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引き起こされたシーヴは、アクセリに手を引かれ、なぜかエルヴィーラの正面の椅子に座らされた。そこにすかさず、セナリマが茶を注いだカップを差し出す。
実に見事な連携だ。
「シーヴちゃんは、訓練が好きだそうね」
「はい。伯母上のように強くなりたいので、欠かしたことはありません」
「……な、なんてこと! いい? ああなってはダメよ! ソーニャはもう、人の手に負える存在ではないわ。そう、あれは怪物などの同類よ!」
思ってもいないのに、頷くわけにはいかない。
けれどエルヴィーラは、首を縦に振らなければ承知しないと、強く目で訴えてくる。困り果てて、救いを求めたシーヴは、グルリと周囲に視線をめぐらせた。
全員がさりげなく、だがはっきりと目を逸らす。
「だいたい、あんなにスベスベの肌で、しかもやわらかくって気持ちいい子が、ソーニャみたいになりたいだなんて……世も末よ。終わりね」
「勝手に終わらせないでくださいね」
彼女に対する苦言は、アクセリに一任しているのか。ユッカもセナリマも、我関せずの顔で、のんきに茶を飲んでいる。
「まあ、自分より強い男が好みという辺りはソーニャと同じだから、剣の腕はほどほどにしなさいね。アハトのような変わり者が、そうゴロゴロとその辺に転がっているわけでもないのだから」
「……え?」
今、彼女は何を言ったのか。
言われたことがスッと理解できず、シーヴは素っ頓狂な声を返す。
「あら、そこもソーニャと同じなの? ……ねえ、待っているより、押しかけちゃダメかしら?」
「それは無理です。街に行けば、身動きが取れなくなりますからね」
今はエリサの治世とはいえ、エルヴィーラは先代の女王だ。人々に知られた顔を見せれば、あっという間に囲まれてしまうことは想像に難くない。下手をすると、城門へたどり着くまで、半日仕事になりかねない。
「そう……では、今度はなるべく早く、できれば半月以内に、噂のヴァルトくんを連れてきてちょうだい。シーヴちゃんも一緒だと楽しそうだから、そうなるといいわね」
ほのかな希望を述べているようで、実際には、絶対にそうしろと命令しているようなものだ。
そうとわかっていて、アクセリたちは、あえて何も言わずに聞き流しているらしい。
「ね、セナリマ。お願いよ」
「一応、エルヴィーラ様の希望ということで、ソーニャちゃん辺りには伝えますけど、聞き入れてもらえるかどうかは、今回のでき次第ですからね」
甘えた声で頼むエルヴィーラに、セナリマは淡々と、すっぱりと言い切る。
セナリマは、切り捨てることはしないが、安請け合いもしないようだ。
「連れ出すとなると、他にしわ寄せが行くんですから。今回だって、シーヴちゃんは王城を数日留守にするらしいですよ。それを二人もだ……」
「ぇえぇっ!?」
まったく聞いていなかった事実を、今初めてセナリマの口から知らされて。シーヴはガタッと椅子を鳴らして立ち上がりながら、声をひっくり返して叫んだ。
「この、ソーニャっぽい外見を裏切る、この反応! ああ、何だかとっても新鮮ね」
うっとりと頬に手を当てている、少女のようなエルヴィーラをまじまじと見つめながら。
どうして自分の周りには、この手の女性が集まっているんだろう。そんなことを、真剣に考え込んでしまう。
それとも、類は友を呼ぶ、というやつだろうか。
「でも、ソーニャに頼まれたことをしてしまうと、せっかくのこの可愛らしさが薄れないかしら?」
「心配はいらないでしょうね。こちらに来た当初は、外見の印象もあって、ユハナくん同然だったそうですから。恐らく、これが彼女の素なのだと思いますよ」
のほほんと言葉を交わしている、楽しげなエルヴィーラとアクセリに、何も言えなかった。
そもそも、情報源は察しがつく。わざわざ確定する必要もないし、何より、はっきりさせたくない。
だから代わりに、少し引っかかったことを口にしてみる。
「伯母上に頼まれたこと、というのは何ですか?」
「内緒」
ほっそりした人差し指を立てて、ふわっと唇に当てて。パチッと片目をつぶったエルヴィーラは、年齢を忘れさせるほど愛らしく言い放つ。
言葉を変えて問いかけたところで、話しそうにないことは、エリサを見ていればよくわかる。
潔く、すっぱり断念しよう。そう考えた瞬間。
「せっかくだもの、わたくしが楽しみたいでしょう? ……ああ、そうよ。ユッカ、今すぐソーニャのところへ行ってきなさい。理由は、もちろんわかるわね?」
がっくりと肩を落としたユッカは、深くて長くて重いため息をひとつ吐いて。それから「了解しました」と呟く。
「ダメだったら、きっぱり諦めてくださいね。その辺、ソーニャちゃんたちの判断次第なんで」
「そこをどうにかするのが、ユッカの手腕でしょう?」
「あー、いや、ソーニャちゃん一人ならどうにかなっても、アハトくんとエリサ様は、ねぇ……」
同意を求めるようにアクセリとセナリマを眺めて、二人にちょいと肩をすくめられた後。諦め顔で、ユッカは渋々、厩の方向へ歩き出した。
彼について帰りたい。
そんな思いに駆られたシーヴを、まるで見透かしたように。エルヴィーラが楽しげに、嫣然と微笑む。横でアクセリがたしなめるように咳払いをしたが、彼女はまったくもって意に介さない。
「そういえば、勝手にシーヴちゃんと呼んだけれど……わたくしはあなたの信奉者の一員だから、シーヴ様の方がよかったかしら? それとも、シーヴ姫?」
「何でもかまいませんよ。国では王子と呼ばせていましたから」
「まぁ! どこもかしこも、見る目のない者ばかりねぇ」
呆れたため息を、フッとついて。エルヴィーラは、どこに置いていたのかと問い詰めたくなるほど、大きな箱をひょいと取り出した。
飾り気は一切ないが、ほぼ正方形のそれは、大きさも深さもかなりある。
「ほっ!」
その箱に手を添えて、似つかわしくないかけ声とともに、エルヴィーラがひと息にふたを開けた。勢いで、中身の一部がぴょんと飛び出す。風に乗り、ふわふわヒラヒラと舞いながら、地面やテーブルにどんどん落ちていく。
てんでに散らかったそれらを、アクセリが残らず拾い集める。
「これは、エリサとセナリマとソーニャとユリアちゃんからもらった、素敵な手紙の数々よ。たとえば……これが、シーヴちゃんが来た頃にもらったものね」
五年以上前の手紙まで、きちんと残してあるのか。
シーヴは思わず、感嘆の息をこぼす。
「そんなことよりわたくし、ずっと楽しみにしていたことがあるのだけれど」
腹に一物抱えている時のエリサとは違う、心からの期待をあふれさせるエルヴィーラの笑顔に。彼女の「楽しみ」は自分にとって、そこまで極端に悪いことではなさそうだと、話を聞いてみることにした。




