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理想の世界の描き方  作者: jnjn
10/12

10話 情景模写って難しい

「まだまだあっついなー」

夏休み明けとはいえ、唐島は残暑が残る日々が続いていた。

いつものように学校までの道のりを俺は歩いていた。

今日は休み明け最初の登校日。

つまり始業式のある日だ。

今日から2学期が始まる。

いつもなら長かった休みが終わってしまったことに対して恨み言の1つや2つ言いたくなってしまう日なのだが今年に関してはそうはなっていない。

「今年の夏休みは忙しかったからなー。誰かさんのせいで」

おかげであまり休んだという感覚がない。

そのため今年の俺は例年とは違う意味で恨み言が出てしまう。

「なにそれ? 嫌味?」

そして俺の隣を歩くその"誰かさん"こと翼にどうやら独り言を聞かれていたらしい。

露骨に不機嫌な態度になっている。

夏休み前までは並んで登校することなんてなかったのだが、この休み前から休み中にかけて色々あったため、休み明け初日から一緒に登校するという状態になっている。

もっとも、俺と違って翼は学校から家までが近いため、一緒に登校するにもほんの僅かな時間しかないのであるが。

「冗談だ。それにしても…終わったなー」

「終わったわねー」

そう、俺たちのコンクールの作品作りは数日前にようやく終わりを迎えたばかりだった。



翼を助けると決めたその日からこれまでの2週間は本当に濃かった。

泣いたり笑ったり、喧嘩みたいになったりもしたけど、それでもなんとか完成までこぎつけられた。

確かに忙しかったけど、それでも今までの夏休みの中で一番楽しかった休みでもあった。

そして、そんな楽しい夏休みも終わり、またいつもの日常へと戻っていく。

ただ、これからの日常は今までとは少し違うものになるのだろう。

隣にいる翼を見て、俺はそう感じた。



************************



「コンクールの結果がわかるのって2ヶ月後なのよね」

「そうだな」

今日は始業式のため昼で学校も終わりだ。

早い時間から帰れる幸せを感じつつ俺は翼と共に帰路についていた。

「あのさ…もし、何も賞取れなかったらさ…」

すると隣の翼が不安そうな声で聞いてきた。

しかし、まぁ、終わったばかりだというのにまだコンクールの話題を出すのもどうかと思うが……

「そん時はそん時だろ」

でも、そんなことは今考えても仕方のないことだ。

「ていうか今更前までの関係に戻ろうなんて方が難しそうだけどな」

「それはそうかもしれないけど…」

「なんだよ?」

翼は不安ながらもどこか釈然としない様子で難しい顔をしていた。

「なんか、ズルくない? それ」

「まぁ、ズルかもな」

そう聞かれると否定できないどころか肯定せざるを得ない。

元々はコンクールで賞を取ったらという話だったのだから。

もっとも、そんなズルをしたところで俺たちを責める人なんて誰もいない。

むしろ部長や周りのみんなは歓迎するだろう。

でも、もし翼が何も賞を取れなかったとして、それでも今みたいに一緒に行動を共にすることを続けるというのならば、それに対して後ろめたい気持ちを全く抱かないと言えば嘘になる。

俺たち2人だけのちっぽけな掟に少し頭を悩ませてから俺は言った。

「ま、結果が悪くても少なくとも俺はお前の相棒(パートナー)でいてやるよ」

1つだけ、確かなことを。

俺が彼女に望んでいることを。

そして、彼女もまた、俺に望んでいるであろうことを。

「だから、遠慮するのはなしにしようぜ」

これだけは結果がどうなろうと変わらないと思うから。

「とりあえず今はコンクールのことは忘れようか」

「…..うん、そうね、ありがとう」

翼は俺の言葉を聞いて、表情を緩めた。

「そう言ってもらえると、嬉しいかな」

そして、少し頬を赤らめながらそう言った。

その様子にドキッとさせられてしまったのを俺は本人に気づかれないようにごまかした。

「じゃあさ、まだ一緒にいてくれるってことなら行きたいところがあるんだけど」

「行きたいところ?」

「うん、ちょっと遠くなっちゃうけど時間あるから良いよね?」

「まぁ良いけどさ。どこだよ?」

「世界遺産!」



************************



「やっと着いた〜」

「路面電車とろいからな〜」

俺たちが今いる場所。

県のやや西側に位置する唐島市からさらに西へ移動する路面電車に乗り、 廿ヶ谷(はつがや)市というところまで来ていた。

このあたりまで来れば普通に木々が生えている地域となる。

現在まで残る戦争の影響を受けているのは唐島市内だけだ。

乗ってきた路面電車は終点である 新谷島(にやじま)口駅に着いたばかりである。

普通の電車を使えば30分程度で着くのであるが、路面電車はスピードが遅いためここまで来るのに1時間以上かかる。

おかげで俺も翼も途中で電車の中で寝落ちしてしまった。

だから特に会話らしい会話も交わしていない。

ただ路面電車は運賃が安いため、高校生の身分からするとたとえ時間がかかっても安い方が魅力的に映ってしまうのだ。

でも、しんどいから帰りは普通の電車使おう。俺はそう決心して翼と駅を出た。

駅を出ると目の前にはもみじ饅頭やお好み焼き風のお菓子などといった地元の名物を売るお土産屋や、牡蠣(フライやアナゴ飯など地元で獲れた魚介類を使った定食屋などが目に入ってきた。

