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理想の世界の描き方  作者: jnjn
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エピローグ 理想の世界の描き方

どのくらい手を繋いだまま歩いただろうか。

どれだけ時間が経っただろうか。

気づけば平和公園にはイチョウの木々が立ち並ぶ並木道が出来ていた。

周囲にはベンチが置かれており、おじいさんや子連れの親子が木陰で休憩したりしている。

少し遠くの方を見ても、紅葉やその他の木々で溢れている。

まさに公園にふさわしい景観だ。

「昔とはえらい違いだよな〜」

「ええ、そうね」

俺も翼も気づけば社会人となっていた。

高校時代、あの日翼と恋人同士になってから紆余曲折ありつつも、俺たちはまだ一緒にいられている。

大学までは進路が一緒だったものの、社会人になってからは俺は一般企業に勤め、翼は高校の教師をしている。

ちなみに翼の勤め先は俺たちの母校でもある本川高校だ。

もっと言うと美術の教師で美術部の顧問でもある。

「文化祭は大変だったみたいだな」

「ほんとよ、おかげでジュンともなかなか会えなかったし」

本川高校は秋に文化祭があり、先週それが終わったばかりだ。

終わるまで翼は美術部の展示の準備やら何やらで忙しかった。

文化祭は俺も見に行かせてもらったが今年も美術部は素晴らしい出来だった。

うん。OBとしても鼻が高いな。

もっとも、俺の隣にはもっとすごい人がいるため鼻が高すぎてピノキオになりそうな勢いなのだが。

「さすが角田(つのだ)先生だよな〜」

「あなたにだけはその呼び方されたくないんだけど」

そう言って翼がジロリと睨んでくる。

「久々のデートなんだしそういうのはなしよなし」

「わかったわかった」

「わかったは1回でよろしい」

「そっちだってなしって2回言ったろ?」

「はぁ…あなたの相手をしてるとうちの生徒の相手してるような気分になるわ…..」

「なんか教師みたいなこと言うようになったよな翼は」

「そりゃ教師ですから」

「それもそうか」

そんなやりとりをしながら俺たちは手を繋ぎながら公園内を散歩する。

「それにしてもさ」

「何?」

「良かったのか? 久々のデートがここで」

もっと、こう楽しそうなところを選んでも良かったと思うのだが。

「いいのよ、ここ好きだし」

しかし、翼は何でもないような感じで返事をする。

「ジュンと初めて手を繋いで歩いたところだし」

「あの頃はここがこんな景観になるなんて想像もつかなかったよな」

「色々変わったよね….あたし達が高校生だった時から」

俺たちが高校生だった時代から時は流れ…..

今、唐島の街は木々が並び、自然を取り戻していた。

唐島は今や完全に戦争から立ち直ったと言ってもいいだろう。

自然が戻っただけではない。

その間に唐島では様々な出来事があった。

唐島市民スタジアムが取り壊され、新球場が建設され、弱かったカーピオズが3連覇を達成し、自然を取り戻したことを記念してアメリカの大統領が平和公園を訪れたりetc….

