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バルガク。  作者: ホワイト大河
第一章 踏み出したから、始まった
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追憶の彼方に(10)

 11月13日(火) 12:39



「……なんて事が今朝あったんだよ。」

「タツヤは口軽すぎじゃね?」

「でも……その、堂々とキスなんて、勝手にバレちゃいますよ……」


早速俺はツヨシとコウタにも今朝の出来事を話し終えていた。

いつも通りこいつらはそこまで美味しくは見えない寮の飯を食っている。


「しかしあいつら、堂々とちゅっちゅ、ちゅっちゅと……」

「何でわざわざ効果音選んだの?ちょー卑猥じゃん。」

「終いには「タツヤも早く良い人見つけなよ~(・∀・)」なんて適当な事言いやがって!俺にはもう居るんだぞ!パソコンの中にだけどな!」

「そのドヤ顔やめてくんない?」


朝からあんなものを見せられたせいで俺の頭はボケまくっており、

ツヨシにとにかくツッコミを入れられている。

しかし少しだけ、ほんの少しだけ考えたのは、

男同士のキスが、思ったよりキモく見えなかった事だ。

最初こそ衝撃を受けたが、もう慣れてしまったというのもあるのかもな。

まあ相手役がテルという可愛い系男子ってジャンルのやつだったからで、

やはりオッサン同士やキモオタ同士のキスは見るに耐えんぞ。


「なーツヨシ、お前はキスした事あるかよ?」

「……質問投げ槍過ぎじゃね?まーあるけど。」

「クソッ!リア充め爆発しろ!」


俺の質問が投げ槍になっている事も自分では分かっている。

こうした突っ込んだ質問はあまり聞けないのでな。

さて、まさかとは思うが一応聞いておこう。


「コウタ、お前もないよな?」

「ない前提で聞くのやめて下さい……まあどうせないですけど。」

「それでこそ我が友よ!」


やはりコウタは良い奴だ。

俺の期待を裏切らない。永遠の親友で居たいぜ、こいつとは。

ため息交じりに俺は椅子を傾ける。


「まあ早くファーストなんちゃらを済ませておきたいもんだよな。」

「……そ、そうですかね……」

「気にしすぎじゃね?ほら、非童貞は童貞を実際馬鹿にはしないって言うし、貫通したトンネルは、未貫通のトンネルを馬鹿には……」

「前半もあれですけど後半も下ネタですよね?ツヨシ君自重して下さい。」


俺にはよく何を言ってるのか分からなかったが、

とりあえず特に考えもなく俺はポツリとコウタに言った。


「俺たちでキスしとくか、コウタ?」

「にゃぱっ!」


あれ、今猫居た?

それからコウタが飲んでたお茶は、滝のように汗とともに口から流れ出ている。

ゆっくりと、しかし確実に、コウタは顔を赤らめた。


「ばっ、何考えてんだよ、冗談に決まってるだろ!」

「で、ですよねー!!いや分かってますよもちろん、ただちょうど発作が起きて、全身の筋肉弛緩しちゃって……」

「それはそれでヤバいだろ。なんて病気だよ!」

「ネガティブ病です。」

「納得した。」

「お前ら二人共バカじゃね?ちょーお似合いじゃん。」


ツヨシが嫌な笑いを含んでそんな事を言ったのが、

少し気にはかかったが、まあテル達はともかく、

俺たちはいつも通りの日常が、これからも続いていくのだと思う。



  ○   ○   ○   ○   ○   ○



「ただいまー。」

「おお優希、帰ったか。遅かったな……」

「優希姉、お帰りー。」


ある広いマンションの一室に、花園優希は帰ってくる。

それを出迎えたのは二人の男。兄の翔希(ショウキ)と、弟の英希(ヒデキ)

