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バルガク。  作者: ホワイト大河
第一章 踏み出したから、始まった
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月と太陽(3)

『一歩前進だな。』


電話の向こうの友人は、僕の報告を聞き終えた後、そう言った。

勉強の事や部活の事は洋次に相談できる。

だけど洋次との事は……洋次には相談できない。

だから僕は、洋次との事はずっと良助に、相談してきた。


「……うん。でもやっぱり今は後悔の方が大きいかも~。」

『何に対してだよ。』

「……そうだね~、これで色々な関係が崩れちゃうんじゃないかって事かな~。」


僕はなるべく明るい声を出した。

前髪が気になって、どうしても弄ってしまう。

電話の向こうの良助は黙ったままだ。


「簡単に言えば、僕は洋次に利用されてきたからさ~。もう勉強とか教えてもらえなくなるかも~。」

『本当にそうなったら、洋次も本気で性格悪くなったもんだよ。』


良助の声が半笑いだったように聞こえた。

……洋次と良助。相変わらずな関係なんだな、と僕は思う。


いつからだろう。幼なじみ四人が、バラバラの道を歩み始めたのは。

きっとそれが、大人になるという事なんだろうけれど。

何もこんな形で、関係が変わらなくても良かったのに。


『そういや達也にもまだ何か訊かれるのか。』

「さすがにもう、あんまり訊かれないよ~。前はっきり言っちゃったから~。」

『それで良いと思うよ。あいつはデリカシー無いしな。俺に普通にお前たちの関係の事相談してきてたから。』

「……本当に何も気づいてなかったんだよね~。良助なんて二回目か三回目のHのあと、すぐ気づいたのにさ~。」


『達也は素直だからな。良い意味でも、悪い意味でも。』


良助の声がやたら透んで聞こえる。

僕には決して言わないし、きっと誰にも言ってないんだろうけど、

やっぱり良助は、達也の事が――。



『で、今日踏み切れた原因は何だ。』

「……え?」

『今まで一年も苦労してたんだろ。何かきっかけがあって、踏み切れたんじゃないのか。』


……脳内で再生される映像がある。

あの時の彼もそうだった。ずっと、そうだったんだ。

それを、今日見ただけだった。早く、目を開けていれば良かったんだ。


「……目」

『何だ。』

「……いや、分かんない~。なんかふと我に返った感じかな~。」

『気楽な答えだな。』


今の嘘は、良助に伝わっただろうか。

察しの良い良助の事だからきっと伝わっているだろう。

でも、相談相手との会話で嘘をついてはいけないなんて決まりはないんだ。


……そもそも僕は今、何で嘘をついたのだろう。

人が嘘をつく時は、真実を知られることが怖いとき。

それなら僕の、真実とは何なのだろう。


『そろそろ飯だわ。』

「……分かった~、それじゃあまたね~。」


良助との電話を切って、時計を見る。

夜九時だ。良助は相変わらず遅い夕飯なんだ。

そこでふと、携帯の画面を見つめた。良助との電話中に、着信が入っていた。

それも十分おきに三件。全て同じ相手からだった。

住田洋次。……僕は逃げるように携帯を置いて、勉強机の前に座る。



シャーペンを握ってみても、思考がまとまらない。

全ては今日の拒絶のせいなのだろうか。

でも、これからは洋次に頼らずに、勉強を出来るようにならなきゃいけない。

洋次には効率が悪いと言われようと、僕の勉強法だってある。

洋次を拒絶したからって、テストが無くなるのではないのだし。

洋次に教わる事が最も効率的である事は当然分かっているけれど、

もう頼れないと思うべきなんだ。


教科書を開くと、もうそれだけで嫌気が差してくる。

英語のノートを広げて教科書を見ながらとりあえず知らない単語を書いてみる。

と、ノートの隅に洋次が書いた文法の解説が残っているのを見つける。


お世辞にも綺麗とは言えない字だったが、

教科書でざっとしか説明してくれていない部分を、

僕に分かるように丁寧に書いてくれてあるのだ。


僕はそのノートの上に顔を伏せた。

単純に勉強が嫌いだから、面倒になった気持ちもあるのだけれど、

それ以上に大きいのは、やはり後悔だ。


このまま体の関係を続けていた方が、幸せだったのだろうか。

シャーペンが手元を離れて机の上を転がっていく。

勢いに乗ったシャーペンはそのまま机を離れ、

静まり返った室内に、カシャンと甲高い音を立てた。


いつからだろう。

本当の自分が分からなくなって、嘘つきになってしまったのは。


月はかならず同じ面をこちらに向けている。

誰も見たこと無い面には、何が残っているのだろうか。


少なくとも、僕と洋次の関係が変わってきたのはあの時だ。

僕は目を閉じ、あの時を思い出す――。





「カナちゃんとは上手くいってるの~?」

「それなりにな!」


激しい日照りの中、洋次は照れくさそうに笑っていた。

僕はそれを茶化すように微笑みかける。

中学三年の夏、洋次には「カナちゃん」という彼女が居た。

一つ下の学年のマドンナ的な女の子で、陸上部のマネージャー。

傍から見ても可愛く、気が利いてよきマネージャーだった。


そして当時の洋次は陸上部のエース。

エースとマネージャー、まさに理想的なカップルだった。


彼女が欲しいと言い続けている達也を思いやって、

付き合っているという事実を、洋次は僕にしか教えていない。

良助はこの頃は達也とばかり遊んでいて、

僕や洋次との接点は意外な事にあまりなかった。


「……この前……とうとうヤッたぜ!」

「ホント~?頑張ったね~。」

「めっちゃ緊張したな!……どこ触っていいか分からんかった。」

「ってか手が早すぎだよ~。経験も早すぎだし~。」

「さすがに四か月たったら良いだろ!駄目なんかな?」


洋次は嬉しそうに武勇伝を語ってくれるのだが、

その度に僕は、どうしても上っ面だけ良い反応をしてしまっていた。

別に洋次の恋愛を祝福していないわけでは決してないのだが、

心のどこかに、変なしこりがあった。

「何か」を受け入れる事が出来ていない自分を、感じていた。

……この気持ちは、一体なんなのだろう。


今思えば、この頃だったんだ。

僕が自分の中に眠っている真実を、見つけられなくなっていたのは。


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