私は見ての通り……醜い###の###だよ
大切な誰かに対する強い気持ちで自分の中に眠る力を覚醒させる。
少年漫画、異世界転生、特撮ヒーローなどなど様々な媒体で見てきた密かに憧れてしまうシチュエーション。
そして、力を覚醒させた主人公はその覚醒した力であっさりと、特大のカタルシスを引き連れて強敵を倒すのがお決まりだ。
……しかしながら、現実ではそんなお決まりなど無いのだと、俺は痛感していた。
「ガハッ」
「オラ、さっきまでの威勢はどうした!!」
俺の腹部に強烈な蹴りがめり込んでくる。
目の前で立つ雄二のサングラスに隠れた凶悪な目が俺を逃がさない。
『一気に頭を潰して気絶させる』
雄二の心から声が聞えてきたその瞬間、目の前にいた彼の身体が一瞬にして消え去る。
「上か!!」
俺はすぐさま上半身をひねって右の拳を強く握りしめる。
『#############』
拳を握りしめるのと比例してさっき聞いた心の声にノイズが走る。
俺は自分の感覚に任せて右の拳を真上に突き出した。
俺が付きだした拳の先に雄二が瞬間移動で現れる。
拳の先からあふれ出た黒いノイズ交じりの白い光は彼の身体に食らいつき、派手な音を出して爆発する。
これで6発目……そろそろ倒れてくれないと俺の身体が持たない。
それでもやっぱり、この6回目も今までと同じように手ごたえを感じない。
考えたくないけど、さっきまでの戦いから考えるにあいつは今頃瞬間移動の超能力を利用して受け身を取った後……
『今度こいつの意識を落とす。氷雨の作戦を実行するにはこれしかない』
またすぐに攻撃を繰り返してくる!!
今から雄二の心の声にノイズをかけるには時間が短すぎる。
俺は頭をガードするように右腕をさっと構える。
そして、一秒も立たない間に右腕に大きな衝撃が走った。
「ぐぅっ!!」
「今度は何とか防いだか、その体の変化に段々と慣れてやがるな」
雄二は空中で器用に体を回し、もう片方の足で俺の身体を捉えて吹き飛ばした。
相手は喧嘩慣れしてる超能力者。
俺の身体はもうすでに立ち上がれないぐらいにボロボロだった。
それでも……ここでくたばって倒れる訳にはいかない。
俺とファナエルとの関係を第三者のこいつらにダメにされる訳にはいかないんだ。
「まだ立ち上がるか。今まで色んな奴と会ってきたが、お前ほど諦めの悪い奴は見たことがない」
「ハァ……ハァ……それだけ、俺のファナエルに対する気持ちが……大きいってだけの話だろ」
「……氷雨、これ以上長引くとあいつが人間に戻るのが不可能になる。死なない程度に半殺しにするから、夢の中に入ったらあいつ体の治療もよろしく頼む」
雄二は俺の言葉を無視して後に立っている氷雨にそんなことを言い放つと、スゥっと大きく息を吸い込んだ。
それに呼応してあいつの身体から青色のオーラがブワリと溢れ出る。
次からの攻撃はさっきまでの比にならないレベルの物が飛んでくるってことが直感で分かる。
俺は痛む体に鞭を打って右腕を構え、雄二と同じように大きく息を吸った。
今の俺に出来ることは、あいつから聞こえてくる心の声にノイズをかけて右の拳で殴ること。
そして、雄二が思考を行動に移すよりも前にその全行程を終わらせることだ。
「良い顔してるなお前。思春期特有の不安さえ取り除けば……人間を辞めてまであの女にこだわらなくてもお前は良い恋愛が出来るだろう。何なら俺がナンパの仕方を教えてやろうか?」
「お断りだね。ここでファナエルを諦めて他の女子に手を出すなんてことは」
「そうかい……それじゃ、これで終わりだ」
辺りの空気には異様な緊張感が張り付いていた。
心臓の鼓動がうるさく鳴り響いていく。
一瞬でも雄二から聞こえる心の声を聞き逃さない様に、俺は全神経を集中させていた。
『最初は真正面に飛んで』
来た!!
早くこいつの心にノイズを!!
