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 そこへ近寄ると、明らかな異変に気づけた。

「あれってさ、囲まれてるって感じじゃないよなぁ」

「そうね。お母さんを思い出すわ」

 思わず苦笑したヴァルトに、ユリアはグッと額を押さえている。

 恐らくシーヴは、セーデルランドの女性としては、ごくごく平均的な身長だろう。それなのに、上半身がしっかりと見えている。

 周りが跪いて、腰を落としているからに外ならない。

 警戒を怠らず近づいていくと、今度は声が聞こえてきた。

「父上はもちろんだが、お前たちもだ! 張り合いがないというならば、僕が帰りたいと思うほど強くなってみせろ!」

 ヴァルトの口から、ほろりとため息がこぼれる。ユリアがクスクスと声を立てて笑う。

「すっかり頭に血が上っちゃってるのね。ねえ、ヴァルト。あの台詞どおりにされたらどうするの?」

「そんなの簡単だって。あっちも強くなったけど、やっぱこっちのが強いから帰らない、って言わせればいいんだから」

「あら、ヴァルトがいるから、じゃないのね」

 明らかなからかいを含んだユリアの言葉に。ひっそりと自嘲を浮かべたヴァルトは、わずかに振り返る。

 イクセルを足止めしている、紫衣の面々が見えた。

「ソーニャさんだって、陛下がいるから、なんだし」

「それもそうね」

 具体例に出されたソーニャで納得したのか。それとも、自身に当てはめてみたのか。ユリアは何度か頷く。

 その間も、シーヴは淡々と説教を続けていた。だが、ふと視界に入ったらしい。

 不意にこちらへ顔を向けて、ややはにかんだ微笑をふわりと浮かべる。

 今すぐ駆け寄って、ギュッと抱き締めたくなるほど可愛い。夢を見ているのかと、自分の頭を疑うくらいに可愛い。けれど、どう好意的に見ても、状況が悪い。悪すぎる。

「何かさ、嫌な予感しかしないんだけど?」

「あら、奇遇ね。私もよ。ナイセ!」

 一瞬でいきり立った集団から身を守るために、ユリアはまず、一枚分の防御魔術をドンと置く。それにもう一枚重ねてから、微妙な距離を開け、やはり二枚重ねを二組並べた。

「私じゃ、さすがに、お父さんみたいに余裕たっぷりで遊んであげられないから、ただの時間稼ぎにしかならないんだけど」

 呟きながら、砕かれた防御魔術を再び置いていく。

 一人一人はそこまで脅威でなくとも。圧倒的な数が集まれば、ユリアの防御魔術はほとんど意味をなさない。

「僕は少し数を減らす。リクはあいつらの背後から、適当に撃って逃げてこい」

 自己強化の呪文を唱えて、ユハナは防御魔術を壊している集団に突っ込んでいく。彼に従い、リクの姿もフッとかき消えた。すぐに、セーデルランド騎士の向こうで、派手に攻撃魔術の連射が開始される。

「じゃあ、オレもその辺で、攻撃魔術を撃ち込んでくるから」

 声も手も使っているユリアは、軽く頷いた。

 すうっと息を吸い、特に密集している辺りに、グッと右手のひらを向ける。

 片手では、撃ち込む位置が定まりにくい。その上、威力は嫌でも落ちる。万一体をかすめても、治癒魔術で即座に治せるだろう。

 うっかり生死をさまよわせると、今後に支障をきたしかねない。

「プキ、キエリ、リートゥ、シヴェ、ルム、ネコウ!」

 立て続けに魔術を放つ。運よく当たって吹き飛んだ者の大半は、すぐに体勢を立て直して、再び向かってくる。

(やっぱり、片手じゃ厳しいか)

 チッと軽く舌打ちして、両手のひらを向け直した時。

「やめないか!」

 空気をビリビリと震わせる怒声が響き、セーデルランド軍だけがピタリと動きを止めた。

 すでに発動させてしまった魔術を、止める術はない。そのため、何人かの騎士が、リクの攻撃魔術に吹き飛ばされる。

「父上といい、お前たちといい、いったい何を考えているんだ。これ以上、他国で醜態をさらすな! セーデルランド騎士の名を、いったいどれほど貶めれば気が済むのか、今すぐここで言ってみせろ!」

「またお説教なのね。お母さんみたいにって育てられただけじゃなくて、元々お説教が大好きなのかしら」

 呆れた声で呟くユリアが、苦笑をこぼしながら。王の威厳さえ感じさせるシーヴに、ゆっくりと歩み寄った。


          ‡ 


「シーヴ」

 かけられた声は、よく知った声だ。

 緩慢に振り向いて、やはりユリアの声だと確認する。

「ねえ、そのくらいにして帰りましょ?」

 天使のようで、どこか黒い。見慣れた微笑みを浮かべて、ユリアは右手を差し出している。

 いつもどおりの笑みを返して、何の気なしに、グルリと周囲を見回してみた。騎士の何人かが、あからさまに顔を引きつらせている。

(そういえば)

 ふと思い出す。

 セーデルランドでは、ソーニャはとことん敬愛されている。同時に、アハトとエリサは、畏怖をもって語られることを。

 苦笑がちに目を細めて、視線を右手に巡らせれば。呆然と立つ、ユハナとリクが見える。反対へ向ければ、微笑んでいるユリア。その向こうに、右手を髪に突っ込んで、あらぬ方を見ているヴァルトの姿。

 そうだ。彼らのいるところが、帰る場所だ。

「……ああ、帰ろう」

 生まれ育った国が帰る場所ではないと、言うつもりはない。けれど、今帰りたいと思うのは、アウリンクッカだ。自分を他の何者でもない、ただの「シーヴ」として扱ってくれる、大切な人たちのいる場所。

 ユリアの手を取って、颯爽と歩き出そうとしたシーヴは、不意に立ち止まった。一様に沈んだ表情の騎士たちを、順々に眺める。

「僕は、よほどのことがない限りは、セーデルランドに足を踏み入れないと思う。だが、お前たちが遊びに来るのはかまわないだろうから、事前に日を知らせて遊びに来い」

 エリサの意図を、ひとかけらも知らないはずのシーヴが言い放った言葉に。

「シーヴもすっかり染まっちゃったのね」

 ユリアがそう、独りごちた。

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