愛の結晶
『竜くんが望むなら良いよ……私も超能力者になってあげる』
ギリギリと頭が痛む。
まるで脳がプレス機で押しつぶされているんじゃないかとも思えるそんな痛みだった。
俺の目は自分の腕から生え出る銀髪を見て驚いている氷雨の姿をちゃんと捉えている。
しかしながら、俺の脳内ではそれとはまったく異なる映像が映し出されていた。
『だって私、竜くんの事好きだし』
見知らぬスーツ姿の女性と、大きな体に似合わないエプロンを付けた男性が台所で話し合っている。
男性の顔はやけに深刻そうで、女性の顔はどこか明るく活発だった。
『これを食べればいいんでしょ。大丈夫だよ、竜くんがこれを何とか美味しく作ろうと努力してる所を私はちゃんと見てるんだから』
その映像はフィルムがダメになった昔の映画みたいに黄ばんでいて、所々に黒いノイズが走っている。
「たいてい映画には視聴者に伝えたいテーマがある」なんてどこかで見た言葉を思い出す。
もしかしたら今俺が見ているこの映像にも何かテーマがあるのだろうか?
誰かが俺に伝えたいと思っている何かがあるのだろうか?
『……覚えてる?昔すごく好きだったアニメのキャラクターになりたくて私が子供用の修道服を買ってきたこと』
映像は一端暗転して別の場面を映し出す。
映っているのは玄関前に立つ氷雨と雄二の姿だった。
映像に映っている氷雨は目が腫れるほどの涙を流して、大きな呼吸で途切れる言葉で思いのだけを吐いている。
『変な語尾も真似してさ……なのですって語尾が中々抜けなかったよね』
『お前……どうしたんだよその姿!!』
『私ね……竜くんがくれた超能力も、その影響で変化していく自分の体も全部いけ入れられると思ってたの。彼が好きだったし……仮に竜くんが死んでも一生大切に出来るって思ってた』
彼女のその言葉を皮切りに映像はパチパチと途切れ、代わりに脳内では目でとらえている現実の映像が映し出されていた。
地面にうなだれて泣き続ける映像の氷雨と深刻な顔をしてシンガンのメンバーに声をかける現実の氷雨の姿を交互に見ていく。
それを見て俺は今映し出されている映像のテーマを何となく理解した。
これはきっと、氷雨が心の中で抱いているトラウマと決意を表しているのだと。
『でも無理だった……竜くんが死んだ後、お酒も飲めない仕事もできない一人で何もできない子供の身体を受け入れられるほど……私の愛は強く無かった』
映像の中の氷雨が泣き崩れながらそう言った後、俺の右腕に髪の毛が優しくなぞる感覚が走った。
それはまるで「アキラの愛はこんなものじゃないよね」と訴えてきているように。
それがあの日食べた、今も俺の身体に残っているであろう銀色の髪の毛から感じる思いなのか、ファナエル本人が訴えてきている思いなのか今の俺に確かめるすべはない。
そのどっちだったとしても俺の答えは変わらない。
いかに愚かと言われても、初恋と言う重い感情のせいで冷静な判断が出来ていないだけと言われても……
『だからファナエルが望むなら、化け物にだって何にだってなってやる!!』と叫んだ俺の言葉は紛れもない本心だから。
「了解した、レイジネス・シン!!」
ピンと張ったその声を聞いて俺の意識は今までにないほどスッキリとクリアになる。
俺が今認識しているのは間違いなく現実の光景、俺が目でとらえている映像だった。
『私の魔眼さえあれば、どんな人間でも鎮静出来る』
もう痛みは感じない。
むしろホッと安心する太陽光のような温かさすら感じている。
るるの魔眼がきらりと光り、それに合わせて俺の視界もほんのりと赤に染まっていく。
でも、もう慌てることはない。
俺の頭の中にスゥっと、この状況を打開する感覚が読み込まれているからだ。
『#########、############』
彼女の心を侵食するように、彼女の行動を阻害するように、るるの心の声にノイズをかける。
「俺のファナエルに対する愛はあんた達が想定してるものよりはるかに強い……だから、俺達の邪魔しないでくれ!!」
俺はそう叫んで右の拳をまっすぐ突き出した。
