表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/153

51

 表向きは、ひどく平穏な日が半月ほど続いていた。そろそろ、セーデルランド軍が押し寄せてくる頃合いだ。

 その異変を真っ先に知ったのは、ソーニャだった。

 すぐに下の階へ走る。階段にもっとも近く、早朝という時間をかんがみて。万一起こしても、それほど差し障りのなさそうな。シーヴの部屋のドアを、壊さない程度に力いっぱい叩いた。

「伯母上? どうかしたのですか?」

 案の定、すでに着替えまで済ませていたシーヴは、驚きを隠せない様子で軽く首を傾げる。

 スッと差し出された鍵束を、思わず受け取ってしまう。

「すぐにユハナを起こし、無駄だと思うがユリアを確かめてもらってくれ。それから、リクを叩き起こせ!」

 あまりの剣幕に、シーヴは何度もコクコク頷く。パッと部屋を飛び出して、急いで言われたとおりの行動に移る。

 それを視界の端にとらえつつ。ソーニャは再び上の階へ戻って、今度はエリサの私室へと駆け込んだ。


          ‡ 


「ユハナ、起きているか?」

 ほとんど待つことなく、そっと開けられたドアの向こうに。やはり着替え終えているユハナが、グッと眉を寄せ、腕を組んでいた。

「母さんが暴れていたけど、何があったんだ?」

「僕にはわからないが、ユリアを確かめてくれと言われた。それから、リクを叩き起こせと」

「……まさか」

 それだけで察したのか。ユハナは廊下側のドアを開けたまま、室内のドアからユリアの部屋に飛び込む。

「ユリア、ユリア! ……ダメか」

「いったい、どうしたんだ?」

 後をついてきたシーヴは、内装が苦手ゆえ、ユリアの部屋に入ることができない。ギリギリの境界に立って、何があったのかを尋ねる。

「……とりあえずリクを起こす。その後で、ダメだと思うけど、一応ヴァルトを確かめないといけないな」

「だから、何が起きたのかと聞いている!」

 苛立ったシーヴの、きつい声音の問い。ユハナは理解できないと、あからさまに表情に出す。

 シーヴはしっかり腕を組み、憤りを全身で表現している。

「……ああ、そういえば、シーヴは知らないのか」

 ようやくユハナは、シーヴがセーデルランドの生まれ育ちだと思い出したようだ。

 すっかりアウリンクッカになじんでいたから。シーヴは、元からこの国に暮らしていたように、錯覚していたのだろう。

「多分、魔術師風邪だ」

「……それは何だ?」

「名前のとおり、アウリンクッカでは、二十年に一度程度の間隔で流行る、魔術師だけがかかる風邪だ。だからユリアを確かめた」

 言いながら、ユハナはシーヴの手から、鍵束を奪い取った。

 知らないことを教えるのは当然とばかりに。リクの部屋へ向かいながら、シーヴに軽く説明をする。

「ユリアがかかったということは、父さんもダメだ。というか、母さんが来たのは、多分父さんがかかってたからだ。だけど、リクは絶対にかかっていない」

「なぜ言い切れる?」

 魔術師がかかる風邪。たった今、そう教わったばかりなのに。

 不満をあらわにするシーヴに対し、ユハナはふうっと息を吐く。

「魔術師風邪は、三つに分類される。治癒が得意なものがかかる治癒風邪。防御が得意なものがかかる防御風邪。攻撃が得意なものがかかる攻撃風邪。一定の素質がなければ、必ず免れる。だから、魔術の使えない僕やシーヴ、母さんは何ともない。父さんやユリアが寝込んだということは、治癒か防御だ。攻撃しかできないリクは、無事に決まっている」

「……なるほど。だから伯母上は、リクを叩き起こせと言ったのか」

 感心したシーヴは、ため息混じりに小さく呟く。すぐ後ろで、ユハナがリクの部屋を開けるのをジッと待つ。

「リク、起きろ! ユリアの一大事だ!」

 ユハナの起こし方に、シーヴは思い切り噴き出した。

 そして、普段よりずっと早い時間だというのに。聞いたとたんに、バッと飛び起きるリクに、くつくつと低く笑う。

「……二人そろって、どういうこと?」

「魔術師風邪」

 それを聞いて、無事な自分自身に、リクはがっくりと肩を落とす。

「じゃあ、すぐに着替えて、セナリマ様を確かめてくるよ」

「ああ、頼む」

 着替えるからと、リクはシーヴたちを部屋から追い出した。

「なぜセナリマ様を? ……ああ、治癒型だからか」

「正確には、治癒風邪にかかり、防御風邪はかろうじて免れるからだ。わかったら知らせてくれるから、とりあえずヴァルトも確かめておこう。……ヴァルトの場合、どれでもかかるだろうけど」

