デート朝 シンパシー
今日はデート日和のいい天気だ。
時刻は現在朝の6時、ファナエルが待ち合わせ場所に指定した公園のベンチに座る。
「夏に上着羽織るの初めてだけど案外暑くないもんだな」
着慣れないサマージャケットをひらひらと弄りながら俺は一人そんなことを呟く。
店員さんと斬琉が選んでくれた服だからきっと似合ってはいるんだろうけど‥‥‥なんだか落ち着かないな。
思えば中学2年の頃ぐらいから女の人と一緒に出かけることなんて無かった、制服以外の服を着た同級生を見るのは久しぶりだ。
ファナエルはどんな服を来てくるんだろう。
「おまたせアキラ、少し待った?」
突如俺の耳に届いた柔らかな声。
チラリとお腹が見える白いショートトップスに青色のデニムを合わせた私服のファナエル。
制服以外の彼女の姿は俺にとって衝撃的で、俺の脳がバグを起こしそうなほど可愛い。
「フフ、アキラこういう服が好きなんだね」
「え、あ‥‥‥なんで分かった?」
「顔が赤くなってるし、嬉しそうだったから」
ファナエルは俺の頬に軽く人差し指を突き立てながらそう言って、俺の隣に腰掛ける。
肩に掛けている少し大き目のバッグから白色の弁当箱を取り出したファナエルは、「これ話してた朝ごはん」と言って俺にそれを手渡した。
蓋を開けると、そこには白いご飯と唐揚げが敷き詰められている。
「男の子はこういう料理のほうが好きかなって思ったんだ。アキラは唐揚げ好き?」
「うん、好きだ!!それじゃあ早速いただきます」
俺はそう言って持ってきた割り箸を使って唐揚げを掴む。
惚れてる人に朝ごはんを作ってもらえるという状況が嬉しくて彼女に作ってもらったお弁当。
俺のバッグの中に入れてきた酔止め薬とか胃や腸に効く薬を使えばあの時のクッキーみたいに吐き気が襲ってきても何とか完食できるはず。
俺は今日何が何でも彼女の料理を完食する覚悟を持ってここにいる、今日のデートで俺の良いところを彼女にアピールするためだ。
大丈夫、大丈夫と自分の心に言い聞かせ、意を決して彼女の作ってくれた唐揚げを口に運んだ。
「‥‥‥味はどう?」
「‥‥‥すっごい上手い。今まで食べた唐揚げの中で一番かも」
唐揚げを運ぶ手が止まらない。
あのクッキーみたいに吐き気が俺を襲うことも無い。
ただただ美味しい唐揚げがそこには存在していた。
「もう、そんなに急いで食べると喉が詰まっちゃうよ」
ファナエルは「貸して」と言いながら俺の持っていた割り箸を取る。
彼女はその割り箸で一つの唐揚げを掴み、俺に向かって差し出した。
「一つ一つゆっくり食べて」
「え、えっと、それってもしかしてファナエルが俺に食べさせてくれるって事、いや、え、あの、まだ心の準備ガガガ」
「フフ、ゆっくりで良いから口開けて」
俺は彼女の指示に従うがままゆっくり口を開け、彼女が運んでくれた唐揚げを咀嚼する。
俺は今日死ぬのか?!
今まで生きてきた中でこんなに幸せな事ないぞ?
てかこれって、ファナエルも俺の事好きなんじゃ、いやいやそれは流石に考えすぎなんじゃー
「私ね、実は結構臆病なんだ」
「え?」
彼女の唐突なカミングアウトにさっきまでの気持ち悪い思考から頭から切り離される。
「以外だった?」と顔をかしげるファナエル。
いつも美しさとミステリアスが一杯の彼女の顔に一滴の不安が滲んでいるように見える。
「実はね、普通に美味しいクッキー作ろうと思ったら作れるんだ。皆に食べさせてたのはちょっとした細工がしてあるの」
「‥‥‥言いたくないなら良いんだけど‥‥‥なんでそんなことを」
「‥‥‥もし誰かと友達や恋人になって、そういう関係になったからこそ見える私の一面を見た友達や恋人が私の事を拒絶するかもしれない‥‥‥そんな怖い考えが頭の片隅から離れないんだ」
彼女の割り箸を持っていないほうの手が震えながら握りこぶしを作る。
「だから思ったの、最初に良いところじゃなくて誰からも理解されなかった私を見せて選別すればいいって。私の良い所は選別が終わった後に見せれば良いって思ったんだ」
「‥‥‥‥じゃあ、なんで今日は俺に美味しい唐揚げを作ってくれたんだ?」
不思議だった。
ファナエルの過去に何があるかは分からない、それを俺が解決できるとも到底思えない。
でも何故かシンパシーを妙な感じる話だった。
俺は女の人に拒絶されるのが怖くて恋愛というものを自分の人生から切り離した。
一歩踏み出して誰かに拒絶させるぐらいなら、誰にも拒絶されない安全なところへ逃げ込む事を選んでいた。
きっとファナエルにとってあの白いクッキーが安全な場所だったんだろう。
あのクッキーを食べれる人間以外と親しくなれないって蓋を閉じてたんだ。
じゃあ‥‥‥一体なんで彼女は俺と親しい関係で居てくれるんだ?
ここまで良いことをしてくれるんだ?
俺が食べたクッキーはたったの一欠片で……ろくに告白も出来ないヘタレなのに。
「アキラの告白を見た時、気が合うと思ったんだ。君も誰かに拒絶されるのが怖いって気持ちが人一倍強いんじゃないかって……私と似た価値観を持ってるんじゃないかって」
他人にばれないレベルで小さく震える彼女の声。
それはきっと俺が何度も感じていた気持ちを反映した体の動きの一つ。
誰よりもそれが欲しくて、それを持っている人がうらやましい。
でも自分にはそれを持てない前提を作ってしまう、それを手に入れるための行動がひどく怖くなって言いたい言葉を自分の言える許容範囲まで濁してしまう、そんな気持ち。
「私の中では普通で何よりも望んでいること、周りに居た誰もが理解してくれなかったこと、私はそれをアキラに隠してる。全部話すのはちょっと怖い」
少し落ちた声のトーン、そして瞳孔が開いて暗く深い色になる彼女の緑眼に魅入られる。
落ち込んでいる人間を優しく包み込むような言葉も出ない、彼女が何を隠しているか当てるほどの思考能力もない、そんな俺は今の彼女を見てー
「‥‥‥俺と一緒にされたら嫌かもしれないけど‥‥‥俺もファナエルに言いたいことやファナエルと一緒にしたいことが結構ある‥‥‥でも、もしファナエルにそれを拒否されたらと思うと怖くて口に出せない」
ただただ傲慢に、彼女と同じ気持ちを自分も抱いていると感じていた。
そんな俺に寄り添うように彼女は体をほんの少しだけ寄せてくる。
「さっきの言葉を言うのも怖かったでしょ?」
「なんで分かった?」
「手が震えてるし、弁当持ってない方の手で握りこぶし作ってるから」
そう言ってファナエルは俺の手を包み込んだ。
臆病風に吹かれる二人の手が重なって、ただただ静かに夏の朝を過ごしていく。
その沈黙は決して気まずいものではなく、なんだか心地いいものだった。




