追憶の彼方に(3)
一部BL描写が濃いので、閲覧注意です。
――「はじまり」であり「おわり」であるあの日。行為を終えた俺は、直前の俺を殺したかった。気付けばテルを襲い、テルの純潔を奪った俺を。
「大丈夫か?」
慌てて、行為が終わって裸で横たわるテルに声を掛けた。テルは自分の腕で両目を覆いながら、赤い顔をしてゆっくりとうなずいた。俺は一生、この言い知れぬ罪悪感を背負って行くのかもしれなかった。
黙ってタオルを渡した。俺もテルも、汗をかいていた。なるべくテルの様子を見ないようにしながら、俺も俺で自分の体液をぬぐい去るのに必死だった。ぬぐい去れば、嫌な記憶も全て忘れられる気がした。
「ありがとな」
口が動いた。必死な笑顔をした。今、一番何をすべきなのかは分かっていた。謝らなければならなかった。が、一度謝ってしまうと、今犯してしまった罪を明確に認めてしまう事になる。「ごめん」の一言はそういった恐怖から、この場で出ることは無かった。
テルが怒っているようなら、「ごめん」と言ったかもしれない。しかし、テルは何故か――笑っていた。とても、悲しそうに。
「帰るね」
その一言だけを残して、服を正したテルは、部屋を出ていった。いつもなら送るところだったが、足が動かなかった。……テルは笑ってくれた。笑ってくれたおかげで、俺は、罪に目を背けてしまう事が出来た。こうして、俺たちの日常は変わった。テルを俺の家に呼ぶと、たまに様々な感情を抑えられなくなって、俺は頻繁にテルを押し倒した。
それでも笑い、健気に俺を慕い続けるテルを、どうしようもなく好きになった。カナと居た時から、テルの事を何となく想い続けていたのかもしれない。しかし、テルに思いを伝えることは、怖くて出来なかったし、俺は度々冷静になって、テルの気持ちは変わってしまっているし、俺はどうしようもない罪人だと、気付くのだった――。
11月 9日(金) 17:29
今日買える物品を、近くのスーパーマーケットから調達し、準備組としての事前準備をちゃんと終えておく。それから一度飯島に無理やりサイズを測られ、猫のコスプレを渡される。
飯島はよほどこの衣装にこだわっているらしく、昨日は嫌がる俺たちに、脅して無理やり着せる事になったものの、そもそもコスプレの代金自体は飯島がすべて支払い、俺たちの大方のサイズを把握して完璧に注文し揃えていた。だから俺たちの方から代金を多少支払うことを提案したほどだった。
そうして一通りの準備を終えた俺たち準備組は、帰宅許可を与えられて、しばらくは調理組の試作に付き合って味見と称し色々もらっては居たものの、あまりにも飯島を始めとする調理組がみんな真剣に頑張っていたので、ポツポツと自然に帰っていく。俺は手伝おうかと悩んだが、料理が特別上手でも無い俺が絡んでも意味もないと思うので、渋々帰宅する事にした。
同じ準備組で、俺と同じように、何か手伝おうという気持ちに駆られながらもする事がなく、帰るしかなかった竜飛と、調理室を共に出た。
「いやーあいつらスッゲェ張り切ってるよなァ!」
「全然踏み込む隙が無かったな!」
「そうだよなァ!……あーなんだかんだでやっぱ明日楽しみだぜ!」
「それは同感だな!」
俺も相当明るいほうだと思っているが、竜飛は俺以上に明るい。陸上部で常に太陽にさらされている俺と違って、剣道場で竹刀を振る彼は肌色があまり黒くなく、そして特に決まった髪型もない俺とは対照的に、いつもワックスで固めた茶髪を見事にセットしている。
「とにかく劇が楽しみだぜ! 優希が主演だもんなァ……」
「優希って、花園優希か?」
「そうだぜ! あいつめっちゃ可愛いよな!」
これは自然なカミングアウトなのだろうか。容姿においては非の打ち所のない竜飛でさえも、ゲイなのか。やはりバルガクの力を思い知らされる。……とはいえ俺も今はテルが好きなわけだ。しかし自分の事をゲイであるとはあまり考えた事がない。竜飛もきっと同じ事だろう。
