表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
79/153

78

 街の出口で、ユッカが借りてきた馬に、シーヴは難なく飛び乗る。それを見て、セナリマはハァッと重たいため息をついた。

「ああもう、どうしてみんな乗れるのかしら」

「だからそれは、単純に向き不向きだと思うけど」

「……エルヴィーラ様も乗れるのにね」

「あの方は話せるようになったとたんに、アクセリに乗馬を教わっていたから。ほら、恋する乙女はどうこうって、あの方がよく言ってたでしょ?」

 先に乗って、さりげなく手を伸ばし、片腕でグイッと力強く、セナリマを馬上に引き上げながら。ユッカはそんなことを、サラリと口にする。

「どうしてセナリマ様だけが乗れないんだ?」

 二人のやり取りを、ぼんやりと馬上で聞きながら。ふとかすめた疑問を、シーヴは考えなしに口にした。

 とたんに、ユッカは不思議そうに首を傾げる。セナリマはきょとんとした後に思いついたのか、うんうんと何度か頷く。

「シーヴちゃんは、そんなに詳しく聞いてないのね。アクセリは騎士の、ユッカは魔術師の名門の出だから、乗馬はできて当然っていう環境で育ったのよ。私は二人と逆で、自分の足で歩くのが当たり前っていう庶民の出だから、馬自体慣れがなくて」

「だが、ヴァルトは乗れるぞ?」

 初めて会った時、しっかりと乗っていた覚えがある。

 シーヴの言葉にカチンときたのか。引き上げられた馬の背に横乗りして、ユッカにしっかりと抱きついたセナリマは、うるうるした瞳でキッと睨む。

「……正直なところを言うと、セナリマは高いところが苦手らしくてね。馬車はまだいいらしいんだけど」

 言われてこれまでを思い出せば、セナリマが窓に近づくところを、一切見た覚えがない。さりげなく避けていたので、まったく気づかなかったのだろう。

 他人にとっては何でもないものが、怖い感覚は理解できる。だからシーヴは、謝罪の気持ちを込めて、ペコリと頭を下げた。

「怖いものは仕方がない。誰しも苦手はあるからな」

「そういうシーヴちゃんも、何かダメなものがありそうだね」

 勘の鋭い人たちに、ほんの少し、シーヴは苦手意識を抱く。

 不意にユッカは、楽しげで、そしてどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。次の瞬間、シーヴが目を見張る真似をしでかした。

「見失わないようについておいで!」

 全力とまではいかないが、後ろに高所恐怖症の人間を乗せている速度ではない。

 見失ってはいけないと、慌ててシーヴは追う。しかし、これ以上引き離されないようにするだけで、精一杯だ。

 周囲の景色を見る余裕すらないまま、唐突にユッカが手綱をゆるめた。それにならい、シーヴは知らず知らず上がってしまった息を整えながら、同じように速度を落とす。

「もう目と鼻の先だから」

 その言葉どおり、ほどなく一軒の屋敷が見えてきた。近づいていくと、立派な門から続く道の脇に、赤色の花がたくさん並んでいるのがうかがえる。

 花はバラだった。門の外から見える範囲には、色とりどりのバラが植えられている。庭の中に咲いている花は、どこもかしこもバラしか見当たらないという、見事な徹底振りだ。

「来たよー」

 のんきにも感じられる声を、ユッカが門の中にかける。すぐに、アハトに似た面差しの男性が、ひょいと顔を出した。

 シーヴがいるのを見て、彼はアハトよりやや硬質な微笑を向ける。

「ユッカとセナリマだけかと思ったら、素晴らしい来客だね」

「あ、お邪魔します」

 言ってから、少しおかしな挨拶をしてしまったと気にする。だが、その辺りはまったく気にしないのが、かつての女王についていた人間の共通点なのだろう。

 アクセリは笑って「どうぞ」と門を開け、三人を中へ誘導した。

(彼がいるということは、ここは陛下の母上の家だったのか……バラがお好きなところは母娘だな)

「馬はいつもの場所に。セナリマ、おいで」

 呼びかけられ、セナリマは差し出されたアクセリの腕にギュッとつかまり、馬からパッと飛び降りる。足が地面に触れたところで、ホッと息を吐き出した。

「じゃあ、僕たちは馬をつないでこようか。セナリマは、あの手紙を渡しておいてくれるかな?」

「ええ」

 承諾して、アクセリと並び歩いていくセナリマを見送って。ユッカに厩へ案内してもらい、そこに馬をつないで庭を歩く。

 ふわりと風が吹くだけで、バラの華やかな香りが鼻をくすぐる。もっと密集している辺りでは、きっと、むせ返るほどの香りに包まれるのだろう。

 建物の角を右へ曲がり、視界が開けたと思ったとたん。待ち構えていたと思しき誰かに、奇声とともにドンと飛びかかられた。

 目の前に、金色がキラキラと弾ける。

「ほ、本物なのね! ああ、本当に? ちょっと、顔をよく見せてちょうだい! ああ、ソーニャが髪を短くしていたら、確かにこんな雰囲気でしょうね。あ、もう、動かないで! なぁに、この肌。スベスベすぎない? ソーニャでも、さすがにここまでじゃなかったでしょう? あらまあ、こんなに細いのに、その剣を振り回しているの?」

 矢継ぎ早などといった、可愛いものではない。流れ落ちていく水を上回れそうな勢いで、彼女の口から言葉が発せられた。

 同時に、体中をベタベタと、遠慮も容赦もなく触られる。

「わたくしの時代から、この手の美少女を放置してしまうくらい、まったくもって見る目のない男ばかりというのは情けないわ、ええ。もういっそ、押し倒した者勝ちでいいような気がするわ」

「いえ、それはさすがに問題があるかと。魔術師では抵抗できませんからね」

 穏やかな口調のアクセリだが、刺す釘はしっかりしていた。

「あら、わたくしは女性騎士の話をしているのよ? 魔術師は含まないわ。だいたい、セナリマがそういう目に遭うだなんて、わたくしが許すと思って?」

「シーヴはいいんですか?」

「そもそも、この子をまともに押し倒せる男がいるの? ああ、ユハナくんはできそうね。でも、あの子はしないでしょ? ヴァルトくんは魔術師だっていうし。魔術師って、アハトのせいで、どうも非力で頼りないとしか思えないのだけれど」

(陛下より、ずいぶんと口の滑らかな方だな……)

 対面してわずかな間に、とてつもない疲労感を覚えた。けれど、どこかエリサに似ているので、妙に親近感も湧く。

 クルクルと変わる表情や、光の中でキラキラと眩しく輝く金の髪。空を切り取ったような青色の瞳。

 疑いようもなく、彼女がエリサの母なのだろうと思える。

「ヴァルトくんはそうでもないっていうか、アハトくんが異常なくらい非力なだけで」

「騎士でもよかったって、前にソーニャちゃんが言ってたよね?」

 セナリマとユッカの言葉を聞いて、エルヴィーラはパッと破顔した。「まあ!」と喜びの声をあげる。

「ねえ、ユッカ。今度はそのヴァルトくんも、ぜひここに連れてきてちょうだい。実物に会ってみたいわ」

「彼の予定が空いていて、来てもいいって言われたら、連れてきますね」

 主のわがままには慣れっこなのか。ユッカは笑顔でそう言い、セナリマは無言で人数分の茶をカップに注ぐ。

 エルヴィーラを軽々と抱き起こしたアクセリは、彼女をさりげなく椅子へ座らせる。それから、まだ押し倒された格好で固まっているシーヴに、爽やかな笑顔を添えて、スッと手を差し出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