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「……というわけで、オレはちょっと家に帰ってくるから。ユハナとユリアは、こういう仕置きをして欲しいっていうのはある?」

 二人はすぐさま、考え込む素振りを見せる。やがて、まずユハナが口を開いた。

「僕としては、二度と同じ真似ができないようにして欲しいところだけど、やる時に僕の分だと宣言してやってくれたら、特に問題はないな」

 ヴァルトは力強く頷いて、了解の意を示す。

 心の中でこっそりと。ユハナの分と合わせて最低二回、と呟く。

「私は、本家のアレを三回。もちろん、毎回全力でやってもらえるように、きっちりお願いしてね」

(本家って、姉さんのことだよなぁ……ユリアの情報源って、ホントどこにあるんだろ?)

 首を思いっきり傾げつつ、ユリアの分は三回と記憶する。それに加えるシーヴの分は、向こうの出方次第に決めた。

「シーヴとの訓練もあるし、昼には戻るよ」

 帰還予定だけ告げ、うんざりしながら城を出て街を歩く。

 家に戻るのは、実に久しぶりだ。前回帰った日など、まったく覚えていない。おぼろげな記憶を頼るなら、街にもほとんど足を運んでいないはずだ。

 木で作られた簡素な門を開け、懐かしい家を見上げる。

 家族六人でわいわい暮らしていた割には、案外小さい。そう、感じてしまう。

「お姉さま直伝! 奥義! アウリス殺し!」

「ナイセ!」

 とっさに、腕を胸の前で交差させて、防御魔術を使ってから。仕かけてきた人物に、ニッコリと笑顔を向けた。

「ただいま、リンネア」

「お帰りなさい、お兄さま!」

 ドンと飛びつかれて、しっかり抱きとめながら。久しぶりに見る妹の顔を、じっくり眺める。

 大きな目は、くすんだ青色だ。ふっくらして、やわらかくておいしそうな、ほんのり上気した頬。肩を越えた長さだった金茶の髪は、今や背中の中ほどに届こうとしていた。

 少し大人っぽくなって、ますます可愛らしくなった気がする。

 今もすでに、そうかもしれないが。あと数年もしたら、確実に周りが放っておかないだろうとも思う。

「急に帰ってくるなんて、何かあったの?」

「うん。あいつ、いる?」

 名前を出さなくても通じるのは、共通の迷惑を被ってきた仲間だから。

「あのゴミだったら、昨日投げ飛ばされて背中を痛めたからって、朝からぐーたらダラダラしてるわよ」

 リンネアの十年後を思わせる、くすんだ青色の大きな瞳が印象的な。少々きつい顔立ちの女性が、悠然と腰に手を当てている。

 相変わらずの姉に、自然と苦笑いがこぼれた。

(……それにしても、とうとうゴミ扱いまで落ちたんだ?)

 前回は確か、道端の小さな石ころ扱いだったはず。

 それを思えば。留守にしている間に、また何かやらかしたのだと簡単に推測できた。

「ちょっと用があるから、ここに引きずり出してくるよ」

 ただいま、と声をかけて家に入る。軽くひと騒動起こして、わあわあ騒ぐ何かを引きずって。スタスタ戻ってきたヴァルトは、家の庭にポイッとそれを放り投げる。

 無造作に投げ出された格好で、それきり動けない。見た目が性格の軽さを物語っているような、フワフワ飛んでいきそうな男だ。

「痛っ! おい、オレはけが人だぞ! もっと優しく扱え!」

「ゴミが生意気言ってんじゃないよ!」

 姉にギロリと睨まれ、あっという間に小さくなってしおれた。上下関係は、当たり前だがはっきりしている。

「で、こいつ、何やらかしたのよ?」

「オレの同僚? と、同僚? の恋人に迷惑かけたらしくてさ」

 友人と言えるほど、腹を割って互いのことを話した覚えもない。かといって、同僚と言い切っていいものかは悩ましい。しかし、他に適当な言い方が思いつかず、結局そのまま口に出す。

「あの可愛い子たち、お前の同僚ってことは魔術師か! 魔術師でも、オレを投げ飛ばすなんてできるんだなぁ」

(この鳥頭が、ちゃんと覚えてる……)

 一度口説いた女の子の顔さえ、あっさり忘れる男が。誰のことかを推測して、しかもその容姿を思い出すなど。

 もはや、奇跡どころの騒ぎではない。

(……ホント、頭痛いよ、こいつ)

