第三話 クソみたいな夢オチ
カーディナー暦43期7年風の月44日
「姫様、朝です」
いつものようにシルヴィアに身体を揺さぶられ、ユフィンは目を覚ます。
だが、この日、ユフィンはシルヴィアの知らない反応を示した。
今まで寝ていたと言うよりは、ぼんやりしていたところを、ハッと気付かされたかのように身体を起こして周囲を見回す。
「ランセツは何処に行った? いや、朝?」
「姫様?」
ユフィンの胡乱気な様子に、シルヴィアは不審と不安が綯い交ぜになった表情で覗き込んだ。
「いや、すまん。妙に現実的な夢を見てな」
彼女の心配そうな態度に、ユフィンは気を取り直して苦笑を浮かべた。
不思議な感覚だった。瞬きをしただけで夜が朝に、外が寝室に、ドレスがネグリジェに、嵐雪がシルヴィアに、世界が瞬時に書き換えられたような感覚だった。
「現実的な夢、ですか?」
「妾の誕生パーティで欲ボケ共の視線に嫌気がさして、頭を冷やすのと現実逃避がてら夢の畔に行ってな。すると泉の中から男が現れたのだ。イスルギ・ランセツと名乗っていた」
「殿方ですか。イスルギ・ランセツ……聞き覚えの無い名前ですね」
「当たり前だ。私の夢の中に出て来た、実在しない人物だぞ」
本気で考え込み、記憶の海から、石動嵐雪の名を浚い上げようとするシルヴィアに、ユフィンは呆れたように言う。
「夢は記憶の整理とも言われますから、姫様が忘れただけという可能性もありますが」
「あれ程の気配の持ち主をか? かつての騎士団長クラスの生気と覇気、父上にも匹敵する魔力を放つ剣を持っていたぞ? 実在する人間なら絶対に忘れはしないだろうな」
「成る程。それは夢見がちが過ぎるかと思いますが……」
半ば呆れながらもシルヴィアは生暖かい目で曖昧に笑みを浮かべてみせる。
「やかましいわ」
「それは失礼いたしました」
最高峰と言っても過言ではない魔と気を持ち、それでいて邪な欲望や敵意を向けず、子供扱いをしても、子供だと侮らない大人の男との邂逅。
言われるまでも無く現実逃避の集大成のような夢だ。
「現実的な夢と言うよりは現実感を強く感じる夢だったということですか」
「そうだな。あ奴、妾の顔や名前を知らないどころか、テンベルクサンドリアすら知らぬ態度であったからな。物珍しくて雑談の一つでもしてみようかと思ったのだが……」
夢見がちと言われても仕方が無いと思った。
悪意や敵意、欲望を持たず、自身を子供扱いする大人など、今までに出会った事が無い。
目の前の従者から悪意や敵意、欲望は持たれていないが、あくまで主従の関係から来る敬意だ。
血を分けた王妃ですら敵意にも似た疑念を抱かれている。
つまり、石動嵐雪という男は、ユフィンにとって自分史上、類を見ない変人だ。
自らに欲望を向けず、ありのままの子供として見てくる者との間に生まれる関係性はどんなものなのか興味が尽きなかった
「お楽しみの最中を私が起こしてしまったと」
「別にお楽しみでは無いわ。私の事を子供扱いしてくるのが珍しいと思っただけだ」
「昨日の姫様はお戻りになられてからは、挨拶に訪れた貴族一人一人、対応をやり通されておりましたから、心労がたたったのでしょう」
「うむ? そう、だったか?」
言われてみれば、そうだったような気がしないでも無かった。
「姫様、呆の気が出るには早過ぎますよ」
「やかましいわ」
そう口にしながらも、昨晩の出来事をどうにか思い出してみる。
目を覚まして早々に嫌なことを思い出すために労力を割くのは酷く気が進まなかったが、放っておくのも気持ちが悪い。
どうにか思い出してはみたものの、酷く現実味を感じられなかった。
石動嵐雪と共にした時間の方が現実であるかのように思える程だった。
「まあ、しかしランセツに出会えなければ、妾は夢の中でもあの欲ボケ共に愛想を振り撒いていたのか……そうならなかっただけでも奴には感謝せねばならんな」
夢の中の、架空の存在に感謝を捧げるなどいよいよもって乙女の所業だと、昨日十三歳になったばかりの子供には不釣り合いの笑みを浮かべて溜息を吐いた。
「まさか恋煩い……」
的外れにも程がある従者の言葉に心底あきれ果てたように、再び溜息を吐く。
夢見る少女じゃなんたら(・ω・)




