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女神騒動  作者: 銀月


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11.送還

 走りながら簡単な治癒の魔法を唱え、左手の血止めだけをした。痺れの中に熱い痛みがあるけれど、構ってはいられない。森の中を、木々の間を縫うように走り、時折魔神の名を呼ぶ。自分ができることなんて、こうやって時間を稼ぐことくらいだろう。

 自分よりはるかに弱いものに真名を知られ、こうして呼ばれ続けるのは魔神にとって相当な屈辱のはずだ。ヴィルム自身にはどうにもできなくても、パメラが来ればどうにかする方法があるのではないかと考えてのことだった。

「KLAVAET、こっちへ来い!」

 大きな身体の割に素早く動く魔神は、じわじわと距離を縮めていた。体力の差も大きい。如何に木々を盾に逃げ回っても限界は近いだろう。森の中で魔神をぐるぐると引き回しながら、次はどうするか、必死で考えて──ふと、大きな影が差したことに気づいて、空を振り仰いだ。

「……竜!?」

 魔神に続いて竜まで現れたのかと、一瞬呆然とするヴィルムの頭上から声が降ってきた。

「ヴィルム、無事か!?」

「レナトゥスさん?」

 思いもよらなかった声に、完全に足が止まる。どうして、竜とレナトゥスが一緒なのか……まさか、あの竜は、伝説に出てくる太陽神の御使いの黄金の竜なのか。

 竜は魔神の周囲を円を描くように飛び、時折光の息吹を吐いている。すれ違いざまにレナトゥスも剣で斬りつけ、魔神を翻弄する。

 ようやく息を吐く暇ができて、ヴィルムは左手に何度も治癒の魔法を掛けた。もう少し動かせるようにならなければ、まともに魔法が使えるようにならない。ようやく指先までの感覚が戻ってきてほっとした。多少の痛みは残っているけれど、これなら問題はないだろう。

「レナトゥスさん、援護します」

 ヴィルムが使える魔法では、この魔神相手では目くらまし程度にしかならないだろう。けれど、目くらましでも隙を作ることはできる。

 ヴィルムはちくちくと、レナトゥスや竜にタイミングを合わせて魔法を放ち、魔神の斬撃や魔法を邪魔した。時折名前を呼ぶことすらして、魔神の意識を逸らしもした。

 ……騎士と竜のふたりがかりでも、魔神には致命傷どころか、大きな傷をつけることができないのだけど、それでも、パメラが、“森の魔法使い”が来るまでもたせることができれば、きっとなんとかなるに違いない。

 大きな魔法を使えばすぐに魔力が足りなくなるからと、小さな魔法をひたすら嫌がらせのように放つ。魔神はだんだんとイライラしてきているようだ。よくわからない言葉で咆哮を上げ、剣の振りが荒くなっているように感じる──と同時に、急に魔力が高まった気がして、咄嗟に障壁を作った。

 障壁が完成した瞬間、横殴りの猛烈な突風を浴びたように、びりびりとあたりが震えた。間一髪間に合ったけれど、少し遅れたら吹き飛ばされて大変なことになっていただろう。周囲を見回して根刮ぎ倒れた木が目に入りぞっとする。レナトゥスさんと竜は、と慌てて空を見上げると、少しバランスを崩したもののすぐに立て直したようだった。

「ヴィルム、大丈夫か」

「問題ありません!」

 レナトゥスの呼び掛けにそう答えたけれど、あれが何度も来るようじゃ問題は大ありだろう。かといって、ヴィルムの腕では障壁や結界を維持したまま他の魔法を使うのは困難だ。

