囚われの過去から先へ
ジブリBGMを流して、オレンジジュースを飲みながら執筆してます。
ひとしきり泣いたら、大分すっきりとした。
このままでは、若葉とシンくんにばれてしまいそうなので、寝汗もかいてしまったということもあり、シャワーを浴びることにした。
シャワーを浴びてリビングへ戻ると、ソファーに若葉が座っていた。どうやらシンくんよりも先に若葉がきたようだ。
「若葉、おかえり」
「ん。ただいまトモ兄。でも、何だか『おかえり』って言われるの不思議な感じがするね」
「そうかな? 毎日のように若葉といるから、違和感はそんなに感じなくなってきてるかな」
「そっか……」
若葉は、何だか嬉しそうだ。
「若葉、何か飲む? と言っても麦茶しかないけど」
「真ん中の段の右奥にオレンジジュース入ってるから、それがいい」
「え? 本当だ。僕よりも冷蔵庫の中身詳しいね」
「誰が毎日ご飯作りにきてると思ってるの?」
「そうでしたね。いつもありがとうございます」
僕が若葉へオレンジジュースを渡して、一人用のソファーへ腰掛ける。
「それより、トモ兄。どう……かな?」
そう言って若葉は、ソファーから立ち上がり僕の目の前へやってくる。
改めて若葉の浴衣を見る。全体が薄いピンク色で、赤い金魚の絵が描かれている浴衣であった。若葉の可愛らしい雰囲気と合わさりとても似合っていた。
「去年の黒の浴衣も似合ってたけど、今回のもすごく似合ってる」
「うへへ。ありがと」
若葉が頬を緩めて、にまにましている。
「え!? トモ兄何かあったの?」
「ん? どういうこと?」
「だって、泣いてるよ?」
……? 僕はそっと頬に触れる。
僕はどうやら、気づかない内に涙を流してしまっていたようだ。
「本当だ。何で……?」
「また結衣姉のこと思い出しちゃったの?」
「いや。そんなことないんだけどな」
「うそだね……。トモ兄がここ最近で泣くことといったら、結衣姉のこと以外なかったでしょ」
何で? 心配かけないようにって思ってたのに! 止まってよ……
僕は自分で流れ出る涙を止めることができない。止める術も分からない。
「大丈夫……。大丈夫だよトモ兄」
「わ、若葉……」
若葉は、僕の頭を胸に抱き寄せて、頭を撫でてくる。
いつもだったらすぐに引き離してるはずなのに、何だか今回は抵抗することができない。このまま全てを委ねてしまいそうな気がして、何も考えることができなくなる。
「ねえトモ兄? 結衣姉はさ……この世界にいないんだよ?」
「……もちろん分かってるよ。でも……そんな言い方」
若葉は言い聞かせるように耳元でささやいてくる。
もちろん結衣がもういないなんて、僕は分かっている。でも、頭では分かっていても心が苦しくなってしまう。僕は結衣のことを乗り越えることができるのだろうか。
「わたしじゃ、だめなの?」
「え? どういうこと?」
若葉は、僕の頭をそっと胸から離すと目を見つめてくる。その目は真剣そのものだ。冗談で言ってる訳ではないと思わせる迫力のようなものがあった。
「そのままの意味だよ。わたしはトモ兄のことが好きなの」
若葉が僕のことを好きなのは分かっていた。あれだけ露骨なら誰だって分かるだろう。あれで恋愛感情がないなら僕は何を信じたらいいのか分からなくなる。
「もしかして結衣姉のことが好きだったからって、わたしに遠慮してるの?」
黙っている僕を見て、図星だと思ったのか若葉が僕の胸へ飛び込んでくる。
「そんな必要ないんだよ? きっと結衣姉なら分かってくれるよ。それより、やっぱりわたしのことはそんな目で見れない?」
上目遣いで若葉が見つめてくる。僕は目を逸らすことができない。
僕はずっと結衣のことが好きだった。正直今も結衣のことは引きずっている。そんな気持ちのまま若葉の気持ちに応えるのは失礼なんじゃないかと思っている。
だけど分かっている。若葉に惹かれている僕もいるということに……
それは、透明な水にインクを一滴ずつ垂らしていったかのように毎日、心を染め上げられていった。
若葉の顔が近づいてくる。だめだと分かっているはずなのに顔を逸らすことができない。拒否しない僕に肯定だと思ったのか若葉は止まらない。息遣いが聞こえてくる。
