目に見える真実
今回、少しだけ長めです。
僕は改めて、考えていた。
若葉とシンくんが何を隠しているのか。やむを得ない事情があったとしても、僕に相談がないのはさすがにおかしい。だって、僕らはずっと一緒にいて苦楽を共にしてきた。
何かを内緒にするとしたら、誕生日やお祝いのサプライズパーティーなどだった。
僕の誕生日が近いわけでもない。かと言って、お祝いをするというわけでもないだろう。
考えれば考えるほど分からなくなってくる。
先日二人を信じてみると思っていたのに、やはり頭のどこかで二人に疑いの目を向けてしまう。
僕の中で信じたい部分と疑いの部分が葛藤していると、玄関の扉を開ける音が聞こえた。続けて階段を上ってくる音が聞こえる。おそらく若葉だろう。
「おはよう、若葉」
「あれ? トモ兄起きてたんだ。折角、起こしてあげようと思ったのにー」
部屋の扉を開けた若葉が僕が起きていたことに気づき、残念がっていた。
「なら、ご飯作ってきちゃうね? できたら呼ぶから」
「うん。いつもありがとう」
僕がお礼を言うと若葉は嬉しそうにして、一階へ降りて行った。
やっぱり若葉はいつも通りだった。いつものように屈託のない笑みを僕に向けてくれる。
先日のシンくんと歩いている時の若葉を思い出すと胸がもやもやする。
僕にも見せたことのない顔をシンくんに向けていた。僕は……何だ?
若葉を取られたくないと思っているのか。僕の中の暗い感情が目立つ。
ベットの上で悶々(もんもん)としているとふいに携帯の着信音がなった。
誰かからメールがきたようだ――――シンくんからだった。
『今日も十二時に駅前集合で頼む。あと、話したいことがある』
とだけ書かれた文面が送られてきていた。
僕に話したいこと? 一体なんだろうか。いや、よく見ると『今日も』と書かれている。おそらく僕に向けてのメールではなかったのだろう。一応、返信してみようか。
『今日の十二時? 大丈夫だけど、話したいことって何かな?』
しばらくすると返信がきた。
『すまん! 他のやつに送るメールを間違えてトモに送っちまった……気にしないでくれ! また時間あるときに遊ぼうぜ!!』
慌てて取り繕ったかのような文面が送られてきた。僕は十中八九、若葉に向けてのメールだったと思っている。
『そうなんだ! 分かったよ。また今度ね』
とだけ返信しておいた。
「大事な話ってなんだろう。やっぱり僕には言えないことなのかな……」
そう呟いた僕の言葉は、時計の秒針の音しか聞こえない部屋の空間へ吸い込まれていった。
――
朝食を食べていると、若葉が申し訳なさそうな顔を向けてくる。
「ごめんね、トモ兄。今日また少し出かけなくちゃいけないんだ」
「そうなんだ。分かったよ。気をつけてね」
「うん、ありがと。また夕飯つくりにくるからね!」
「ありがとう。でも、大変じゃない?」
「全然大丈夫だから気にしないで」
朝食を食べ終えた若葉は「またね」と言って出て行った。
僕は洗い物をしながら考えている。
この後、若葉はシンくんと会うのだろう。それに若葉に対しての大事な話ってなんだろう。
洗い物を終えた僕はソファーへと腰掛ける。
昨日から考えごとをしてばかりだったので、寝不足気味だ。
――――夢を見た。
若葉とシンくん二人が手を繋いで歩いているところだ。それを僕は一歩下がったところから見つめている。
二人はそのまま歩いて行ってしまう。僕は追いかけているが、二人に追いつくことができない。どんどん距離が離れていく。
待ってよ!! 僕を置いて行かないで!! 若葉!! シンくん!!
若葉……ずっと僕と一緒にいてくれるって言ってくれたでしょ!?
何でシンくんにそんな顔で笑いかけているの? 何でシンくんと手を繋いで一緒にいるの?
