追憶の彼方に(1)
ストーリーは第三部「月と太陽」の続きです。
――何かあると洋次、洋次と俺を求めてくるあいつは、多分俺に対して、単なる友情だけでない感情を求めてると思う。……そんな疑問を抱いていたあの時は、俺自身カナと付き合っていたから、まあそうかもしれないがどうでも良いかというくらいにしか考えてなかったのは確かだ。
「洋次、また今度勉強教えて。デートじゃない日にね」
テルは頻繁に俺の彼女の事を気遣うような発言を繰り返す。それが多すぎて、逆に怪しい。三回に一回は彼女の名前がテルの言葉の中に登場する。テルは決まって哀しそうに笑った。やはり、俺の彼女の事を多少なりとも意識しているのだろう。
しかし俺としては彼女を大切にするつもりだし、そもそもこれは俺の憶測に過ぎないわけなのだから、その事を言及するつもりもなかった。ただ勉強を聞きに来る回数が、前よりも増えている気もする。
「おう! ってか、まだ分からん所があるのかよ」
「うん、バカだから……。あと、ノートはすぐ返さないとね」
最近では、彼女といる時間と同じくらい、テルと過ごしている。この前彼女に、「月山君と一緒にいる事多いよね」と言われたばかりだ。別に俺としては変な気持ちは微塵も無い。だが周りからはそういうふうに解釈されても仕方ない。少しは気を付けないとな。
「明日空いてるから、明日来いよ!」
そう思ってはいても、こうして頼ってくれるテルの事を簡単に見捨てる事は俺には出来ない。テルが俺に抱いている感情は、きっと信頼が形となって表れたものなのだろうと思う。こうやってなあなあにしてしまう俺の性格は、良い所であり悪い所でもあろうが、世の中には明確にしない方が良い事もある。
テルと別れ、家へ帰って携帯を開くと、着信が入っていた。カナからだ。歩いてる時だったから気が付かなかったのだろう。俺は身構えることもなくかけ直した。
「……どうした、何か用事か?」
『……洋次君、突然だけど…… 別れよ』
その瞬間、俺は頭の中が文字通り真っ白になった――。
11月 8日(木) 8:45
今週末に迫る文化祭に向けて、準備は足早に進んでいた。今日の一時間目はホームルームで、文化祭の担当の最終確認だった。赤っぽい髪をした、テルに負けず劣らずお花畑系の学級委員が説明を始める。
「屋台で出すチョコバナナの試作は今朝済ませました。今調理室の冷蔵庫で冷やしてもらってるから、あとで持ってきます。是非食べてくださいね」
バルガクにおいては希少である女子全員を含め、実技教科トップの男を差し置き、家庭科のみではトップに君臨するこの学級委員「桜塚 紅」は、柔らかい笑みを浮かべる。そんな彼が未だに彼女も彼氏も居ないのが不思議でならない。彼は流れるように説明を続ける。
「屋台の担当を再確認します。秋山、一ノ瀬、大山、品川、瀬田、外川、西谷、吉田、米光、それから自分の十名で良かったですね?」
名前を呼ばれた九人がそれぞれ返事をする。委員を中心に組まれた屋台担当の十名には、きっと空き時間もそこまでもらえない事だろう。俺はクラスから特別孤立している訳ではないが、こういう役には立候補しない。協力したい気持ちもあるが、自分の時間を有効に使えなくなるのはうんざりだ。
「では展示の方は、そっちの代表の文化委員飯島さんにお願いします」
「了解、紅お疲れ!」
「うん、ありがとう」
行動力のある「飯島 光」は早足で、常にボーッとしている担任浅田先生の横を通り抜けて、教壇に立った。彼女は大きな紙袋を二つ、大事そうに抱えていた。横に垂れた茶髪を振り払ってから、彼女は話し始める。
「私たちのクラスの展示は、前から話していた通り「アニマル喫茶」よ!」
クラスがざわつく。前から話してもらった記憶が無いからだろう。そのざわつきを見越していた飯島は何てことないって顔をしている。茶髪を頭の左側にまとめ上げて束ねる様子は何とも女子高生らしいが、その行動力は男勝りと言っても過言ではなかった。彼女はバンッと机を叩いて注意を引きつけた。
「静かに! 大事なのはインパクトよ! 他がやるような事をやってたら、一組・五組の劇には勝てないでしょ!」
こうなったら彼女は止まらないのを知っているクラスメイト達は、渋々文句を言わなくなっていたが、最後まで抵抗したのはクラスのムードメーカー、「竜飛 龍馬」だった。彼は後頭部の茶髪が気に入らないようで、その部分をずっと手ぐしで直しながら、不平を言う。