 投げ飛ばしたのが誰か、すぐにわかった。

 大の男を相手に、そんな真似ができるのは。昨日の顔ぶれの中では、たった一人しかいない。

「いや、投げ飛ばしたのは騎士」

 この上さらに勘違いされたままでは、さすがにシーヴに申し訳ないから。訂正できるところは、細かくきっちりと訂正を入れる。

「背はちょっと低いけど、あんなに色白で綺麗でスタイルのいい子が騎士なのか! オレも城に上がろうかなぁ……」

「お前は何の才能もないから無理よ」

 ヴァルトが何か言うより早く、姉にさっくりと一蹴される。

 唯一、ヴァルトだけが、母親の魔力を引き継いで生まれた。魔術師だった母親に、基本的な魔術を習って。そして、風変わりな家庭環境が、治癒の強いバランス型魔術師に育ててくれたのだ。

 おかげで、いつかは紫のサーコートを着られるはず。そんな位置にいる。

「じゃあ、紹介してくれよ! お前の同僚なんだろ?」

「プキ!」

 返事の代わりに、男の足先に両腕で魔術を撃ち込む。ひぃっ、と悲鳴をあげて後ずさる男に、指をポキポキ鳴らしながら、ゆっくりと近づく。

「姉さん直伝! 奥義! アウリス殺し!」

 ゴキッ、と何かが外れた音がした。嫌な衝撃も、伝わってきた。

「まずはサーラの分。

 ネラパ!

 次は、ユハナの分!」

 慣れた手つきで治癒魔術をかけた直後。同じ技をもう一度、きっちりお見舞いする。

 声にならない悲鳴をあげ、ジタバタのたうち回る男を無視して。ヴァルトは姉に向き合う。

「ユリアから、姉さんのを全力で三回お願い、だってさ。オレが毎回治癒するから、思いっきり、遠慮なく、容赦なくやっちゃって」

「……よりによって、王女魔術師本人と、王女騎士の恋人にちょっかいかけるなんて。正直言って、たった三回ぽっちじゃ、全然足りないんだけど?」

 姉はハァッとため息をつく。

 ヴァルトが口にした名前だけで。男が絡んだ相手が誰だったのか、瞬時に理解したようだ。リンネアも同様で、視線だけで殺せそうなほど、鋭く男を睨んでいる。

「あと一人分あるから、とりあえず三回よろしく」

 治癒魔術をかけられて、復活した男に向かって。姉は愛らしいが、冷ややかで酷薄な微笑を浮かべた。

「奥義! アウリス殺し!」

 バキバキッ!

「ぎぃゃあぁぁぁ!」

 ゴキッ!

 メキョッ!

 ヴァルトの時よりも、ずっと派手で耳障りな音の洪水に。男の悲鳴が、綺麗に混ざってスッと消えた。

「ネラパ!」

 念を入れて、二度かけて。万全と思われる状態にしてから、姉に目で合図を送る。そこに、姉がまた、容赦なく華麗に技を繰り出す。

 ユリアに頼まれた三回分は、呆気なく終わってしまった。

 まだ完遂していないのに、逃げられてはいろいろ困るから。三度目の時は、治癒魔術を使わないで放っておく。

「このゴミときたら、困ったものよね。見境はないし、分不相応な相手にまで手を出しにいくなんて」

 半死半生の男に、今すぐ、もう一度、技を食らわせかねない姉を軽くなだめる。そんなヴァルトだが、悠然と腕を組んで、男をしげしげと見下す。

「実は、オレも詳しいことは聞いてないんだ。ユリアに、姉さんとこいつを名指しで、お灸をすえてくれって言われただけだし」

「……私が友達や近所の人に聞かされた話だと、このゴミは、藍色の髪の子に声をかけたんですって。ユリア様よりも、相当凛々しい子だったらしいわ」

 姉の説明に、ようやく納得して苦笑した後。今までと何も変わっていない男に、露骨な侮蔑の眼差しを向けた。

 ヴァルトの中で、ユリアは『可愛らしい』と思う。しかし、シーヴは『綺麗』だ。もちろん、凛々しい、という表現もよく似合う。

「きっぱり断られているのに、しつこくベタベタと絡んで、とうとう投げ飛ばされたそうよ。そのまま帰ってこなければよかったのに」

 言いながら、腹が立ったのか。やはり技を繰り出そうとする姉を、どうにか落ち着かせて。

 ふと、普段のシーヴを思い出す。

 国ではずいぶんと自由に育ってきたのか。ユハナよりずっと素直に、クルクルと表情が動く。

 訓練では、負けっぱなしなのを悔しがって、何度も突っかかってくる。でも、勝った試しはない。月に一度の『地獄の訓練』では、そんな日々の鬱憤を、とことん発散しているように見えた。

 そんなところは、綺麗な顔立ちとそぐわなくて。ちょっと子供っぽくて、割と可愛いと思う。

「あいつを投げ飛ばした子は、毎月の総合訓練で、複数の騎士を相手に剣を振るったり、投げ飛ばしたりしてるくらいだし。その辺の男はもちろん、あいつじゃ太刀打ちできなくて当然だって」