誰もいない虚空、腕なんか届くはずの無い直線状の先に居る魔眼使いのるるに向かって真っすぐ拳を伸ばす。
その拳はビリビリと不可解な音を出し、次の瞬間にはその先端から黒いノイズにまみれた真っ白な光がうねりながら放射した。
その光は魔眼によってつくられた赤い視界を侵食し、壊していく。
それはまるで『魔眼の力で俺を抑えよう』としたるるの心を上から塗りつぶすように直進し、彼女の身体を捉え、盛大な爆発と共に彼女の身体を吹き飛ばした。
「うわぁぁぁ!!!」
「るるちゃん!!」
「ッチ、くそ!!」
俺を全員がこの光景を見て錯乱している。
心の中で様々な行動を思案していることを、周囲をまんべんなく見渡して思案していることを、俺は自然と感じることが出来ていた。
そして俺はそんな皆の姿を見る訳でもなく、自分に芽生えた何かに酔いしれて暴走するわけでもなく……白くあったかな光に飲まれてぐじゅぐじゅと躍動している自分の右腕と銀色の髪の毛をじっと見つめていた。
『君の体にファナエルさんが仕込んだその力を上手く扱うにはね、愛が重要なんだよ』と言っていたあの虹髪の少女の言葉を思い出して俺は一人大きな喜びを感じていた。
だってあの不思議な少女の言葉が本当なら今俺の右腕が髪の毛と一緒にぐじゅぐじゅと躍動しているこの光景は、俺の右腕からでたあの白い光は、俺が抱くファナエルへの愛を認められたのも同然の事になるじゃないか。
一目ぼれをして、『異性と付き合うなんて絵空事だ』とひねくれていた自分の心を動かして、不器用にも伝えてきたファナエルへの愛が認められたなんて、これ以上に嬉しいことはないじゃないか!
『後ろから横腹に回し蹴りすれば流石のこいつでも』
頭の中にその声が響き渡った瞬間、俺は体をクルリと回転させて右腕を前方に構えた。
誰も居なかった空間にパッと現れた雄二が放ったその攻撃を俺は構えた右腕で受けとめる。
彼の足と俺の右腕が触れ合った瞬間、パリンと皿が割れるような音が辺りに響き渡る。
ぐじゅぐじゅと躍動していた右腕は、白く光る液体のような物をまき散らしてその姿を現した。
「綺麗だなぁ」
その右腕は人間の物とは思えないプラチナ色をしていた。
それは銅像のような、はたまた鎧のような質感を持っていた。
綺麗な湾曲が神秘的な模様を表面に形作っている。
『######################』
雄二から聞こえてくる心の声にノイズをかける。
そのノイズに比例するように、俺の右腕からは黒いノイズの掛かった白い光が溢れ出る。
「お前たちは俺とファナエルの愛の前には無力だ」
「へぇ……そんなことが豪語出来るほど強い愛か、俺もそんなもんがありゃぁ大切な人を気づ付けずに済んだのかもな」
目の前の雄二はその光に怯むことなく、不敵な笑みを浮かべながらそんな事を呟いていた。
その顔に掛かったサングラスに氷雨の顔を映して。
「よそ見してる余裕はねーだろ!!」
俺はそう言って右腕に力を入れ、雄二を薙ぎ払った。
右腕が纏っていた白い光りはノイズに巻き込まれるように爆発して大きな音を響かせる。
同時に妙な手ごたえの無さを感じる。
もしかしたらと嫌な予感がよぎった俺はハッと後を振り返る。
「でもやっぱり喧嘩に関してはド素人だな!!」
頭に聞こえる心の声と彼が実際に放った声がシンクロして響いた頃には俺の腹部に強烈な蹴りが撃ち込まれていた。
その衝撃で軽く吹き飛んだ体を何とか右手で支えて俺は体制を保つ。
「ゲホッ、ゲホッ……なんて威力の蹴りだよ」
「これでお互い様だ……こっからは俺もお前も大切な人の願いの為に戦わなくちゃいけない。こっから先俺がお前にどんな怪我させようが、恨みっこなしだ」
サングラスの隙間から見える雄二の目には強力な威圧感があった。
普段の俺が苦手でいつもならすぐに逃げ出してしまうような、そんな威圧感。
でも俺はその目を凝らさず、まっすぐ見つめて右腕を構えた。
俺が抱いた愛の結晶ともいえるその右腕を。
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」