「おいおい飯島、元々優希たちのクラスには勝てねェって」
「竜飛君は黙ってて!ってかあなたは販売要員に必要不可欠なの!」
「なんでだよっ!」
「あなたは大事なイケメン要素なのよ!」
「意味わかんねェし!」
やたらテンションの高い二人のやり取りに、クラスの一部からは笑いが起きる。この底なしの明るい雰囲気が、ほかのクラスにない特徴だろう。飯島は最後の竜飛のツッコミに反応することも無く話を続けた。
「とりあえず、準備組と調理組は前話した通りに分かれてね。ちなみに接客は全員がシフト制よ。もちろん公平を期すために、屋台メンバーにもちょっとは参加してもらうわ!」
それでは屋台メンバーはこの文化祭でかなりハードな役割を負うことになるな……やはり立候補しなくて良かった。落ち着いている桜塚と違って、飯島にはどことなく周りの反論や嫌な空気が見えていない所があるが、それが彼女の良さでもある事はクラス中が知っている。ただし、次に彼女が紙袋から取り出したモノを見れば、それは彼女の暴走と位置づけざるを得ない。
「接客の時は、全員この格好ね…… 女子はバニーガール! 男子は猫の着ぐるみよ!」
彼女の右手には、黒いうさぎ耳のついたカチューシャと、際どい服に網タイツ。左手には、色の違いはあれど、腹の部分にハートの穴が開いていて、もこもこの毛で覆われており、何とも恥ずかしい尻尾のついた店では共通の、猫の着ぐるみ衣装だった。……これを暴走と言わず何と呼ぶのか。
さすがにクラス中から不満の声が上がった。場所を間違えば逮捕されかねない衣装だ。俺もそれらの声には便乗させてもらったが、飯島は動じることなく、毅然とした態度で怪しげなノートを取り出した。
「私の調べた好きな人リスト。あ、恋愛相談所に来てくれた人のものはちゃんと除いてあるけど、クラスのほぼ全員の好きな人を私は把握してるわよ。皆さんの選択次第では、これを学校中にばらまく事になるけど、どうしよっか?」
性格が悪すぎる。第一それは例えば俺の好きな人の所にはなんて書いてあるんだ。自分でも予想がつかないがもしそれなりの人物の名前が書いてあったとすると、それが真実で無かったとしてもぎくしゃくしてしまうのは事実だろう。クラス中がそういう考えに至ったようで、全員見事に押し黙った。
彼女は主に同学年の生徒を対象に、恋愛相談所を開いている。そこは意外と人気のようで、何度も相談に来る生徒が男女を問わず多いらしい。そのため観察力には常日頃から優れているのだろうが、いつからそういうあくどい事を考える女になったのだろうか。この様子では、一ヶ月くらい前から飯島と付き合い始めたという秋山が尻に敷かれているのが手に取るように予想できる。秋山にはご愁傷様と言ってやろたい。
「決まりね♪」
「光、ちょっとやりすぎなんじゃ……」
「あら、さっきも言ったけど紅だって着るのよ? そして私はもちろん率先して着るわ! 宣伝のために、休憩時間もバニーを着たままうろつかせて頂くわ!」
それはそれで危険であるが、もう飯島に言い返す事が出来る者は居なかった。文化祭の日は、クラス全員が揃って辱めにあう事がこの時決定した――。
文化祭が迫る期間は、授業での先生の適当加減がますますひどくなるので、授業さえもあっという間に終わってしまい、放課後がやってくる。うちのクラスの調理組が試作を重ねているようだったが、準備組にまわされた俺は、忙しいのは前日や当日の朝だけだから、部活も休みになるこの期間、暇を持て余してとりあえず帰路に着く。
同じようにトボトボと前を歩く男が居た。何となく会うんじゃないかと予感がする日は決まって会うのだ。それはテルだった。なるべくあいつを驚かせないように、わざと足音を大きくして俺はテルに近づいた。
「おっすテル! お前も暇してるんだな」
「うん、まあ僕は明日のエキストラだから」
「そりゃ当日じゃないと暇だな!」
「あの日」から、テルの反応は薄くなった。それはむしろ当たり前の事だと言っていい。本来ならば俺とは口もききたくないはずである。あんな重い罪を犯したというのに、俺はそこまで大した罰を受けてはいなかったのだ。
強いて言うなら、テルが俺にそういった罰を求めてこない事こそが、罰なのかもしれない。俺は一生悔いる事を許されないのだ。テルの何とも言えない表情を見ていると、また「あの日」の事が脳裏に浮かびあがってくる――。