 そして、シーヴたちに痛めつけられた騎士を、ちまちま治癒して歩く。それが、最近の『地獄の訓練』における、ヴァルトの主な仕事だ。

「強いのねぇ」

「騎士の中だったら、多分三番目かな。ユハナの次に強いと思うし」

 多分、とつけたのは、他の騎士をよく知らないからだ。けれど、『地獄の訓練』で見かける騎士は、誰も彼もシーヴより弱いと思う。

 そのシーヴに、まだ負けたことがないとは、あえて言わない。

 シーヴとユハナでは、力量に大きな差がある。シーヴには余裕で勝てても、ユハナには一度も勝ったことがないからだ。

「で、その強くて綺麗な子とヴァルトが付き合ってる、って聞いたんだけど?」

 顔色をうかがうような姉とリンネアの、ねちっこい視線を受けても。完璧な事実無根とわかっているヴァルトは、きょとんと首を傾げるだけだった。

「……誰から?」

「私の恋人からよ」

 ふーん、と聞き流しかけて。

 ギョッとしたヴァルトは、目を大きく見開いて姉をバッと振り返る。

「恋人ぉ!?」

 初耳な上に、非常に衝撃的な言葉だ。一瞬、頭の中が完全に真っ白になった。

 すぐさま、思わず、自分の行動範囲で目にする中で。やけにフワフワ浮かれていた者が、どこかにいなかったか。懸命に、薄い記憶をたどってみた。

(あ、そういえば……)

 訓練場で時々顔を見る、騎士。記念式典と舞踏会開催の告知後すぐに、恋人自慢をしていた彼だろうと、直感で目星をつけた。

(ヨ、ヨ、ヨ……ヨウ……? ヨウ……なんだっけ? っていうか、ヨウで始まったんだっけ?)

 他人の色恋沙汰には一切興味がない。だから当然、名前も顔も思い出せるはずがない。

 城に戻ったら、とりあえずユリアに確かめてみようと決める。

「シーヴとは、確かに毎日訓練してるけどさ。そういうのじゃないって、姉さんから言っておいて。オレ、そいつの顔も名前も、わかんないし」

 名を出したとたん、リンネアの目の色が、あからさまにサッと変わった。

「お兄さまは、ユリアさまだけじゃなくて、シーヴさまとも仲がいいの!?」

 答えるまで、難としても逃がさない覚悟なのか。リンネアは、手の色が変わるくらい強く、サーコートをギュッと握り締めている。

 サーコートがしわだらけになってしまう。そう思いつつも、答えずに手を振りほどけば、きっと泣かれる。>

 少し年の離れた、世界で一番可愛い妹を、絶対に泣かせるわけにはいかない。

 結局、こと細かに、じっくりと、説明をしなくてはいけなくなった。

「前に、オレはエルミ様の魔術師になるから、そばで生活してるって言ったよね? ユリアもシーヴも、やっぱりすぐ近くに部屋があるし、よっぽどじゃなければみんなそろってご飯も食べてるから、仲がいいのは当然だよ」

 エリサやエルミの気まぐれで、王女付きと女王付きが一堂に会することもある。しかし、誰もが、顔も名前も知らない赤の他人ではない。単なる身内の集まりと思えば、必要以上に気を遣うこともなく。

 複数の家族が一所で生活している。そんな感覚だ。

「じゃ、じゃあ、シーヴさまの夜着を見たこともあるの!?」

 いきなり何を聞くのか。

 げんなりした脱力感に襲われ、がっくりとくる。それでも、答えられることには、ついつい答えてしまう。

「……見たことくらいはあるけど」

 入浴後は部屋にいることの多いユリアと違って。シーヴは、エルミ用の居住空間を、しょっちゅうフラフラと出歩く。廊下でばったり遭遇したことも、一度や二度ではない。

 ソーニャが何度注意しても、一向に直らなかった。それで、あれは変わった私服と思うようにして、誰もが放っている状況だ。

「リンネアみたいに、可愛い服は着てないよ」

 夜着だけは、一応女性らしいソーニャはともかく。シーヴは、私服も含めて、男物に近い服だけを好む。

 体格に大きな違いのなかった最初の頃。遠目に見ると、ユハナかシーヴか、判断に難しかったと聞く。

 今は、たとえ同じ格好をしていても。どれだけ距離があっても。すぐにどちらなのかがわかるほど、雰囲気にも違いが明らかになった。

「じゃあ、シーヴさまが好きなものを知ってる!?」

「城の菓子職人が作った焼き菓子だよ。甘いものが好きらしいね」

 同じものが食べたいと言ったら、何が何でも止める気だった。そんなヴァルトだが、リンネアのうっとりした様子に。本当に、単純に、シーヴのことを知りたいだけだと察する。

「シーヴさまの情報って、いまでもほとんど出回ってないから、お兄さまがこうして持ち帰ってくれると嬉しいわ!」

 そうしてせがまれるまま、時間の許す限り。話しても取り立ててかまわないと思われることだけ、リンネアに教え続けた。


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