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「ソーニャがエリサの騎士になった時に、何度も何度もお願いしたのよ? それなのにソーニャったら、「私の仕事は姫様のおそばにいることです」って、絶対に首を縦に振らなかったの。代わりにアクセリをつけるからって言っても、エリサのそばを離れないって」
つんと口を尖らせて、不満をあからさまに顔に出す、エルヴィーラの子供っぽさと。そんなに昔から、ソーニャはソーニャだったのだと、不意打ちで聞かされたことで。
シーヴはついつい、笑みらしくない微笑を、口の端にひっそりと浮かべた。
エルヴィーラは、気づかなかったのか。はたまた、無視したのか。それを指摘することなく、ニッコリ微笑んで言い放つ。
「だから、今日は思う存分、おしゃべりをしましょうね。たとえば……そうそう、セナリマは知っていて? ユッカときたら、あなたを後ろに乗せてここへ来るのが、ほんとうに楽しくて仕方がないみたいよ」
「そういえば、ずいぶん楽しそうにしていたな」
独り言のように、本当に何気なく口にしたのに。セナリマの目元が、ふわっとわずかに赤みを帯びた。
目ざとく見つけたのは、エルヴィーラだけだ。
「だが、あれほど速度を出すと、セナリマ様が怖いのではないか?」
「逆よ、逆。ユッカにギュッとしがみついて、しっかり目を閉じていればここに着くのだから、セナリマにはあれでちょうどいいの」
「そういうものなのか?」
理解できないと首を傾げるシーヴに、エルヴィーラはクスクスと可愛らしく笑う。
エルヴィーラは、まったく予測していなかった角度から、唐突に問いをぶつけてきた。
「案外、怖いものなんて、誰かにギュッとしがみついていれば、知らない間に通り過ぎているかもしれなくてよ? シーヴちゃんも、夕方に荒れ模様の日は、一度試してみたらどうかしら」
完全に不意を衝く、エルヴィーラの言葉を、頭が正確に理解したとたん。シーヴの頬は、意思と無関係にピクッと引きつった。
いったい誰が、エルヴィーラに伝えたのか。
ヴァルトは知っているが、エルヴィーラとの接点はないはずだ。セナリマには、話したことはない。
身近で気づいていそうな人間は、何人か心当たりがある。しかし、誰も彼も、知り得た秘密をペラペラと吹聴しない。絶対に、己が持つ情報を安売りしないだろう。その点だけは、きっと信じてもいいはず。
「……なぜ?」
呆然と問うシーヴに、優美な笑みを向けて。けれど惜しむことなく、エルヴィーラはあっさり種明かしをする。
「夕立の日は、シーヴちゃんが部屋から出てこないから寂しいって、ユリアちゃんの手紙に書いてあったの。もしかして……って、予想してみただけよ」
明かされてからようやく。エルヴィーラはひと言も、自分が怖いものの名前を出していなかったことに気づいた。
墓穴を掘ったと、シーヴはがっくりと肩を落とす。
やり方が、エリサよりさらにあくどい印象だ。
「ユリアちゃんは微妙な書き方をしていたから、確実に知っている人はヴァルトくんくらいかしら?」
どうして、そんなことまでわかってしまうのか。
それとも、自分の周囲にいる人間は、そこまで手紙に書いてしまうのか。
これ以上落とす肩はないので、仕方なく、シーヴはほろっとため息をこぼす。
「わたくしは、怖いものは怖いと言っていいと思うのだけれど、セナリマといい、ソーニャといい、本当に親しい人間以外には言いたがらないのよね」
「伯母上にも、怖いものがあるのですか?」
ふと、耳が拾った名前に、疑問が口を飛び出した。
「あるわよ。正直なところ、とても人間とは思えない強さだけれど、ソーニャも女の子よ。それも、とっても可愛いことを怖いと言うらしいの」
実際にそれを聞いたのは別の人間で、エルヴィーラは強引に聞き出した口振りだ。
「たまには素直に怖いと言って、その怖いことを忘れてしまうような目に遭ったら、少しは平気に……なるかもしれなくてよ」
慣れるどころか、悪化していそうな前例が、すぐそこにいるというのに。エルヴィーラは、それが完璧な正論であるかのように、堂々と、平然とのたまう。
「それに、シーヴちゃんみたいな子が弱いところを見せると、コロッと落ちちゃう人も、たくさん出てきそうじゃない?」
「コロッて子は、もう十分すぎるくらいいるらしいですよ? エルヴィーラ様が参加されなかった、再建記念の舞踏会で、シーヴちゃんは脅威の大変身をしたそうですから」
「ああ……ヒリヤの腕の見せ所だったという、あれね」
一応、今はそれなりに落ち着いている。しかし、舞踏会の直後は、まともな訓練の時間も取れないほどに慌ただしかった。
ひっきりなしに、街の少女たちと城の騎士や魔術師がやってくる。おかげで、昼食がろくに食べられなかった日もあったのだ。
今でも、少女たちは何日かに一度、城門に押しかけてくる。頻度が少々減っただけで、満足に訓練ができない日があることには変わりない。
「そうだわ。今度来る時は、その色気のない格好じゃなくて、ぜひともヒリヤが腕によりをかけた服装で来てちょうだいね」
色気のない格好というのが、いったい何を指すのか。しばらく本気で考え、騎士の格好なのだと思い至った。
シーヴはわずかに、キュッと眉根を寄せる。
着慣れた服ではなく、ヒリヤの自信作を着ろと言われて、素直に頷けるはずがない。
「え……それはちょっと……いえ、かなり嫌です」
「逃げ場をなくすこともできるんだけど、どちらがいいかしら?」
優美で穏やかというのに、黒い何かがにじむエルヴィーラの微笑みに。シーヴは本日何度目かわからないため息を、こっそりと吐いた。
自分がそうしたいと決めたら、基本的には絶対に譲らない。
エルヴィーラのそういった性格が、ようやくつかめてきたところだ。どう抗おうと、まったくもって無駄なことは理解している。
だが、エルヴィーラが強く望んでいる。そう聞いたヒリヤに、何をされるかわからなくて、怖い。
さまざまな葛藤の末、今度は思い切り、重いため息を吐き出した。
「……わかり、ました。善処します」
最終的に、どうあっても頷かなくてはならなくとも。エリサはまだ、話を聞いてくれようとする。こちらがどうしても譲れない部分に関しては、エリサが妥協する場合もあったのだが。
どうやらエルヴィーラは、一切の妥協をしないようだ。
もはや、潔くすっぱりと、諦めるしかない。
パチパチ手を叩いて喜ぶエルヴィーラを、ジッと見つめながら。これ以上の無理難題を吹っかけられないうちに、城に帰りたいと思った。