この戦いが終わるかも知れない最初の一歩を俺達は踏み出した。
そして……そんなやり取りの全てを踏みにじるような異変が狂ったような笑い声と共に俺達の目の前に現れる。
「そうか……そうか、そうか、ハハハハハハ!!!」
狂ったような笑い声が辺りに響き、廃墟ドアを突き破って首の無い肉の塊と霊府琴音の体が俺達の間を通り過ぎていったのだ。
「琴音……オイ大丈夫か?」
「琴音ちゃんが使役していた悪魔の首が無くなっているのです……これは一体なんなのですか?」
俺だけじゃない、さっきまで対峙していた雄二も、るるの身体を支えながら事を見守っていた氷雨も、皆この異様な光景に目を奪われていた。
「一体何がおこって……」
あまりにも唐突すぎる出来事に俺は思わず立ち尽くしてしまう。
そんな中……こんな異常事態の中……俺は何故か場違いにも『なんだか良い匂いがするな』なんてことを感じていた。
『こっち向いて、アキラ』
「え?」
ここに居ないはずの……それでいてずっと会いたかった人の声が脳に響き渡る。
視線をチラリと横にスライドすると……
「アキラ……アキラ……やっぱりアキラは他の奴らとは違ったんだ。この世でたった一人、どこを探しても居なかった私の……私の大切な人」
左半身に真っ赤な血をべったりと付けたファナエルが俺の身体に抱きついていた。
「怖がることなんて……何もなかった。回りくどいことをしなくてもアキラはきっと私を受け入れてくれていたはずだから」
どうして彼女がここに居るのか?
俺の居場所をどうやって知ったんだろう?
いつの間に俺の身体を抱きしめていたんだろう?
そんな疑問を抱いたような気もするし、抱かなかったような感じもする。
そんな事より目を引いたのは、彼女の目から流れる涙だった。
悲しみから出るものでは決してない……ふっと安心した気のゆるみで思わず出てしまったと感じられる涙だった。
「ファナエル……」
「アキラ……私を見捨てないでって約束、守ってくれたんだね」
ファナエルはそう言って、変化した俺の右腕をゆっくりと優しく撫でた。
そんな彼女の身体からは暖かで安らぐ白い光が出ているみたいに感じて……彼女の背中に白い羽が生えているような、彼女の頭の上に黄色く輝く輪っかが浮かんでいるような、そんな不思議な幻覚を見ているような気分になっていた。
「アキラはきっと気になってるよね……私が何なのか?」
「そうだな……氷雨達の話やこの状況を見て、ファナエルがどんな存在なのかを知りたかった。それを知ったうえで、ファナエルと恋人として過ごしたいって話をしようと思ってたところなんだ」
さっきまで感じていた不安がスゥっと消える。
気付けば彼女に心の内を全て話していた。
「全部話すよ……これが終わったら、私の隠してたこと全部アキラに教えるね」
彼女はそっと俺の頭を撫でて優しくそう言い放った。
後で雄二が俺達に向けている怒声が何となく聞えていたのにも関わらず、俺はファナエルの言葉をジィっと聞き入っていた。
「だから……これから起こる事ちゃんと見ててね」
ファナエルはそう言うと、俺の身体をふっと話して後ろに振り返る。
俺の目に映るのはやっぱり彼女の背中から生えているとしか思えない白い翼と……鬼の形相で蹴りを繰り出している雄二の姿だった。
「大好きなアキラの事、ちゃんと守るから」
ファナエルがそう言うと、彼女が纏っていた白く暖かな光りに黒いノイズが走る。
その光は雄二の身体に食らいついた。
衝撃が加わるたびに瞬間移動をして体制を整えた彼を逃さぬように、彼の超能力も思考も全てを踏みにじるかのように、その光は曲がりうねって雄二の身体を穿つ。
「ガハッ!!急いで体勢をー」
「どこに逃げたって無駄だよ」
雄二を蹂躙するファナエルの光りにかかっている黒いノイズは段々と大きく歪なものになっていく。
背中から生えていた白い羽は、その先端からドロリとチョコが溶けるみたいに崩れて地面に落ち、頭の上に浮んでいた光輪は時間が経つたびに赤く、赤く、赤く染まり始めていた。
「に、逃げられねぇ、お前は一体……なんだ!!」
「私の名前はファナエル・ユピテル」
彼女が名乗ったその瞬間、パリンとガラスが割れるような音が辺り一帯に響いた。
背中にかかっていたその羽はグシャリと音を立てて跡形もなく溶けてなくなった。
頭の上に浮んでいた光輪は、一部箇所が欠損したように割れている。
割れた輪っかは歪に傾き、彼女の左半身にべっとりとついていた血液が何なのかを示し合わせるように生暖かい液体を滝のように流し続けていた。
「見ての通り……醜い羽なしの堕天使だよ」