三つ子兄弟の二人に対して構う事もなく、

自室へ向かおうとする優希を、兄翔希が呼び止める。


「おい優希。総希兄が呼んでるぞ。」

「え?何かしら。」

「……大事な用、だってさ。」



  ○   ○   ○   ○   ○   ○



「そういうわけで先輩、よろしくお願いします。」

「承りました。渋谷君、準備大変でしょうけど……」

「ええ、先輩に迷惑はかけませんので。」

「……さすがですね。ベストを尽くせるよう祈ってます。」


現・図書委員長の肩書きを持つ男がそう言って背を向ける。

渋谷と呼ばれた男が頭を下げ、図書委員長の去る背中を見送る。

それから一人、渋谷は不敵な笑みを浮かべる――



  ○   ○   ○   ○   ○   ○



広い敷地の様子は、古風な日本庭園そのもので、

鹿威しの音が鳴ると共に、着物に身を包んだ男が床に手を付ける。


「兄上。今回の事はさしたる障害でも無いと思いますが……」

「……左様。この空、曇らせるでないぞ……」

「重々分かっております。この度はよろしくお願い致します。」


この巨大な屋敷、城崎家には、座して向かい合う二人の男のほかに、

それを襖の隙間から覗く、彼らの妹である城崎弓がいた。

不安げな表情を浮かべた彼女は、気づかれることなくそっと戸を閉める。



  ○   ○   ○   ○   ○   ○



「俊平、早くしろ……」


友人を急かす長身の男は、落合恒太のルームメイト、菊池博明だった。

彼が見つめる先には、慌ただしくペンを走らせる赤髪の男が居た。


「待ってくれ!もうすぐだっぺ!」

「……先に帰るぞ。」

「で、出来たっぺ!付いできてぐれ!」


若干発音に訛りを含む赤髪の男は、書類を持つ手とは別の手で鞄を掴んだ。

それから菊池の制服の袖を掴み、渡り廊下へと駆け出していく――。



  ○   ○   ○   ○   ○   ○



「和佳子様ー!ほ、本当ですか、りっ」

「うるさい黙ってて。」

「わ、和佳子様ならきっと大丈夫で」

「聞こえなかったなら消えて。」


花束を手に近づいてきた男たちを払いのけて、テルの姉、月山和佳子は、

ある書類を手に廊下を歩いていた。

すると男たちの一人がその書類を横から覗き見る。


「……あれ、推薦者代表って一年生ですか?」

「勝手に見てんじゃないわよ。……見つけたのよ……逸材。」



  ○   ○   ○   ○   ○   ○



「それじゃ、よろしくね。」


枯葉の散る校庭に、まるで桜が咲くかのような笑顔を持つ男、

桜塚紅は、ふんわりとした笑顔で隣の男に微笑みかける。


「任されました。どんな相手が来るのか、楽しみですね。」

「うん……ちょっと不安だな。」

「逆境に立った時こそ、笑うのです。」


その男、「教祖」と呼ばれた男、勝村幸夫――。

彼の背後に潜む大きな何かを、桜塚は期待しており、

……恐れても、いた。



  ○   ○   ○   ○   ○   ○



 生徒会長立候補

2-1 花園 総希

2-4 渋谷 隼人


 副会長立候補

2-2 城崎 仁


 事務局立候補

2-1 後藤 俊平

2-3 月山 和佳子

1-2 桜塚 紅



渡り廊下に張り出された「生徒会役員選挙・立候補者」の一覧表。

それを前にして、二人の男女が意味深な表情で立っていた。


「今日は立候補初日のはずだが?もうこんなに立候補者が揃ったか……」

「今年はバルガク創立十周年。みんな気合十分よね、大変そうだわ。」

「遅れを取ったか。……立候補要件を確認しよう。推薦者を五名揃え、立候補者と推薦者代表は檀上でスピーチ。……無論、推薦者代表は君で構わないか?」

「仕方ないわね……で、推薦者五人のアテはあるの?」

「君にも分かっている事だろう。」

「……うのぽん達ね?まあ頼りになるんじゃないかしら。」


女子……綿華小百合は大きく伸びをして、表に書かれた名前を改めてチェックする。

それから手元の要項と見比べて、ため息をついた。


「会長は一名、副会長も一名、事務局は三名が当選……ねえ、どれにするんだっけ?」

「ハッ!前話したはずだが?事務局だ。」

「ふーん……でも結構なメンバーが揃ってるわよ。」

「「寮長」後藤俊平、「ハイエナ」月山和佳子、「春風」桜塚紅……当然用意してくる推薦者代表も錚々たる顔ぶれになる事だろう。敵として不足なし!」

「大した自信よねーホント。」

「ハッ!人々は神の出現を待ちわびている。……行くぞ。」


神を名乗る男――上川大樹は、風を切って歩き出した。



「さあ、神の時代の幕開けだ――」


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