嫌だ……! 若葉に離れて行ってほしくない! 僕は……僕は……若葉のことが――
「――好きだ」
目を覚ました僕はそう呟いた。その言葉は僕の中で、すとんと落ちた。
若葉の存在は今や結衣より大きい。そう自覚した途端に若葉との毎日が頭の中を駆け巡る。
一緒にいてくれると言ってくれたこと……普段は子供みたいに無邪気なのに、たまに大人な一面があること……僕を好きだと言ってくれた時のこと……
どんどん胸に溢れてくる。
僕は若葉を取られたくない。それこそ親友にだって取られたくない。きっとまだ間に合うはず。
いてもたってもいられなくなった僕は、家から飛び出した。
どれくらいの時間が経った? 携帯……ああ、もう! 焦りすぎて家に忘れてきてしまったようだ。
とりあえず、駅前へ向かおう。まだ近くにいるかもしれない。
――
あれから僕は思いつく限りの場所を探し回った。駅前、商店街、カフェ、花火を見た屋上……
だけど、健闘虚しく二人を見つけることができなかった。
次はどこを探そうかと考えながら歩いていると、少し先に見覚えのある背中が見えた。若葉とシンくんだ。
二人は橋の上から川を見ていた。こちらに背を向けているので、僕に気がついていない。そして何かを話しているようだ。
ふと、シンくんが若葉の頬に手を添えた。そのままシンくんは若葉へ顔を近づけていく。若葉は特に抵抗をしていない。まるで受け入れているかのようだった。
ゆっくりと二人の顔が近づいていく――僕は耐え切れなくなってその場から逃げ出してしまった。
全力で走りながら考える。疑問、困惑、後悔、嫌悪。いろんな感情が混ざり合い僕を支配していた。
家に帰ると僕は、一目散に自室のベットへと身を投げた。
何で? 僕は遅かったの? 間違えたの?
僕は慟哭した。
どれくらい時間が経っただろう。でも今は何も考えたくない。
僕はいつもそうだ。想いを告げることができない。何かもが遅かった。
正直、二人はお似合いだと思ってしまった。シンくんには僕が逆立ちしたって勝てはしない。
こんな情けない自分に腹が立つ。……悔しい。
――家の扉を開ける音が聞こえ、誰かが階段を上がってくる音が聞こえる。
「トモ兄、寝てるの?」
そう言って若葉が部屋の電気を点ける。
今、一番会いたくない人に会ってしまった。
「わ! トモ兄どうしたの? 目が腫れてるよ?」
大丈夫? と言って若葉が僕の頬に手を添えようとした。
その瞬間に先ほどの光景がフラッシュバックされる。
「触らないで!!」
そう怒鳴って、思わず若葉の手を振り払ってしまった。
「え……トモ兄……一体、どうしちゃったの?」
若葉はひどく怯えたような顔で僕を見てくる。僕が若葉に怒鳴ったことなどないからだろう。
その顔を見たら胸がむかむかしてきた。
「そんなにシンくんが好きなんだったら、僕のことはもう放っておいてくれよ!!」
分かっている、これは八つ当たりだ。でも、僕の口は止まらない。止めることができない。
「二人して僕に隠しごとして! 二人でこそこそして! 僕を好きだって言ってくれたのはうそだったの? 二人して僕をからかって陰で笑ってたの!?」
「そんな!! ひどいよ! 何でそんなこと言うの!?」
「僕、知ってるんだからね? 二人が最近、こそこそしてたの」
「そ、それは……事情があって」
僕が二人のことを気づいていなかったと思ったのか、若葉の勢いが削がれる。
「ほら……何も言えない。いいから今日はもう帰ってよ!!」
「トモ兄! お願いだから話を聞いて! 誤解なの!!」
「うるさい! 何が誤解なんだ! 何も聞きたくないよ!!」
僕は若葉の背中を無理やり押して玄関へ向かう。その間、若葉は何か喚いていたが、僕の耳には何も入らない。
やだやだとごねている若葉を無理やり外へ出し、玄関の扉の鍵を閉める。
