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理想の世界の描き方  作者: jnjn
2/12

2話 生きてるうちに優勝してくれ(ファン全員が10年前に思ってたこと)

「…買ってきたぞ」

「ん、ありがと。はい、お金」

結局あの後、金渡すから行ってこいと丸め込められ、翼にお菓子買いに行かされた。

…もういいや、こいつ知らん。後は好き勝手やってろ。

「ところで部長、他にコンクールに出るメンバーって誰がいるんでしたっけ?」

「福住ちゃんが作品出すって言ってたよ〜」

部長の言う福住ちゃんというのは1年生の後輩部員、福住(ふくずみ) 千夏(ちなつ)さんのこと。

「じゃあ福住さんの様子見に行ってみます」

「ん、あの子なら多分グラウンドの方にいるよ〜」

よし、じゃあグラウンドに行ってみようと美術室を出ようとしたところ…

「ちょっと(じゅん)!まだしてほしいことがあるんだけど!」

…パシリ女が何か言ってたが、聞こえなかったフリをして俺は美術室を後にした。



************



この美術部だが、別に美術室で描かなくちゃいけないというルールはない。

別に校内であればどこで描いていても構わない。

そのため外でスケッチを描きに出かける美術部員も少なくない。今日の福住さんもその1人だ。

…そういえばあの子野球好きなんだっけ?

野球部の練習風景を描くためにグラウンドにいるのだろうか。

などと考えているうちにグラウンドに着いた。


放課後で部活動が行われているグラウンドは、野球部とサッカー部が共同で使っていた。

見る度に思うがこのグラウンド、校舎とのアンマッチ感がすごい。

帝都駅のようなお洒落かつ、大きな外観を持つ校舎の隣に広がるグラウンド…

知らない人が見ると、商業施設の隣に何か建てるために用意した更地にしか見えないかもしれない。

…そういえば帝都駅には伊◯丹が併設されているんだっけ?

なら、ここ唐島だからグラウンド潰してそ◯うを建てれば第2の帝都駅にならないだろうか?

などとくだらないことを考えているうちに…


「あ、福住さんいた」

グラウンドの校舎側で福住さんの姿を捕捉した。なんとも都合のいい展開だ。



************


「こんにちは福住さん」

「あ、多治見(たじみ)さん。こんにちは」

声をかけると、微笑を浮かべて挨拶を返してきてくれた福住さん。どっかのパシリ()もこれくらい優しければいいのに。

「ここで描いてたんだ。野球部の練習風景?」

「はい、野球好きですから」

彼女のスケッチブックを見ると…なるほど、かなり上手い。流石美術部の中で一番上手いと言われてるだけある。

この子が入ってきた時、松下部長が「天才が来たぞ〜」とか言ってたからな。

「野球好きってことは、カーピオズも好きなの?」

「はい、もちろん。2週間に1度は観戦に行くくらいです」

「おぉ、結構行くねぇ」

カーピオズは唐島に本拠地を置くプロ野球の球団だ。

70年前、戦争で焦土になった唐島に希望と活気をもたらすために設立されたという歴史がある。

俺が産まれるよりも前に何度かリーグ優勝をしているらしいが、ここ数十年は......言っちゃ悪いが弱いんだよな。

果たして生きているうちにカーピオズの優勝を見ることができるのだろうか?