店の中ではおばちゃんの団体客がお土産を選んでいる。

それらの店があるところからさらに海沿いに行ったところに俺たちの目的の建物があった。

建物の看板には 新谷島(にやじま)フェリーと書かれている。

つまりフェリー乗り場だ。

「フェリーなんて乗るの久しぶりだわ」

俺たちが今から向かう場所は駅の名前にもある 新谷島(にやじま)という島。

県内でも有数の観光地であり今日もなかなかに人が多そうだ。

島だからフェリーを使わなければ行くことができない。

行くことができないのであるが…

「…………………..」

「何してんのよ? 切符買うわよ」

「あ、ああ、そうだな…」

翼が怪訝そうな顔で聞いてきたため俺は躊躇していた足に鞭を打って、切符の窓口へと向かった。



「船旅って快適だな〜」

「……………………」

「いやー、こんな時に潮風に当たったら気持ちいいだろうな〜」

「じゃあ今すぐ当たってきたら?」

「それは無理」

「…..このやり取りもう何回目よ?」

「…..3回目くらい」

「いい加減にしてほしいんだけど」

フェリーが出発して数分後。

翼は今の俺の状態に呆れた様子であった。

「てかあたし外に出てきていいかしら?」

「ダメ」

俺はここに来る前にフェリーに乗らなければならないということを完全に忘れていた。

フェリーに乗ってから俺たちは客室から1歩たりとも出てきていない。

なぜか?