若葉は、「ごめんなさい」や「話を聞いて」とだけ繰り返している。若葉の声が聞きたくなくて耳をおさえてその場にしゃがみ込む。
しばらく、扉の向こうから嗚咽が聞こえていたが、僕が話を聞く気がないと分かったのか立ち去ったようだ。
僕はしばらく呆然としていた。自分でも最低だと思った。二人の好意に散々甘えていたくせに、二人の幸せを素直に祝福できないことに嫌悪感を抱いた。
しばらくしていると頭が冷えてきて、少し冷静になれた。
若葉は誤解と言っていた。でも、今若葉と顔を合わせたらまた冷静ではいられなくなると思う。
それなら、シンくんに話を聞いてみようと思った。
――電話をかけてみる。
『おう! どうしたトモ。こんな夜に』
『ごめんね、シンくん。ちょっと今から会えないかな?』
『今からか? うーん……分かった。どこに行けばいい?』
『前にシンくんが見つけてくれた屋上。ちょうど二人の家と中間だし』
『分かった。すぐに向かう』
また後でと言って通話を切った。
さて、話を聞かせてもらおうかな――
――
僕は屋上で待っている。昼と違い、気温も下がってちょうどいい。
辺りは静かだ。誰かが階段を上ってくる音が聞こえてくる。
「よおトモ。待たせて悪いな」
「いや、大丈夫だよ」
「それで、何かあったんか?」
「単刀直入に聞くね。シンくん、若葉と最近何してるの?」
「何って言うのは、どう言うことだ?」
そっか。あくまで、しらを切るんだね。
「質問を質問で返さないで。僕知ってるんだからね? 最近、シンくんが若葉と会ってこそこそしてるの」
そう言うと、観念したのか。シンくんが口を開く。
「会ってたらどうしたんだ? 若葉が何してようが、トモには関係ないだろ?」
そこには何か込められているのか、強い口調であった。あんまり見たことのないシンくんで僕は少しだけ怯んでしまった。
「関係……あるよ!」
「どう関係あるんだ?」
「若葉は僕に好きだと言ってくれた。そして僕も若葉が本当に好きだと気づいた」
それを聞いたシンくんは何か考えているようだった。
「勝手だな……」
「……え?」
「勝手だって言ったんだよ。今まで散々、若葉からのアプローチをなあなあにしておいて今更何言ってやがる!」
「で、でもシンくんは答えを出してからでいいって……」
「答え出すのにどんだけ時間かかったんだ? 俺はお前に猶予は与えたぜ?」
「そ……それは――」
「結衣のことがあるからって? お前、いつまでもいない結衣に囚われて一番近くにいたやつに応えてやらなかったのは誰だ?」
正論だと思った。僕はシンくんに対して何も返すことができない。
「一つ教えておいてやるよ」
「な、何を……?」
「俺と若葉は付き合っている」
「――え!?」
それは一番聞きたくなかった言葉だった。僕にとっては死刑宣告のようだった。
「今のお前に若葉は恋愛感情を持ってないよ。お前の家に行っているのは幼馴染としての義理だ」
「…………。シンくんは、若葉のことが好きだったの?」
「別に……最初は何とも思ってなかったよ。でも、ここ最近頑張っている若葉を見て本当に真っ直ぐなやつだと思った。気づいたら俺は若葉のことが好きになっていた。もちろん異性としてな」
どうやらシンくんは本当に若葉のことを好きになってしまったようだ。
もう話は終わりだ。と言っているかのようにシンくんは僕に背を向ける。
「なあトモ。もう若葉を解放してやってくれないか?」
「……え?」
「お前がいるとさ、若葉が苦しそうなんだわ。だからさ…………俺たち二人のことを想ってるなら若葉の前から消えてくれないか?」
今度こそ話は終わりだと言うようにシンくんはこちらに振り返らずに屋上から降りて行った。
僕はその場で、膝をついて嗚咽を漏らした。
本日は、もう一話ほど書き上げたいですね。