんのことを聞いてきた。
「福住さんは新球場の景観を描くって言ってました。なんか今度、市民スタジアムへ観戦に付き合うことになりましたけど」
それを聞くと名取先輩は一転、楽しげな表情から不機嫌そうな顔になった。いや、ちょっと怖いんだけどその顔…
「ふーん、捨てた女にわざわざデート自慢してくるんだ?良い性格してるね君」
「デートじゃなくて作品作りの手伝いだから!後、捨ててないから変な作り話しないで!」
全く知らない人が聞いたら俺が性悪クズ男みたいに聞こえるかもしれないからやめて.....
「あら?君、性悪クズ男じゃないの?違うの?」
「違うから!てかモノローグを覗くな!」
「だって顔に書いてあるから。君すぐに顔に出るもん」
そろそろポーカーフェイスを勉強した方がいいのかもしれないと一瞬本気で考えた。
そんな俺を、不機嫌そうな顔からすぐに楽しげな顔に戻った先輩は、それはとても楽しそうに弄るのであった。
「それで先輩、コンクールには何を描くつもりなんですか?」
会ってから意外と話が弾んでしまい、本題に入るのが遅くなってしまった。
「そういや今回はそういう話だったね。お話が楽しくてすっかり忘れてたよ」
「.....それはよかったですね」
こっちは9割型弄られてばっかでもう疲れたけどね…
「コンクールに出す作品ね.....淳君、ちょっと見てもらいたいものがあるから来て頂戴」
「どこに行くんですか?」
「二人きりになれるところよ。具体的にいうとホ.....じゃなくて1階に降りるよ」
「あなた今なんて言おうとした.....?」
危ないとこ連れてかないよねそうだよね?
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本川高校は1階部分が吹きさらしのピロティとなっており、とても開放感がある。本当にいちいちお洒落な造りだよなこの校舎。
「さて、淳君。あそこに見えるものは何かしら?」
というわけで1階まで降りてきた俺たち。
すると着くや否や名取先輩が外の方に指を指した。
先輩が指した方向に目を向ける。ピロティ越しに見える光景は…
「唐島城ですか?」
「そう」
唐島城。
戦国時代にこの地を治めていた戦国大名、森氏が建設したとされている歴史的建造物だ。
もっとも、大昔に起こった戦争で1度破壊されているため、今のは再建されたものなのだが。
今でも戦争の時に落とされた爆弾の影響で、城の石垣の一部が赤く変色したまま残っている。
ちなみに城を建てた戦国大名、森氏には逸話が色々あり、唐島のプロサッカーチームのチーム名も森氏の逸話から取っているらしい。しかし、このサッカーチーム、カーピオズと同様2部リーグに降格したり等あまり強くはない。しかも唐島市民からはあまり関心を持たれないという。みんなカーピオズくらい応援してあげてよ。
「あれの景観を描くつもりなんですか?」
「そうね、候補にはしてる。だって今のお城、とても殺風景じゃない」
「まぁ、そうですね」
草木が生えなくなって久しい唐島市内はどうしても殺風景なところが多かったが、中でもこの唐島城は建物が立派な分、殺風景っぷりが一際目立ってしまっている。
「候補にしてるということは、他にも何かあるということですか?」
「ええ、もう1つの候補は『朱庭園』。淳君も見たことあるでしょう?」
「美術館の隣にある庭園ですよね。授業の一環で行った時に見ましたよ」
学校の近くにある美術館には授業の一環で鑑賞に行ったことがある。
ダリやピカソといった有名な画家の絵もある大きな美術館だ。
その美術館のすぐ隣に朱庭園という庭園があるのだが、ここもまぁまぁの殺風景だった。
元々は江戸時代に唐島藩を治めていた大名、朝山氏が作った別荘のようなものだったが、ここも戦争の影響で荒廃したままであった。
現在では石橋や建物などは復元されているものの、自然の木々は何一つない。
いや、木はあるのだが真っ黒で下に垂れ下がり、見るも無残な状態のものしかない。
美術館の中には在りし日の朱庭園の模型だけがある。
秋になると紅葉が色づき、名前の通り朱色に染まる綺麗な庭園のようだった。
「長々と説明ご苦労様。そろそろ飽きられそうだからやめたら?」
「.....ソッスネ」
もはや突っ込む気力もない。
「それにしても、どっちも歴史的なテーマですね。そういうの好きでしたっけ?」
「落ち着いてゆったりできるところが好きなだけよ。だから今日はホテルでコンクールのこと相談しようかと思ったんだけど」
「お願いだから一緒に行くときは庭園やお城にしてくださいお願いします」
やっぱりこの人さっきホテルって言おうとしたんだ.....怖いよ
「それで、どちらにするんですか?」
「そこだよ淳君。今回君に手伝ってほしいことは」
「はい?」
「唐島城と朱庭園。どちらの作品を出すのかを君に決めて欲しいの」
「俺が選ぶんですか?」
「そうだよ」
まさかの決定権をお手伝いさんに委ねるという人任せなことをする名取先輩。
「それくらい自分で決めたらいいじゃないですか」
「ううん、君に選んでくれた方が私としてもモチベーションが上がるもの。『淳君が私のために選んでくれたんだから彼の想いに応えないと!』ってね」
「いや、想いってそんなつもりで選びませんから…」
「まぁ半分は冗談として、とりあえず唐島城と朱庭園、二つとも描いてみるからそれを君に見てもらって意見が欲しいの。それで決めてくれる?」
真面目な顔でそう言ってくる名取先輩。
日本画室にいる時もそうだったけど普段は弄って遊んでくるくせに、たまに真面目なこと言ってくるからドキッとする。色んな意味で。
まぁ俺の意見が欲しいというのと、俺が作品を選んでそれが先輩のモチベーションアップに繋がるならそれも悪くないか。いや、むしろ結構良い。
「わかりました。じゃあ絵が仕上がるの待ってますね」
「うん、ありがと」
そう言うと、名取先輩は満足げに笑った。
「絵が仕上がるまではしばらくツイッターにイラストとか上げられないと思うけどそこは我慢しててね?」
「戻ってきたらフォロワーが大量に減ってたりしてね」
今日弄られっぱなしだったため、少し反撃してみる。
「その時は『この人のせいです!』って淳君を晒し者にしてネットの玩具にしてあげるから」
「すみませんお願いだから早く仕上げてきてください!」
見事にカウンターを食らった。やっぱこの人には敵わない…..
「そうならないように早めに仕上げるつもりだよ。じゃ、私はもう帰るから」
「あ、お疲れ様でした」
名取先輩は挨拶に手を振って応え、学校を後にしていった。
「…..はぁ」
めっちゃ疲れた。
やっぱり名取先輩と一緒にいると疲れる。だからなるべく会いたくない。
でも不思議と先輩のことを嫌いにはなれない自分がいる。
いや、不思議なのは先輩の方か。
何故か会ったら会ったで、まぁ仕方ないかで済ませられちゃうんだよな。
めんどくさいけど謎の魅力を持った人だ。
「そういや名取先輩の風景画って見たことないな…..」
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「君の選択を楽しみにしてるよ。淳君」