「バランス型の不便なところか」

 ユハナが鍵を開け、シーヴと二人、ヴァルトの部屋へ足を踏み入れる。

 乱雑に、紙が部屋中に散らかって。本はあちこちで、バラバラに高く積まれていた。

 ヴァルト自身が通路と決めているのか。獣道の様相だが、足の踏み場はかろうじて存在している。

「……父さんの部屋みたいだ」

「アハトはこれほど散らかすのか……」

 近寄りがたい部屋だ、と独りごちて。シーヴは物珍しそうに、室内をグルリと見回す。

 本ばかりが、びっしり並ぶ棚が三つ。普段の着替えをしまっているだろう、焦げ茶色のチェスト。その近くの壁にかけられた、今日着る予定らしい魔術師の服。よく見れば、机の上まで、本と紙が占拠している。

 三年ほど前。ユハナの部屋に入ったのを最後に、異性の部屋を訪れたことはない。

 ユリアはともかく、自分の部屋と比べても。

(ここまで、違いが出るものなのか?)

 散らかすことより、片づけないことより。普段のヴァルトからは想像もできない、意外な一面に。

 ほんの少し、ささやかな興味が湧く。

「やっぱりダメだな」

 ユリアは、どうしても部屋に入れず、確かめられなかった。だが、それなりに近いところで見れば。ヴァルトが呼びかけに答えられないほど、ただ深く眠っているだけのように映る。

「そうか。ところで、これを治す方法はあるのか?」

「治癒魔術で治るんだが、これが防御風邪だった場合は、少し厄介だな」

「なぜだ?」

 防御が得意な者が、罹患している。それなら、セナリマは無事だ。かなり簡単に、あっさりと、全員の治療が終わりそうな気がするのに。

「罹患者の力量以上に、治癒する側の力が必要なんだ。正直、数頼みだと思う。父さんが防御風邪にかかったら、もう悪夢としか思えない」

 シーヴには、アハトの防御魔術がどれほどの威力を誇るか。さっぱりわからないし、当たりをつけることもできない。

 それでも、ユハナが悪夢と言い切る状況になることだけは。恐らく、治癒の得意な者を始め、ユリアたち全員が無事でなければ。治癒できる見込みがないことは、どうにか理解できた。

 ヴァルトの部屋を出たところで、リクが戻ってきたらしく鉢合わせた。

「今回は治癒風邪。ついでに父さんとユッカ様にも伝えておいたから、そのうち来るんじゃないかな?」

「……では、城の魔術師で無事な者を集めて、地道に一人ずつ治癒していくしかないか」

 いつの間にか、ソーニャがすぐそばに立っていた。リク以外は、ことさら驚いた様子もない。

「ユハナは私と来い。リクはリュイスと手分けをして、国内の状況を調べて把握してきてくれ。シーヴは念のためにここへ残り、ヘンリク様以外の様子を、時々でいいから見て欲しい」

「わかりました」

 ソーニャについていったところで、何ができるわけではない。それがわかっているから、シーヴは素直に頷く。

 その場で、ユハナから鍵束を、ソーニャからアハトの部屋の鍵を預かった。

「ああ、そうだ」

 宿舎へ向かいかけていたソーニャが、ふと振り向く。

「自分の身が可愛かったら、ヴァルトの様子を見る時は、絶対に、ヴァルトの手が届く範囲に近寄るな。アハトは多分大丈夫だとは思うが……いや、シーヴは念のため、近づかない方が無難だな」

 言われた意味がわからず、こてんと首を傾げるシーヴに。理由を一切説明することなく、ソーニャはパッと駆け出してしまう。

(まあ、様子を見るだけならば、別段近づかなくともできるだろう)

 そう安易に考え、シーヴはまず、アハトの様子を見てくることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