存在再定義
「想定以上に大変な事態になってしまったねぇ」
琴音はスマホを見つめながらため息をついていた。
事の発端は1時間ほど前、彼女のスマートフォンにある連絡が来たところまで遡る。
琴音にはとある警官とのパイプがあった。
その警官は超能力などの特殊な力が関わっている犯罪を取り締まる部署に所属しているらしく、シンガンの面子と一緒に事件を解決することも珍しくないと言っていた。
俺の命を狙ってるらしい一ノ瀬心と冥界の神を名乗るヘルは、警察からしても目の敵であった人物だったらしく、俺のボディーガードをシンガンで行い、警察は一ノ瀬の移動ルートを先回りして彼を捉える作戦を練って行動していたと言う。
ただ、琴音に送られたメールの内容はその作戦が見事に失敗した事を示していた。
何10人といた警官達は一ノ瀬心の超能力により全滅。
そして、分の悪いことに一ノ瀬側には彼等に騙されたと思われる一般人二名が同行しており、今も被害にあっているらしい。
事態の鎮静化を図るため、瞬間移動の力を持っている雄二と魔眼を持つるるが一ノ瀬が乗車している新幹線に向った。
牛草霊能事務所のオフィスには俺とファナエル、氷雨と琴音の4人が残されていた。
「アキラ、窓側は危ないからこっちに行こう。いつ何が襲ってくるか分からないし」
ファナエルは俺の服の袖をキュッと握り、窓と入口の扉から一番遠い所へ俺を誘導する。
ちゃっかりと来客用のソファーや机もこの場所に寄せているみたいだ。
『アキラは絶対に死なせない』
『シンガンは嫌いだけど、今はそんな事言ってられないし』
『もし……私より強い何かが現れたら』
ファナエルはずっと不安そうな顔をしていた。
心も声さえも、ずっとおびえている。
「大丈夫。この騒動が終われば、また昨日みたいな日常が帰って来るよ」
「うん……私もそうなるって信じてる」
二人座っても大丈夫なソファーに座って、ファナエルの手を握る。
氷雨と琴音はそんな俺達に何かするわけでも無く、ただただ静かに周囲を警戒していた。
「ねぇアキラ」
「どうした?」
「もし、アキラを殺しに来た人がアルゴスなんか簡単に倒せるレベルで強かったらどうする?」
彼女の瞳に反射していた俺の顔は、自分が想像していた以上に複雑だった。
元々人間だった俺は彼女の願い通り堕天使になった。
それも、ファナエルの力を凌駕する災厄の力を持った堕天使に。
きっと、俺は心の奥底でこの質問に対する答えを得ている。
その気になれば、モヤモヤとしているその答えを言語化出来るだろう。
『私と一緒に逃げよう』
そして……その答えがファナエルの欲している物とは違うことも、何となく分かっていた。
「今の俺はさ、何よりもファナエルが大事なんだ。だからこそ、ファナエルが死んでも駄目だし、俺が死んでも駄目だし……こうやって二人がのどかに暮らせる場所も無くなっちゃ駄目だと思ってる」
自分の両手を見つめる。
沢山天使や悪魔を殺した。
『人を殺してないから法律的には大丈夫』なんて言い訳が気休めにならないほどに、俺の手は汚れている。
夢の中で自分が殺してきた存在にうなされる。
気を抜けば、この手が赤黒く染まる幻覚を見てもおかしくない。
だけど、そんな汚れた手の下にファナエルと一緒に買った服が合って……ファナエルから誕生日プレゼントでもらった腕輪がある。
血で汚れた左手の薬指に、ファナエルとの結婚指輪を付けている未来が頭をよぎる。
それを見る度に、俺は自分の中で何度でも定義するんだ。
災厄と呼ばれる存在になったその意味を。
「だから俺の力で全部守りたいんだ。ファナエルの命も、居場所も……俺自身の命も、守るための力を持っているから」
「ちゃんとアキラ自身の命もそこに入ってるんだ」
それなら良いよ。
ファナエルがゆっくりとその言葉を口にしようとしたその瞬間の事だった。
「え?」
ムードを最初に壊したのは通知音だった。
次に聞こえた氷雨達の声があまりに間抜けで、彼女達が見ているスマホの画面があまりにも不気味な物の様に感じてしまった。
『雄二に一体何が起こっているのです?』
そのあまりに不穏すぎる氷雨の心の声を堕天使の力で聞いてしまった俺とファナエルの体が少し強張った。
次の瞬間ー
事務所の窓が全て破裂するほどの衝撃が町を襲った。
「アキラ!!」
「俺は大丈夫!!一体何が」
割れた窓の先を見つめる。
そこに映っていたのはあまりにも現実離れしていて奇妙な光景だった。
「新幹線が空に浮いているのです?!」
「いや……あれは多分飛ばされてる」
この光景を見て一番の状況を理解している様子を見せた琴音は、自分の中に潜む悪魔に問いかける。
「クロノ、あれの中に冥界の神は居るかい?」
『確実に居る。と言うかそれ以外の魂を感じねぇ。死んじゃね~けど全部ヘルに飲みこまれてるぞ!』
悪魔が叫んだ次の瞬間、宙を舞う新幹線の内部から泥が溢れ出る。
その泥がグルグルとうねり、この町全体を飲み込んでしまうんじゃないかと思わせるほど大きくなる。
町で悲鳴が上がった。
なんの関係も無い住民達がこの異変に気付いた合図だった。
その合図に混ざって、明らかに人の物とは思えない悲鳴が響く。
「これは……」
その悲鳴はこの場で俺が一番理解している音だった。
何故ならそれは、強大な力を持っていながらその力を世界の守護に使わない存在……災厄と呼ばれるそれが現れる時に世界が上げる悲鳴の音なのだから。
「そして、私は世界を揺るがす災厄だ」
決意を宿した誰かの声が響く。
その音の発生源はもはやただの泥の塊とは言えない物に変化してた。
そこに立っていたのは苔むした体を持つ女性の巨人だった。