本当にどれもこれも激動だったような気がする。

「でも、変わらないものもあるよな」

「何が?」

「俺たちがまだ一緒にいるってこと?」

「っ…」

そう言うと翼は顔を赤くして俯いた…..かと思うとすぐに顔を上げて不満げな顔で睨んでくる。

「その言い方、まるであたし達が何も進んでないみたいに聞こえるんだけど?」

「その捻くれた受け止め方をやめれば少しは可愛げがあるのにな〜」

「うるさい」

そう言って翼は俺の肩にドンと軽く自分の肩をぶつけてきた。

ちなみに何も進んでいないわけではない。

お互いの両親に挨拶して”そういう話”になってはいる。

「じゃあ、そろそろあそこ行ってみるか」

「あそこ、ね」

もはやあそこだけで通じてしまう慣れた場所。

俺たちはその場所へと足を向けた。



************************



「さぁ、見えてきましたよ角田(つのだ)先生の作品が」

「だからその呼び方やめてって…」

向かったのは世界遺産のドーム型の建物。

そして、その景観には既視感がある。

それも、この街に自然が戻る何年も前からずっと…

当然だ。今見ている景観は俺と翼が高校時代に作った"作品"なのだから。

コンクールで最優秀賞を取った夏休みを使って仕上げたあの作品は、コンクールのコンセプト通り、実際の景観として使われることになった。

おかげで角田(つのだ)先生は学校でも結構な有名人らしい。

何せ世界遺産の景観を作ったのだから当然だ。

改めてその景観を見てみる。

ドームの前には横いっぱいに花壇が置かれ、そこにはコスモスなど秋に咲く花が咲いている。

季節によって植える花も変えられていて、5月ごろには芝桜になったりもする。

そして周りの木々は秋を代表するイチョウや紅葉で彩られている。

その中心に寂れたドームがあるのだが、その様子が秋の雰囲気とマッチして哀愁を感じさせられる。

自然の戻った唐島にドームだけ数十年前に取り残されたかのような哀愁が。

しかし、これがこいつの役割なのだから仕方がない。

過去の唐島の歴史を現代に伝えるという役割を、このドームは全うしているだけなのだから。

これを見るたびに俺は狙い通り上手くいったなという気持ちになる。

「なんかドヤってるけど描いたのはあたしだからね?」

どうやらドヤ顔してたのがバレたらしい。

翼がジト目で俺を見つめていた。

「せめてお手伝いしたことに関しては誇らせてほしいな〜」

「はいはい、すごいすごい」

まぁまぁ本気で言ったのに軽く流された。ひどい。

「あのね、ジュン。あたし思うんだけど」

しかし、少し間を置いて翼は真面目なトーンで話し始めた。

「なんだよ?」

「良い作品を描くにはさ、絵が上手いとか下手とかってそこまで重要じゃないのよね」

「そうか?」

「少なくともあたしはそう思ってる。だってあたしより絵が上手い人なんていくらでもいるじゃない?」

あなたも含めてねと付け加えて俺を指差した。

いや、俺は風景画下手だし?

実力者に含められても困るというか…

「じゃあ翼はどうしたら良い作品が描けると思うんだ?」

ただそれは口には出さず、俺は大人しく翼の考えを聞くことにした。

「すぐそばに"大切なもの"があれば良いのよ」

大切なもの…か。

「それが、情熱でも、誰かのためでもなんでも良いの」

翼にとっての大切なもの……

「大切なもののために描く。それが自分の、理想の世界の描き方だと思うの」

今目の前に広がる翼の理想の世界に、俺はどんな存在でいられるだろうか。

「あたしにとっては、それがあなただった」

俺は大切なものでいられるだろうか。

今も、そしてこれから先も……

「あなたと理想の世界で一緒にいたい。それが実現できて、あたしは本当に幸せ者だと思うんだ」

だから、と翼は一呼吸置いてこう言った。

「ありがとう。あの時も、これまでも、あたしを支えてくれて……それと、これからも、ね?」

そして彼女は隣の俺の肩に頭を寄せてきた。

いられるだろうか?じゃないな。

こんな嬉しいことを言ってくれる愛しい彼女のためならいくらでも大切なものになってやる。

「翼」

「なぁに?」

「キスしても良いか?」

「……公共の場で何をしようとしてるのかしら?」

翼は俺の肩から頭を離し、若干俺と距離を置いた。

いくらなんでもそこまでされると傷つく。ひどい。

「今まで何回もしてるだろ」

「TPOを弁えなさい」

「じゃあ別の場所なら良いの?」

「あーはいはい、後でね」

翼は俺の質問を適当に受け流した。

でも、どうやら後でしてくれるようだ。言質は取った。

それからまた俺たちは手を繋ぎ歩き始めた。

そして俺は、とある作戦を実行するべく翼の気を引いた。

「それにしてもさぁ」

「何よ」

「本当に翼って先生みたいなこと言うようになったよな〜」

さっきの大切なものの話といいTPOを弁えろといいなんだか"良いこと"を言うようになった。

悪くいえば言ってることが説教臭くなった。

「さっきも言ったでしょ。本当に先生なの」

「昔は狂犬みたいな性格してたのにな〜」

「誰が狂犬よ…ってちょっと、ここって…」

そして、自然な流れで翼を"あるとこ"に連れてこれた。作戦成功だ。

ここはドームの裏にある慰霊塔(いれいとう)の側。

俺と翼が高校の時に想いを通じ合った場所だ。

俺は翼の身体を抱き寄せた。

「ちょっとジュン! 公共の場じゃダメだってさっき.....!」

「ここなら比較的人通りも少ないだろ」

そしてあの時と同じセリフを言った。

「ちゃんと最低限のTPOは弁えたぞ?」

「本当に本当の最低限だけどね」

「でもさっき、後でしてあげるって言っただろ?」

「言ったけど……」

「約束を破るのは良くないよな〜」

翼が恨めしそうな目で睨んでくる。

そして、少しの間逡巡した様子を見せていたが、やがて観念したのか、俺の顔を正面から見据えた。

「もし、うちの生徒に見られてたら不審者に襲われてたってことにするから」

「それは無理だろ。もう俺の存在知られてるんだろ?」

学校内では角田(つのだ)先生の"彼氏"の存在は一部の生徒に認知されているらしい。

からかわれるだの愚痴を翼の口から以前聞いたことがある。

「だから遠慮なくできるぞ」

「バカ……」

翼は最後に顔を赤くして恥ずかしそうに小声で呟いた。

目の前の彼女が両目を閉じる。

お互いの距離が徐々にゼロへと近づいていき...


静かに彼女の唇に触れた

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