――ガチャリとドアを開けた音が聞こえる。その音ではっとした二人はすぐに身体を離す。
「よう! お待たせ……って、どうしたんだ二人とも顔が赤いぞ?」
「ああ、いや。ちょっと暑いのかな?」
危なかった。シンくんがきていなかったら僕は中途半端な気持ちのまま若葉と付き合うことになってしまったかもしれない。ただ少し残念な気持ちがあるのも確かだ。僕も単純だな。
若葉を見るとうつむいていた。きっと若葉も勢いで迫ってしまったと恥ずかしがっているのだろう。
「三人揃ったし行こうぜ。結構いい時間だから、ちょうど花火が見れるはずだ」
「そうだね。今年は屋台回らなかったね」
「あ、ああ。そうだな。その……トモ大丈夫か?」
「うん? ああ、大丈夫だよ」
僕はここ何日も過去に関することを口に出さないようにしていたため、シンくんが心配しているようだ。
「そっか。トモがそう言うんなら大丈夫だな!」
「何それ? でも、ありがとうシンくん」
二人で笑い合う。
若葉はまだうつむいている。早く復活してくれるといいな。
――
「どうだ! ここは最高のポジションだろ?」
「すごい! どうしたのここ?」
「シン兄いつの間に探してたの?」
「実はな。去年の花火大会が終わってからいい場所ないかなって思って、探してたんだ」
シンくんが連れてきてくれた場所は、マンションの屋上だ。シンくん曰く、ここのマンションの屋上の扉は常時解放されているらしい。何て杜撰な管理だ。でも、そのお陰で人がいない場所を独占できてるし、よかったのかな? このマンションの人たちはなぜ誰もきていないのか。ベランダで見るから屋上にはこないのだろうか? こんないい場所なのに勿体ない。
「お! ナイスタイミングだったな」
「うわあ、綺麗ー!!」
僕らの目の前で花火が上がっている。去年はあんまり見てなかったからな。今年はちゃんと目に焼きつけよう。
子供のようにはしゃいでいる若葉からそっと離れたシンくんは僕の隣にきた。
「なあ、トモ。やっぱ若葉と何かあったのか?」
「ん? 何もないよ。どうして?」
「ばーか。俺が何年幼馴染やってると思ってるんだ? トモ何だか若葉に対して少しぎこちないぞ」
「やっぱりシンくんに隠しごとしてもばれちゃうか」
「いや、トモが分かりやすすぎるだけだと思うぞ」
誤魔化そうとしてもだめだった。でも、告白されたなんて言えないよな。若葉の気持ちもあるだろうし。
「もしかして、若葉に告白でもされたのか?」
だめだ。シンくん鋭い。
黙っている僕にシンくんは意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「まあ若葉は、ずっとトモのこと好きだったみたいだからな」
「うん。それは僕も何となく気づいてた」
「一年以上想ってるなんてすげーよな。若葉も」
「一年以上!? そんな前からだったの?」
「いや……普通に見てて分かるだろ。トモ本当に結衣しか見てなかったんだな」
「あーそれは……若葉に申し訳ないね」
呆れたようにジト目でシンくんが見てくる。しょうがないやつだなという感じだ。
「んで、どうすんの? 付き合うことにしたのか?」
「いや、まだちゃんと返事できてない」
「そうなんか。大方、結衣のことずっと好きだったから若葉の気持ちにすぐに応えるなんてとか思ってるんだろう?」
「なんで分かるのシンくん……」
「言ったろ? 何年幼馴染やってると思ってるんだ?」
「そうだったね……」
「まあでも、それはトモの気持ち次第だよな。トモが考えて、しっかり答えがでたら改めて返事してやればいいさ」
シンくんなら焚きつけてくると思ったけど、今回は僕の気持ちを汲んでくれるみたいだ。
「俺はいつでもトモの味方だからな。それだけは、忘れないでくれ」
「うん、本当にいつも助けてもらってるよ。ありがとう」
また二人でこそこそ話していることに若葉が気づいたのか、ぷくっと頬を膨らませて睨んでいる。
「姫様が睨んでるから行こうぜ」
「うん。そうだね」
三人で一緒に花火を見上げる。今年は最後までちゃんと見てられそうだ……綺麗だなあ。
壊したくないですね。この幸せ?