結論から言うと俺は船が苦手だ。

だって泳げないから。

だから室内から出てきたくないのだ。

「高校生にもなって泳げないってどういうことよ…..」

「別に珍しくなんかないぞ! いるもん俺の友達にも泳げないやつ!」

「それはあんたの友達が部屋でゲームやって引きこもってるような運動音痴ばかりだからでしょ! 類友よ! る・い・と・も!」

「くっ…」

別にフェリーが沈没するだなんて思っちゃいないが、今自分が海の上にいるって考えると、どうしても恐怖心のようなものが湧き出てしまう。

「もういい! あたし1人で外出てくるから!」

翼が1人で席を立とうとする。

「待って! 俺を1人にしないで!」

「あーもう! もうあんたとは二度と 新谷島(にやじま)なんか行かない!!!」



************************



程なくしてフェリーは目的地の 新谷島(にやじま)へと着いた。

「いや〜いい船旅だったな〜」

「はいはい、行くわよ」

俺の悪ノリを軽く受け流しながら翼は先に 新谷島(にやじま)のフェリー乗り場の出口へと歩いて行ってしまう。

「おい、待てって...」

俺も少し慌てて出口へと向かい外に出る。

今日は平日であるが新谷島は外国人観光客や大学生の若いカップル、などで賑わっていた。

そして、やはりというべきかお馴染みの光景が。

「やっぱりいるな鹿」

「かわいい…」

「餌はやるなよ」

「わかってるわよ」

そう、この島には野生の鹿が生息している。

行き交う人々に紛れて歩いているやつもいれば、寝そべってくつろいでいるやつもいる。

昔は鹿に触っている人もよく見かけたが、今ではお触りも控えるように注意書きもされている。

そんな鹿達を尻目に俺たちは目的の”世界遺産”へと向かうため歩みを進めた。



目的地は程なくして見えてきた。

なぜならとびきり目立つ建物があるから。

「相変わらずでっけぇ鳥居だな」

目の前には海に浮かぶ朱色の巨大な鳥居があった。

今日の目的地は 新谷島(にやじま)神社だ。唐島市内にあるドーム型の建物と同じく世界遺産にも登録されてある。

あの巨大な鳥居はこの神社のシンボルマークのようなものだ。

海の潮がひいている時は鳥居の真下まで歩いて行くことができる。

「鳥居の下まで行ってみたいな」

「今すぐ行ってきなさい」

「目の前をよく見てから言ってください翼さん?」

「じゃあさっさと中に入るわよ」

今は潮が満ちていて鳥居の脚はどっぷり海に浸かっている。

俺は忍者ではないため残念ながら水面を歩く術を持ってはいない。後、泳げもしない。

2人で入場料を払って 新谷島(にやじま)神社の中に入る。

神社自体も海の上に建っているため、雨が多く降ると冠水することもあるが今日は大丈夫そうだ。

「ここにきたのってやっぱりあれか?」

「そう、合格祈願」

「受験はまだ1年以上先だぞ」

「わかっててそういうこと言うのほんとムカつくんだけど」

そんなやり取りをしつつ境内を歩く。

しばらく歩くと神社の中心にある本殿までたどり着いた。

後ろには海を一望できる平舞台があり、さっきの大鳥居が景色のど真ん中にどっしり構えられている。

それらを背に俺たちは参拝をすることに。

年末年始でもない普通の日のため参拝客による列ができてたりはしていない。

翼と並んで立ち賽銭を投入する。

二礼二拍手一礼してしっかりお祈りをした。


『『コンクールで賞が取れますように』』


願いはもちろん、俺も翼も同じ。

言葉はなくてもそれを感じられていた。

翼も同じことを思ったのか、参拝を終えた直後、俺と顔を合わせるとくすぐったそうに笑った。


「おみくじは引かなくていいのか?」

「いいわよ、あそこのおみくじ凶がよく出るみたいだから」

新谷島(にやじま)神社の神様は厳しいからな」

時期が時期でなければおみくじくらいやってもいいのかもしれないが、今凶なんて見せられたら縁起でもないためやめておいた方が賢明だろう。

「それで、これからどうする? 飯でも食うか?」

「あ、あたしカキフライ食べたい」

「じゃあそれで」

そう決めて俺たちは商店街の方へと足を運んだ。



2人でカキフライを食べた後は 新谷島(にやじま)の中央部にある仁山(にせん)という山に登った。

歩いて登山をすることもできるのだが、俺も翼もそこまで体力があるわけでもないため、他の多くの観光客と同じくロープウェイを頼った。

現在はその頂上まで来ている。

ここからは瀬戸内海が一望できて、まさに絶景という言葉がふさわしい景色が広がっている。

広がっているのだが…

「なぁ翼」

「…………」

「いい加減機嫌直せよー」

「……うるさい」

隣の翼さんはご機嫌斜めであった。

というのも頂上まで行く前に仁山(にせん)にある神社に寄ったのだが、翼はあまり乗り気ではなかった。

理由は後になってわかった。

この神社は縁結びの神社なのだった。

それも知らずに俺は、翼を引き連れて本日2度目の参拝をしたのであった。

いや、1200年消えない火とか有名なのがあるって聞いたから見てみたいと思ったんだよ…

ていうか翼も神社のこと知ってたなら教えろよ…

ちなみにどのタイミングで気づいたのかというと御守りのところに縁結び関連のものがいくつもあったのを見たところでようやく気づいたのであった。

そして乗り気じゃないのに連れて行かれたのが不満だったのか、それとも他に何か原因があるのかわからないが、それ以降翼はご機嫌斜め状態であった。

「…何よ」

さっき何お願いしたんだよ?言いかけてやめた。

こいつが俺に言ったことを考えると聞くだけ野暮なことかもしれないと思ったから。

「……いい景色だな」

「何よ、それだけ?」

言いかけた言葉を飲み込んだら何を言えばいいかわからなくなってしまったため、適当に景色を褒めたらなんだか微妙な空気になってしまう。

「いや、なんかすみませんでした…」

「別に怒ってなんかないわよ。普通に…恥ずかしかっただけだから」

俺の方は向かず、目の前に広がる瀬戸内海を見ながら翼は言った。

その顔はほんの少しだけ赤い。

まぁ本音を言えば縁結びの神社に行ってしまったと分かった時点で俺もかなり恥ずかしかったんだけども。

「でも、なんだか現実じゃないみたい」

「今いるのは間違いなく現実世界だと思うぞ?」

「ええ…そうなのよね」

そう静かに呟いた。

「ジュンと一緒にコンクールの作品作りができたのも、こうして一緒に出掛けられてるのも」

「美術の作品作りとかで協力すること自体は前からあっただろ」

「そうだけど、今はそれとは違うじゃない」

俺の返答がマズかったのか、不満そうな様子で翼が言う。

「これからも何かするときはよろしく…ね?」

でも、すぐに困ったように眉を寄せて聞いてきた。

「ああ、もちろんだ」

そんな翼に俺は自信を持って答えた。

「2ヶ月後には、今以上の関係になれたら良いな」

「……馬鹿」

そう言うと翼は顔をさらに赤くして俯いた。

それ以降お互い何も言わずに、しばらく瀬戸内海の絶景を見つめていた。

正直に言うとこんなのは翼らしくない。

今日のフェリーでの移動の時みたいに、俺の様子に怒鳴っている姿が俺のよく知る翼の姿だった。

いつも俺に当たりの強い彼女が。

でも、そんな彼女が最近見せる、頬を赤らめたり、笑いかけたりする。

そんな姿が、ギャップが、俺にとってはとても新鮮で、そして、もっと自分にだけ見せてほしいと思ってしまう。


だからこそ俺は………



************************



それからの2ヶ月もよく翼と過ごした。

まるで、その先のための準備をするかのように。

はたまた2ヶ月で終わってしまうかもしれない時間を大切するかのように。

だけど、泣いていても笑っていても、その2ヶ月後はやってくる。

そして、ついに結果がわかる日が来たのであった……

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