「どうにか察知して、間に合うように障壁を立てろってことか……」

 ぼそりと独りごちて、仕方ないやるしかないかと覚悟を決めた。


「大きな穴が開いてますね」

 目を瞠りながらソーニャが言うと、エルナは穴? と首を傾げる。崩れた地面と瓦礫はあるけど、穴なんて見えない。

「あ、誰かいます。やんちゃしたのはあの子たちですね」

「やんちゃ?」

 ぱたぱたと走るソーニャの後ろに続きながら、エルナはもう一度首を傾げた。


 走り寄る軽い足音が聞こえて、アーガインは顔を上げた。護衛のハインは町に魔神のことを知らせるようにと言って行かせてしまったから、誰か別なものが来たのだろう。

「やっちゃったのは、あなたですか? それともその子ですか?」

 いきなりそう尋ねられそちらを見上げると、そこには……アリアと同じ色に同じ特徴を持つ魔法使いがいた。

「……あなたは」

「事情はあとで聞きます。今はあの穴を閉じないといけません。開けっ放しじゃ何が来るかわかりませんよ。あなたも手伝ってくださいね」

 にっこりと柔らかく、けれどきっぱりとそう言われて、アーガインは思わず頷く。

「そちらの子はどうですか?」

 問われてゆっくりと顔を上げたアリアも、息を呑んだ。

「できますか?」

 じっと見つめられてそう問われて、やはり頷いてしまう。

「じゃあ、すぐにやりましょう。この穴、あっちで暴れてる魔神の魔力の供給源にもなってるみたいですし」

 さ、立ってくださいと手を差し伸べられて、ふたりはおずおずと立ち上がった。

「あ、噛み付かないから、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」

 ソーニャがふふ、と笑うと、ようやくふたりの顔に笑みが浮かんだ。

「では、始めますよ。エルナちゃんはリヒトと後ろで待っててくださいね。ふたりは、儀式の要領でわたしに魔力を貸してください」

 ソーニャはふたりの手を取ると、目を閉じて集中し、魔法の詠唱を始めた。歌うような抑揚に合わせ、リズムをつけるように爪先を踏み鳴らす。詠唱が進むにつれて、魔法使いのふたりには、ちりちりと痛いほどに感じられていた魔力が、小さく、細くなっていくことに気がついた……と同時に、ごっそりと、根こそぎと言っていいほどに身の内の魔力が持っていかれる感覚に襲われる。

「──終わりました」

 あたりに充満していたどことなく嫌な雰囲気もきれいに消え、ソーニャがほっと息を吐くと、アリアとアーガインは再びその場に座り込んでしまった。

「ちょっと大きい穴だったので、たくさん借りちゃいましたから、このまま休んでてください」

 もう一度にっこりと微笑まれ、座り込んだふたりはこくこくと頷いた。

「あともうひとつ、あの魔神の名前はなんですか? あれを返さないといけません。教えてください」

 アリアの口元に耳を寄せてしっかりと聞き取ると、ソーニャは頷いて、それから優しくアリアの頭を撫でた。

「あとで反省会をしましょう。それまでちゃんと彼と話し合っておいてくださいね。

 じゃ、エルナちゃん、次はヴィルムくんのとこです。リヒトはここで護衛をお願いします。あ、ふたりとも、休んでる間にリヒトをもふもふすると気持ちも落ち着きますよ」

 うふふ、ともう一度笑ってから、ソーニャはエルナの手を引き、走り始めた。


 あれから何度か突風を食らい、それを全部かわすこともできず、身体中打ち身と擦り傷だらけでぼろぼろだ。骨が折れたりしていないだけ、運が良いのかもしれない。だけど、ずっと魔神に降り注いでた魔力の流れがようやく止まった。これでどうにかなるだろうか。

「穴は塞がったね。もうすぐソーニャが来るよ。がんばって」

 上から竜がそう言うのを聞き……「え、ウルスさん?」と、もう一度竜を見上げた。

「そうだよ。気づかなかった?」

 竜がくつくつ笑った気がする。竜も笑うのかと、なぜかそんなことを考えながら、ヴィルムは呆気に取られてしまった。いったいこの森とグラールスの町ってなんなんだ。“森の魔法使い”ってなんなんだ。

 ソーニャとエルナがこの場所に現れたのは、それから2回ほどヴィルムが突風を食らった後だった。


「ヴィルム!」

 エルナが名前を呼びながら飛びつくと、ヴィルムは「痛い!」と悲鳴を上げた。あちこち痣だらけの打ち身だらけなのに、そう思い切り来られたらとんでもなく痛い。

「あ、ごめん」

 思わず身を強張らせるヴィルムに謝りながら、エルナはそっと離れた。

「ヴィルムくん、よくがんばりました。あとはさっさとあれを返すだけですよ」

「でも、あんなに強い魔神を、どうやって……」

 “返す”といったってどうするのか。従えるだけの力が無ければ、帰れと言ったって帰らないんじゃないだろうか。

「だから、ヴィルムくんとエルナちゃんも力を貸してください。わたしとウルスだけじゃ、たぶん足りないので」

「でも、あたし、魔法なんて……」

「エルナちゃんは100人目の“女神の巫女”ですから、ちょっと上乗せがあるんです。それに、一番原始的な魔法ってなんだか知ってますか? お願いなんですよ」

 エルナは「お願い?」と不思議そうにくすくす笑うソーニャを見上げた。

「そうです。だから、エルナちゃんは、女神様にしっかりお願いしてくださいね。“あの魔神をいるべき世界に返してください”って」

 それから、ヴィルムに手を差し出して尋ねる。

「ヴィルムくんは、わかりますね?」

 頷くと、ソーニャは「じゃあ、お仕事を始めましょう」とまた微笑んだ。

「ウルス、行きますよ」

「任せて」

 ソーニャが魔力を込めて放つ言葉を、ヴィルムも唱和する。


「KLAVAET、汝が名にかけて、“森の魔法使い”が命じる。KLAVAET、お前のあるべき世界へと還れ」


 たちまち魔神は動きを止める。何かに抗うように少しだけもがいた後、そのまま地面へと吸い込まれるように消えた。


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