表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/153

72

(ど、どうしましょう……)

「ユハナ! ユリア!」

 二人の名を呼んでみるも、声の届く範囲にはいないらしく、返事は一向にこない。

(かくれんぼなんて、子供の遊びをしなければよかったわ……)

 じわっと涙がにじんで、視界をぼやけさせる。エルミは慌てて、手の甲でグイッと目元を拭う。

 こんなことで泣いていては、母親のような立派な女王にはなれない。

 だから、エルミは口元をグッと引き締めて、しっかり前を向く。

(大丈夫。ユハナとユリアは、わたくしを探してくれている。絶対に、会えるわ)

 自分に、何度も言い聞かせて。見覚えのあるものはないか、キョロキョロしながらエルミは歩く。

 とにかく、人の通りそうな場所へ行こう。その一心で、ひたすら足を進める。

 さらに迷い込むかもしれない。そんな考えは、頭にない。

「君、迷子?」

 振り向くと、何歳か年上で、真っ直ぐな金茶の髪の少年が、少し首を傾げてこちらを見つめていた。

 渡りに船とは、まさにこのことか。

 迷ったことを、正直に告げるのはいささか恥ずかしい。しかし、無意味な意地を張って、事態の収拾を図らないことは、もっと愚かしいことだ。

 そう考えているエルミは、素直にこくりと頷いた。

「どこの子なの?」

「わたくしは、アウリンクッカ国第一王女、エルミ・リルクヴィストです」

 優美な一礼を加えた名乗りは、さすがに堂に入っている。だが、エルミはまだ、たった六歳の幼い少女だ。

 しょっちゅう、アハトが「英才教育にもほどがある」と嘆く、素晴らしい王女ぶりだった。

「僕は第三王子のシルヴォ・エルヴァスティ」

 人好きのする、にこやかな笑みを浮かべているものの。シルヴォもまた、一国の王子の名に恥じない優雅な礼をする。

「あ、もしかして、藍色の髪の男の人と、僕と同じ色で、ふわふわした髪の女の人が探していたのは、君?」

 藍色の髪と、癖のある金茶の髪。自分を探す二人が誰であるか、エルミにはすぐにわかった。だから、また素直に頷いておく。

 ユハナとユリアは、やはり探してくれていたのだ。

 ホッと安心して、エルミはやわらかな羽根を思わせるふんわりした笑みを浮かべる。

 少しでも早く、二人に会いたくてたまらない。

「シルヴォ様。よろしければ、二人のところへ案内していただけませんか?」

 先ほどとはまったく色の違う、エリサを連想させる鮮やかな微笑を見せたエルミに。圧倒されたのか、やや頬を染めたシルヴォは、ゆっくりと首を縦に動かした。

「こっちだよ」

 瞬き数回ほどの時間、ためらってから。シルヴォは、エルミの手をグッとつかんで歩き出す。

 後ろをついて行くだけでいい。

 そう言って、バッと手を振り払うこともできるのに。なぜかする気になれなくて、エルミは黙って従った。

 連れて行かれた先は、ユハナたちと別れた場所だった。不安を隠さない二人に、知らない誰かがついている。

 エルミには、その誰かが「大丈夫だから」と、ユハナたちを落ち着かせているように見えた。

(心配を、かけてしまいましたね)

 後で、大人たちからたっぷり叱られるだろう。国に戻ったら、罰則としてたくさんの宿題を出されるはずだ。

 知らない場所で、知らないところへ歩いていった自身が悪い。そのくらいは理解しているエルミだから、それらを残らず、甘んじて受け入れるつもりだ。

「ユハナ! ユリア!」

 懸命に声を張り上げて、二人の名を呼ぶ。聞こえた二人は、ほぼ同時にパッと振り向いた。ほとんと同じ形に口を動かし、一緒になって駆け寄ってくる。

 スルリと、自然な形でシルヴォの手が離れた。

「姫様!」

 いきなり、ユハナにふわりと抱き上げられた。ユリアは、ユハナごと抱き締めてくれている。

 彼らの体温が、あるべき場所へ確かに帰ってきたことを、確かに教えてくれた。

「二人とも、心配をかけてごめんなさい」

「いいえ。姫様を見失ってしまった、僕とユリアに落ち度がありますから」

「本当に、ご無事で何よりです。姫様がどこかでケガでもされていたらと、そればかり気にかかってしまって……そうです! おケガはされていませんか?」

「大丈夫よ」

 あまりに嬉しくて、視界がぼやっとにじむ。何かが、頬をつうっと落ちていく感触がする。

 それらを気にするよりも、二人を少しでも安心させたくて。

 ぎこちないなりに、エルミは必死に微笑む。

「シルヴォ様、私たちの姫様を見つけ出し、送り届けてくださいましたこと、どれほどの言葉を並べ立てても感謝し切れません。本当にありがとうございます」

 ユリアが天使の微笑を添えて礼を言うと、シルヴォはやはり笑みを浮かべて、ゆっくり首を何度か横に振った。

「偶然見つけただけですし、お二方が探していらしたからお連れしたのであって、当然のこと。礼は必要ありませんよ。では、失礼します」

 シルヴォの優雅なお辞儀に、ユリアが優美な一礼を返す。

 従者を従えて、城内に入っていくシルヴォを黙って見送った後。ユリアがほんの少し怖い顔をして、顔を覗き込んできた。

「姫様。知らない場所へ行ってはいけません。行く時には必ず、目印を覚えて進むことを約束してください」

「わかったわ」

 エルミ自身、深く反省している。

 だからだろうか。力強く頷くエルミに、いつもの少し腹黒い笑みを向けたユリアは、休憩するために部屋へ戻ろうと促した。


          ‡ 


 部屋に戻ったユリアは、エルミをユハナに任せた。エリサに事のあらましを簡単に報告するため、彼女の部屋へ向かう。

 エルミに、大人たちにひどく叱られ、罰則を与える。そんなつらい思いをさせるために、わざわざ行くのではない。

 むしろ、その逆だ。

「陛下、失礼します」

「お入りなさい」

 ドアを開けて、スルリと室内に滑り込んだユリアは、真っ先に頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

「申し訳ありません。私とユハナの不注意で、姫様を見失いました」

 ザッと顔色を変えて、立ち上がったヘンリクの隣で、エリサは表情ひとつ動かさない。ソファに座っていたアハトも、窓の脇の壁に体を預けて外を眺めていたソーニャも。やはり、微動だにしなかった。

「シルヴォ王子が姫様を保護され、連れてきてくださいました。今はユハナと部屋で休んでいます」

 エルミが行方不明になり、発見していない状態で手詰まりになったユリアが訪れたならば、もっと取り乱している。落ち着き払っているからこそ、すでにエルミは手元にいると判断した三人は、ただ黙って耳を傾けていたのだ。

「わかりました。次はありませんから、そのつもりでいなさい」

「はい」

 もう二度と、見失うなどという失態は犯さない。

 神妙な表情で頷き、ユリアはスッと一礼して、エリサの部屋を辞した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