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どうにかして、父の興味を他へ移そうにも、このままでは埒が明かない。
そう判断を下し、シーヴはイクセルに呼びかけた。
「父上、お話があるのですが」
「な、何だい?」
挙動不審ながらも、いきなり姿勢を正した父に、がっくりと肩を落としてしまう。ここでは、ほぼ間違いなく起こるだろう出来事が怖いので、わざわざ場所を移動する。
とっさに剣を抜いて斬りかかれない距離ならば、万一の時でも安心だ。
想像していたよりも、ずっと素直についてくる。そんな父が、ひどく情けなくて、かすかな安堵をあっさり吹き飛ばす。
威厳のなさを、くどくどと説教したいところをグッと我慢して。もうこの際だからと、故郷からの来訪者たちに囲まれる場所へ向かう。
「シーヴ王女!」
あっという間に、顔見知りの騎士たちに囲まれた。
「お待ちしておりました」
「髪を切られたんですね。でも、お似合いです!」
「アウリンクッカでの修行は、終わられたのですよね?」
「じゃあ、また国でシーヴ様の剣を見られるんですね!」
帰ってきたと信じて、純粋に喜ぶ彼らの声に応えられない。それだけが、ほんの少し苦しい。
それでも。
「僕は、アウリンクッカで生きると決めた。もう、国へは戻らない」
なるべく淡々と、余計な感情を込めないように。できるだけ、素っ気なく告げたつもりだ。
「ど、どうして!」
動揺した問いが、父ではなく近くの騎士から飛んできたことに。首を傾げつつも、やはり感情を抑えた静かな声音で、しっとりと語る。
「伯母上が一番強いことに変わりはないが、アウリンクッカは、伯母上以外にも強い人が多い。僕はここへ来て、ヴァルトの防御魔術で多少威力が弱まったとはいえ、父上の剣を一時、受け止めることができるようになったんだ」
知らない名前に、騎士たちは一瞬顔を見合わせていた。しかし、シーヴがイクセルの剣を受け止めたと聞いて、あちこちから感嘆の声がどよめいた。
国にいた頃は、イクセルが加減をしなければ受け止められなかった。それが、予想よりはるかに強くなったシーヴに対する、彼らの純粋な称賛だ。
「それから」
続けようとして、シーヴはふと視線を離れた一団へ向ける。
彼らの顔ははっきり見えないが、特別な色の服を着ている者たちは、全員誰だか判別できた。しかし、その他は、ひとまとめになってしまうことが多い。
だが、青や紫に寄っている、濃灰色のサーコートの片方。彼だけは、ひとまとめの中にいても、必ず見分けがつく。
今ならば、きっぱりとそう言い切れる。
「これからを、ともに過ごしたいと思える人ができました」
ほんのりと頬を染めて、シーヴが言ったとたん。鬼気迫る形相のイクセルが、クルリと振り返って、元来た道を一気に駆け出した。
周囲にいた騎士たちが、こぞって道を開けたことに。唖然としている間に、父との距離はどんどん開いていく。
「あ、父上!」
ハッと我に返って、急いで追いかけようとしたシーヴの行く手を、騎士たちが一斉に遮った。
「どけ!」
「嫌です!」
強く、険しく言い放つシーヴに、怯むことなく一人が怒鳴り返す。
とっさに理由を問い返すことができなかった。シーヴは何度か瞬き、その姿が彼らの思いに火をつけたのか。
「やっとシーヴ様が戻ってきてくださると思ったのに、帰ってこないだなんて、冗談じゃありません!」
「ソーニャ様もアウリンクッカで生きると言って、あれっきり足を踏み入れてくれませんし」
「華も、張り合いもないんです」
そこまでは黙って聞いていたシーヴの肩が、体が、フルフルと小刻みに震えた。
ギュッときつく拳を握ることで。ともすれば爆発してしまいそうな感情を、必死に抑え込んでいるようだ。
「せめてシーヴ様だけでも……」
「……ふざけるなっ!」
どうしても耐えかねて、我を忘れて一喝した。
「僕も伯母上もいないから、華がなければ張り合いもない? くだらない言い訳を口に出す暇があるなら、今すぐ訓練に精を出せ!」
いないからやる気が出ない。
これほど愚かしい言葉を聞きたくて、わざわざ来たわけではない。
──思わず帰りたくなるほど、強くなってみせます。
クラクラと心躍らされるそんな宣言が、聞きたかったのだ。
‡
「あー、言ったかな」
「言ったな」
「つまらないわ、もう話してしまったのね」
三者三様の言い方で、ほぼ同じ内容を呟いたアハトたちに。ヴァルトは知らず知らず、額を強く押さえてため息をついた。
遠目にも、鬼の形相で駆けてくるイクセルが見える。
「何をどう言ったのかが、ちょっと気になるけど……」
聞き出そうにも、まずは彼を落ち着かせなければならない。
明らかに難しいそれは、挑戦する前から、全部投げ捨てて諦めたくなる。
「とりあえず、アハトとソーニャがいれば、彼の足止めはできるでしょ? ユハナくんたちで、シーヴちゃんの救出に向かったらいいんじゃない? 何だか、すっかり囲まれて、身動き取れないみたいだしね」
イクセルの足止めに協力する気は、リュイスにはこれっぽっちもないようだ。そんな彼が指し示す方向で、確かにそうとしか受け取れない状況が見えた。
太陽にきらめく刀身を、剣を引き抜いたソーニャがしっかりと受け止める。その隙に、ヴァルトたちは全力で駆け出した。
「悪いけど、行かせないよ」
追いかけようとするイクセルの目の前に。アハトは次々と、微妙な距離を取って防御魔術の壁を作る。
避けて遠回りをするよりは、打ち砕いた方が若干早い。しかし、まとめて叩き壊すことのできない距離にある。その結果、いちいち立ち止まることになり、進む速度はどうしても遅くなってしまう。
こういう戦法は、得意のうちだ。
「なあ、イクセル。ひとつ聞きたいのだが」
アハトの防御魔術に、イクセルは完全に苦戦を強いられている。そんな彼の隣にスッと立ち、ソーニャが何の気なしに問いかけた。
「お前は、誰に、その剣を向けるつもりだ?」
「誰って……」
問い返そうとして、イクセルはピタッと動きを止める。
「僕は、誰に?」
すっかり我に返って、きょとんとしているイクセルに、誰もが苦笑をこぼす。けれどそれでも、ソーニャは、事実をうっかり言ってしまうことはしなかった。




