第四話 夢でもし会えたら
「なあ、ランセツ?」
「なんだ?」
夢の畔を歩いていると切り株に座り込んで涼を取る嵐雪の姿があった。
ユフィンも同じように切り株に腰を下ろして、嵐雪の背にもたれかかって尋ねた。
「もしかして、お前は泉の精では無いのか?」
「まさかな」
嵐雪はユフィンにされるがままになりながら吹き出し、微笑を浮かべて答えた。
客観的に見て、己が無骨な男である事は今更顧みるまでも無い。
泉の精という言葉から真っ先に思い浮かぶのは、清らかな乙女の姿だった。
例えば、目の前にいるような――
「そういう役柄はユフィン、お前のような乙女に相応しい」
「んなっ……!? 何を言っている!? 破廉恥だ!! 軽薄だ!!」
ユフィンは弾かれたように飛び上がり、ウエーブがかったブロンドの髪を振り乱し、顔を真っ赤に上気させて、何度も指先を突き付けた。
本当は嬉しかったが、テンベルクサンドリアの姫であり、王位継承者であるという矜持がほころびそうになる顔を縛めた。
――単に照れているだけとも言う。
父以外に真っ向から褒めてくれる人間を知らないということもあり、どうして良いか分からなかったのだ。
「解せぬ……しかし、何故、俺のような男が泉の精だと思った?」
「むー……!!」
はぐらかされたような気分だったが、腹立たしいことに、そうではないことを他の誰でもない自分の直感が嵐雪を弁護したので唸ることしかできなかった。
まるで子供みたいな振る舞いだと自重するが、時すでに遅く、嵐雪は小動物を愛でるような顔をしていた。
動物好きのメイドが今の嵐雪の様な眼差しをしているのをよく見ていたから間違いない。
「だって、お前と話をしようと思ったら城内の寝室で朝を迎えていた! てっきり、水の精に化かされたのでは無いかと思ったのだぞ」
唸っている場合ではないと口から飛び出たのは子供っぽいのか、尊大なのかよく分からない喋り方で、ユフィンは気恥ずかしさを覚えた。
「それは俺も同じだ。見知らぬ場所を彷徨ったかと思えば、ユフィンと出会い、話があるからと待ってみれば、寝床に寝転がっていた。そして、また気付けば此処だ。ユフィン、お前は女神なのか? 俺はお前にかどわかされたのか?」
気恥ずかしさが勝っているところにこれである。
「お前……! お前は見た目はそうなのに、口を開けば本当に軽薄極まりないな! 私が女神などと……!」
嵐雪はユフィンの態度に意味が分からないといった風情で首を傾げる。
水の精に相応しい乙女、女神という形容が、テンベルクサンドリアでどれ程の意味を持つのかまるで理解していない。
ユフィンは嵐雪の態度からそれを読み取ったが、それはそれで腹が立った。
「ああ、成る程。文化が違うようだ」
嵐雪とユフィンは背中合わせになって言葉を交わしている。
だから嵐雪はユフィンが自覚を覚える程、顔に熱を持ち赤面している事に気付いていない。
「お前という男は本当に……!」
「何か不作法があったか? すまんな」
「裏表がなさ過ぎるのも困りものだな……」
赤みがさした頬から徐々に熱が冷めていくのに合わせて、ユフィンは溜息を吐いた。
裏表がなく、薄汚れた欲も無い。欲に囚われた貴族達と話をするのとは全然違う。
気恥ずかしくはあるが、気分の良さを感じている事も、自覚せざるを得なかった。
「まあ良い。それで話の続きだが……前はどこまで話したか?」
「話に付き合えと言われたが、次の瞬間朝になっていたな」
「なんだ、それでは私と同じでは無いか。それでは、まずはお前は何者だ? ただの夢の登場人物と言うわけでは無かろう?」
「それは俺にとっても同じことだが……俺が何者か、か……。ただの、何処にでもいる、普通の人間――」
「嘘を言うでないわ!! 何処から如何見ても戦う者のそれではないか!!」
反射的に張り上げた反論に、嵐雪が暗い顔で俯いたことに背中合わせのユフィンは気付くことが出来なかった。
「本当だ。この身体も、刀も、何もかもが無意味な装飾品でしかない。ただの人間なんだ、俺は」
「装飾品? ランセツ程の男にそうまで言わしめる国とは、どんな国なのだ? 修羅の国か?」
「難しいことを聞くな……そうだな。世界的にも平和で飯が美味い。不景気の真っ只中にあるが、何だかんだで金がある。軍事力はあるが軍事行動が出来ない。そんな国だ」
テンベルクサンドリア周辺では及びもつかない闘争の世界と思いきや、また違った方向で想像の難しい国にユフィンは怪訝そうに首をかしげる。
「軍事力はあるが軍事行動が出来ない? それはランセツがただの人間と言った事と……いや、良い」
問いかけようとする最中、ユフィンは嵐雪の気が僅かに消沈している事を察した。
嵐雪が戦場を駆ければ獅子奮迅の活躍をするに違いない。そんな確信が彼女にはあった。
それ程の男が普通の人間だと言い張るのは、彼の国の事情により、その力を自在に振るうことが出来ないからなのだろうと感じた。
「もっと話を聞かせてくれ」
政治、経済、社会制度、法律、宗教、文化、教育、ユフィンが尋ねる度に、嵐雪は躊躇う事無く当然のように語った。
「随分簡単に、それに流暢に語るのだな?」
国家機密レベルの話ですら、嵐雪は求められるがままに語った。
多少の得手不得手はあるらしく、いくつかのことは言いよどむこともあったが、それは虚言の類では無く、単純にその分野に関する説明に慣れていないだけだと悟った。
しかし、それでも様々な分野の顧問にでもなれる程の知識を持っている。
質問の仕方次第では、もっと多くの事を語ってくれるだろうという確信もあった。
嵐雪が普通の人間だという言葉を額面通りに受け止めるのなら、日ノ本という国はテンベルクサンドリア、ギルテリッジ、プロヴィルの三国を合わせた人口の二倍以上に相当する大国で、しかも民の大多数が同等の知識を身に付けているということになる。
「なあ、少し相談に乗ってほしいのだが……その実務的なことでな」
これは夢だ。
しかし、夢では無いとしたら――