「じゃあな洋次! また明日も準備頑張ろうぜ!」
「……おう龍馬! じゃあな!」
龍馬は体全身を動かして、駆け足気味に消えていった。竜飛龍馬とはこれまで用事がある時だけ話すような、少し疎遠な仲ではあったが、今日準備組として一緒に動いたし、色々話した。そして、初めて自然に下の名前で呼ばれた。文化祭の良さは、こういった風に友達が増えることにもあると俺は思う。
そんな事をぼんやりと考えていると、手を大きく振って早足で前を歩く男の姿が目に入った。特徴的なあの歩き方は、顔を確認するまでもなく達也だ。帰りに達也と会うのは随分珍しいが、この文化祭シーズンならではの事に入るのだろう。
「おっす達也! 達也も準備だったんか?」
「……洋次か。いやそれもあるが、展示する作品書いてたんだよ。ったく面倒な仕事がやっと終わったぜ」
達也は大きなため息をついた。達也はため息をついてばかりの気もする。部活というものはそもそも普段から行くのが当たり前のもので、こういうシーズンだけ行くものでも無いと思うが、書道部にそんな活気のあるイメージが無いので仕方ないものかなとも思う。
「達也は劇見に行くんか?」
「ああ、友人が照明やってるらしいからな。一応行くと思うけど?」
「そうか、俺もテルの活躍見に行かんとな!」
「……そういやテルも五組だっけ。テルは出演するのか?」
「そうらしいぞ!エキストラ役らしいけどな」
「そうか、テルらしいぜ……」
よくよく考えれば、達也というのは実に貴重な存在である。そのキャラクターが、という意味ではなく、テルと俺の関係を知っている上、俺たちのやり取りを毎朝直に見ている存在だ。その意味で最も客観的な意見が出来る男と言っても過言ではない。あまり人に相談するのが好きでない俺だったが、達也の意見は是非聞きたいと思った。
「……ところで達也、俺ってテルにどう思われてると思う?」
「は?」
……それだけ言えば俺たちの関係の事を訊いていると分かる人も多いだろうが、相手が達也だという事を忘れていた。達也にはストレートに言わなければ伝わらない。
「テルって俺の事嫌いなんじゃねえかな?」
「いや、そんな事ないだろ」
即答だった。偽りなき目で達也は俺を見ていた。……一瞬素直に喜びかけたが、そもそも達也は人の感情について非常に鈍い。いくら客観的に見ているとは言え、俺たちが、むしろ俺が、深刻な問題に突き当たっている事には全く気付いていなさそうだった。
「……言い切れんのか?」
達也の考察が不満とばかりに俺は一歩踏み込んだ。達也はしばらく考えて、同じような答えを出した。
「だってテルってお前と居るとき、話してるとき、常に笑ってるし」
「そうか?」
「俺との話ではあそこまで笑わないぞ、少なくとも」
そんなに笑っているだろうか。それは単純に達也がテルの気に障ることをちょっとずつ言ってるからでは無いだろうか。……笑ってる、か。俺はあの辛そうな笑顔しか思い出せなかった。優しい笑顔のテルは、もはや追憶の彼方に遠ざかってしまっている。
「テルから聞いたけど、お前らって出かけたりしないんだな。洋次が家で勉強教えてやってるだけかよ。つまんねえな」
「……は?」
「家では…… その、ヤる事あるのかもしれないが、友達ではあるんだからたまには出かけろよ。文化祭とか一緒に見て回ったら?」
達也はくしゃくしゃっと前髪を掻いた。それは、沈黙してしまった俺に対する、達也なりの気遣いだったのかもしれない。ただの単純な気まぐれにも聞こえたが、俺にとっては良いアドバイスだった。俺とテルは確かに、友達だった。
その後分かれ道で達也とは別れたが、俺はしばらく達也のアドバイスを真剣に考えていた。……明日劇が終わったら、久しぶりにテルを誘おう。本当に純粋な意味で、あいつを誘おう。




