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翌朝、ヴァルトはいつもと同じ時間に起きて、身支度と朝食をさっさと済ませた。
そうこうするうちに、ユリアがのんびりと起きてきた。だが、何の連絡も来ないことに首を傾げて、仕方なく階段を上る。
ユッカがどうしているのかを、単に確かめたかっただけだ。
しかし、各人の私室がある側へ曲がったとたん。ヘンリクの部屋の前で、すっかり呆れ顔のアハトとソーニャが見えて、知らず知らずため息がこぼれた。
「ユッカさん、ヴァルトくんはもう、準備万端ですよ!」
声を張り上げたアハトが、バンバンドアを叩く。それでも、室内から返事もなければ、人が動いている気配もしない。
「俺としては、今すぐセナリマさんを呼んできて、この部屋にポイッと放り込みたいね」
「代わりにリュイスでも放り込むか?」
「リュイスさんだったら、今日はヴァルトくんくらいの時間に起きて、視察に飛んでいったよ。リクくんが起きてると思うけど」
「……明日は朝から、季節外れの大雨だな」
誰より早く起きるから、近場で寝ている人間の起床時間を、ソーニャはだいたい把握している。
早い組に分類されるのはアハト、シーヴ、ユハナ、ヴァルト。遅いのは、エリサを除いた全員だ。
エリサは、部屋に朝日が差し込むと目を覚ます、一風変わった体質だ。時間が一定ではないため、誰かと比較しづらい。
「リクをここに放り込んでも、面識がないからどうにもできないだろう。仕方がない、鍵を開けてやるから、アハトが叩き起こしてこい」
「えっ、や、ユッカさんは寝起きが悪すぎて手に負えないって、昔アクセリさんに聞いたことが……」
「いいから行ってこい」
ソーニャはすぐさま、自室から鍵を取ってきて開錠する。がっくりと肩を落としつつ、アハトはドアを開けた。
開けたそのままの格好で、入り口でビシッと固まる。
彼の背中と入り口の隙間から、ヴァルトは中を覗き込む。
ヘンリクがエリサと結婚して以来、一切使っていない部屋だ。とはいえ、手入れや掃除は欠かしていない。だが、室内のベッドを使った形跡はなく、ユッカの姿も見当たらない。
「俺、床で寝てる人見たの、これで二人目だよ」
それも、ほとんど私物がなく広々とした、部屋の中心ではなく。ベッドの陰になる隅で、丸くなって眠っているのだ。
「そういえば、ユッカ様を起こしに行ってすることが家捜しだと、いつだったかセナリマ様に聞いたことがある」
「……ユッカさんの部屋だったら、間違いなく家捜しだね」
自分の部屋を棚に上げたアハトに、ひっそりと苦笑をこぼして。ソーニャは一度も足を踏み入れていない室内を、そっと眺めた。
「ところで、ユッカ様はどこにいるんだ?」
アハトとは、身長に大きな差があるからか。ソーニャの位置からでは、ユッカが確認できなかったらしい。
スッと腰を落として、アハトはソーニャと目線の高さを合わせる。そして、そこから見えるユッカの一部を、淡々と説明し始めた。
「あー、ベッドの向こう側に、ユッカさんの服がチラッと見えてるよ」
「どこだ? ……ああ、あれか」
服と言われれば、そう見えなくもない。むしろ、ただリネンが置いてあるだけ、と説明された方が納得できてしまう。
それが、ぴくとも動かないのだからなおさらだ。
ヴァルトの目線からは、かろうじて、ユッカの足が見えている。ただ、なぜそんな場所で寝るのかが、どうしても理解できない。
「もういい時間だし、ヴァルトくんが待ってるし、ちょっと姑息な手で起こしてくるね」
ニッコリ微笑むアハトに、本能的な危険を感じた。けれど、どうなるのかは気になる。
ユッカの耳元で、アハトが何か囁いたかと思うと。ドアをどれだけバシバシ叩いても、無反応だったのに。部屋に入ってきた気配を察することもしなかったのに、ユッカがぴょんと飛び起きた。
いったい、どんな魔法の言葉を囁いたのか。
気にはなったが、きっと教えてはくれないだろう。あっさり諦めたヴァルトは、明らかに挙動不審のユッカに挨拶をする。
「おはようございます。出発はいつですか?」
「え? あ……ああっと、す、すぐ出るよ。ちょっとだけ待ってて」
アハトの「姑息な手」で、完全に心拍数が上がってしまったのか。ユッカはひたすら深呼吸を繰り返して、懸命に落ち着こうとしているようだ。
自分をよく知っている人間──たとえばユリア辺りに、何を言われたらここまで動揺するのか。じっくり考え、ふと浮かんだ想像に。ヴァルトはその先を思い描くことを、さっさと放棄した。
考えたくない。そのひと言に尽きる。
「着替えたら行くから、そうだなぁ……支度して、中庭で待っててくれる?」
「はい」
頷いて、ヴァルトは荷物を取りに、階段へ向かった。
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ヴァルトを見送り、ユッカはためていた息を、残らずひと息に吐き出す。
「アハトくんは野放しにしたらいけないって、よくアクセリが言ってたけど、いや、本当に危険だね。後継者はユリアちゃんでしょ? 絶対、休まらないよね」
「それは、ユッカさんとかリュイスさんみたいな人だけで、真っ当な生活をしているなら、別に怖くもなんともないんですけどね」
「いやいや、あれはないよ。というか、よく知ってるね」
「セナリマさんとエルヴィーラ様が、いろいろと」
がくっと肩を落とすだけ落として、露骨に重いため息をついて。ユッカは、続けられたアハトの言葉で、ゴロッと床にひっくり返る。
「……って、何年か前に、ソーニャさんが教えてくれたんで」
もはや、起き上がることはできない。いや、したくない。
綺麗に掃除された床は、少しひんやりしている。熱くなった体を、芯までしっかり冷ましてくれる気がした。
嫌がらせにもほどがあると、後でエルヴィーラにこっそり抗議しなくては。いや、その前に、アクセリを全力で味方につけておかないといけない。
そう心に決めて。ユッカは身支度を整えるために、アハトたちを部屋から追い出した。