俺も野球はよく見る方だけど、もうちょっと頑張ってほしいものだ。


「ところで先輩はなぜここに?」

「あ、ああ、実は…」

いや、これ後輩の前で絵下手だからサポートに来たなんて事情説明するのはちょっと気が引けるな…

先輩としての威厳が……いや威厳なんて元からないけども。

「福住さんがコンクールに出るって聞いて何か手伝えることがないかと思ってね」

「え?私の作業をですか?」

「うん。まあ、福住さんだけじゃなくて、コンクール出す人のサポートを全体的にやることになったんだけどね」

「でも、先輩はコンクールに作品出さないんですか?」

「あー、ちょっと他にやりたいことがあるからね」

案の定、痛いところを突かれたが、適当にはぐらかした。お願い、そこは聞かないで。

「そうなんですか。ちょっと残念です…」

「残念?」

「先輩、カバンにタカヒロのキーホルダーつけてますよね?よく野球見てるのですか?」

「カーピオズの試合ならよく見てるよ。タカヒロは一番好きな選手だからね」

カーピオズの背番号25の4番打者、ツライ・タカヒロ。ここぞという場面でホームランを打ってくれる頼れる男だ。

そして、たまに笑いを誘うようなプレーをしてくれるのが面白い。いや、別に本人は至って真剣にプレーしてるはずなんだけど、何故か面白いことが起こるんだよな…

そんな不思議な魅力を持つ選手が、俺のお気に入りだった。

「やっぱり!実は私、今回のコンクール、カーピオズの新球場の景観を作品で出そうと思ってるんです」

「ああ、そういえばテーマに新球場のこともあったね」

実は今回のコンクール、テーマが複数提示されている。公園や庭園など、様々な景観のテーマがあるが、新球場周りの景観もテーマとして設定されていた。

野球好きの彼女ならこれ1択だろう、うん。

「はい!見た時にもうこれしかないと思いましたから!だから、

先輩が野球好きなら、一緒に新球場の作品作れたら楽しかっただろうなと思うとちょっと残念で…..」

「あ、ああ、なるほど…..」

後輩の女の子から一緒に作品作りがしたかったと言われるのはちょっと、いや割と嬉しい。少なくとも翼からは絶対言われない。

「まあ、その代わり何か手伝えることがあれば手伝うからその時は遠慮せず言ってね」

「はい、よろしくお願いします!」


「ところで、どんな風に描くかとかもうイメージとか決まってるの?」

「ええ、まず球場周辺は公園みたいにしたいですね。ベンチとかも置いて試合がない日でもくつろいだりできるんですよ。池があってもいいですね。ニシキゴイ放ったりして。あ!色はもちろん紅白色で!」

福住さんは様々なイメージを浮かべてきた。景観だけでなく、コイの色とかもこだわるのか。そういったこだわりの強い性格が絵の上手さに直結しているのかもしれない。

「後、お◯場みたいにガ◯ダムを設置したら面白いですね!」

んん???

「ついでだからシ○アも置いて『カーピオズが強いのはマスコットがカーピオズ坊やだからさ』とか言わせてみたいです!」

「ちょっとちょっと!?」

なんかおかしな方向に向かってるぞ???

というかさっきからなんかテンション上がってないこの子?

普段は静かそうなのに好きなことになると熱くなっっちゃうタイプ?

「ちょっとまって!?これ自然の景観を描いた作品のコンクールだよね!?」

「新球場はアミューズメント施設になるんですよ?自然の景観なんて二の次ですよ!」

「このコンクールの意味全否定するようなこと言うのやめてよ!?」

「他にも選手達を動物に見立てたりとかーーーー」

その後もカーピオズの新球場のデザイン構想を長々と聞かされることとなった。

さっき、女の子に一緒に作品作りがしたいと言われるのは嬉しいと思ったが、福住さんと作品作りをするとなると色々とめんどくさいかもしれない……いや、絶対めんどくさい。



************



「あれ?もうこんな時間ですか…」

「………そうだね」

そろそろ最終下校時間が迫っていた。

結局、ずあれからずっとカーピオズと新球場の話を聞かされた俺は心底疲れ切っていた。

おかげでこの子がどれくらい野球好きなのかがよくわかった。にわかじゃない立派なカーピオズ女子だ。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

「あ、先輩!最後にお手伝いしてほしいことをお伝えしたいのですが…」

そういや福住さんのサポートしに来たんだっけか。ずっと語られてたから、なんかもうすっかり忘れてたわ.....

「ああ、いいよ。何すればいいの?」

「今月中に、カーピオズの試合を一緒に観に行きませんか?」

「え?俺と?」

何を手伝うのかと思えばまさかのカーピオズ観戦同行。

それはお手伝いではなくデートなのでは??いや、それはそれで嬉しいけど。

「多治見先輩が同じカーピオズ好きだから、今の唐島市民スタジアムと試合を改めて観て、選手達やファン、球場のために何があったらいいのかを一緒に考えて貰って意見を頂けないかなと思いまして」

「あ、そういうことね。まだどの試合にするかは決めてないの?」

「そうですね。決まったらご連絡したいので、ライン教えて頂けますか?」

「ああ、もちろんいいよ」

お互いにスマホを取り出して俺のQRコードを読み込ませる。

すぐにスタンプが送られてきた。カーピオズのスタンプだ。

「登録完了っと…これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします!では私はこれで失礼します」

そう言って、スケッチブックなどを片付けて福住さんは去っていった。あの子途中から話してばっかで全然描いてなかったな野球部の練習風景.....

さて、俺も帰ろ.....と思ったところ。


『松下 恵理から新着メッセージです』


とスマホの画面に表示された。部長からだ。


『そろそろ戻ってこーい鍵閉めるぞ〜』

『すみません、今から戻ります』


美術室に荷物を置きっぱなしだったからな。急いで戻ろう。


『あと、もう一つ伝えとく』


何でしょう?


『名取もコンクールに作品出すからあいつにもサポートよろしくね〜』


名取......名取(なとり) 早苗(さなえ)のことか。

その名前を思い浮かべると、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

俺にとってはできるだけ顔を合わせたくない人だったから。

「.....あの人とまた一緒かよ〜」

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